TEDで学ぶ組織行動論(19)ハーミニア・イバーラ 「自分らしさのパラドクス」

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。


今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(19)として、キャリア論やリーダーシップにおけるインシアード大学の名物教授であるハーミニア・イバーラ氏による 「自分らしさのパラドクス」を紹介します。イバーラ氏は、「誰もがリーダーになれる特別授業(原題:Act Like a Leader, Think Like a Leader)」の著者でもあります。イバーラ氏は、近年盛んに強調あれる「自分らしさ(オーセンティシティ)」の追求には罠(パラドクス)があることを指摘します。今まで成功してきた自分(の知識・スキル・価値観)は、必ずしも将来の成功を導く自分(の知識・スキル・価値観)ではないのにも関わらず、「これまでの自分らしさ」に固執することで、自分自身が将来の成功にむけて学習し、成長する機会を阻害してしまう可能性があるからです。イバーラ氏は、遊び心をもっていろんな自分の姿を実験的に試してみて、「新しい自分らしさ」を見つけていくことの有効性を論じます。

社会人はどのようにしてソーシャル・ネットワーキング・サービスと付き合っているのか

フェイスブックツイッターなど、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を利用することが当たり前の時代になってきました。SNSは、知人や友人との付き合いかたも変えつつあります。例えば、SNSが普及する以前では、基本的に人付き合いは1対1の関係でした。しかし、SNSが普及すると、SNSでつながりコミュニケーションを行う人々の数も格段に増え、多くの人々に対して一斉にメッセージを投稿したり情報開示を行ったりすることが一般的になりました。そしてSNSを使いこなすことでいろいろなメリットが得られるようになりました。このような時代の趨勢の中、友人関係が生活の中心を占める学生とは異なり、友人関係のみならず仕事上の付き合いもある社会人にとっては、どのようにSNSと付き合っていくのかについて頭を悩ませることもあるでしょう。なぜならば、仕事上いろいろなタイプの人と付き合ったりつながったりする必要がある社会人の多くは、友人同士で行うようなくだけた交流のみをSNS上で行うわけにもいかず、仕事とプライベートとで異なる自分を使い分けたり、仕事とプライベートでの人との付き合い方を変えたり必要があることが多いためです。


Ollier-Malaterre, Rothbard, & Berg (2013)は、社会人によるSNSとの付き合い方には、その人の特徴に応じた複数のタイプがあることを理論化し、それぞれのタイプごとにSNSの利用が仕事上でどのような結果をもたらすのかについてのフレームワークを構築しました。鍵となるのが、SNSのようなオンラインにおける仕事とプライベートの境界をどのように設定するかというSNS行動すなわち「オンライン境界マネジメント」です。Ollier-Malaterreらは、社会人が、仕事とプライベートとの境界を明確に設けることを好むか否かと、SNSにおいて、ありのままの自分をさらけだす傾向があるか、あるいは望ましい自分の姿を演出する傾向があるかの2軸を用いて、SNSの付き合い方の4つのタイプを導き出しました。そして、それぞれのタイプごとに、SNSの使用がその人の仕事上の評判や好感度にどう影響するかについて予想しています。


まず、仕事とプライベートの境界を設けず、自分自身をさらけ出すタイプの人は、「オープン型」のSNS行動をとります。これは、SNSにおいて仕事上の知人とプライベートの友人と分け隔てなくつながり、すべての人々に対して同じようにメッセージを投稿したり情報公開をしたりします。しかも、SNSにおいては、良い面も悪い面も含めて、ありとあらゆる投稿や情報開示を行い、ありのままの自分をさらけ出そうとします。Ollier-Malaterreらは、このようなオープン型のSNS行動は、仕事面において、平均的には評判を落としたり好感度を下げることにつながりやすいことを指摘します。なぜならば、オープン型の人は、プライベートでの活動や写真などで多少ふざけた投稿を行うなど、仕事上求められる行動規範から逸脱したような投稿をつながっている全員に対して一斉に行ったり、場合によっては友人関係のみならば許されるようなネガティブな投稿をつながり全員に向けて行ったりすることで、仕事上の付き合いしかない人から見ると違和感を感じるようなことが生じやすいからです。


次に、仕事とプライベートの境界を設け、自分自身をさらけ出すタイプの人は、「投稿対象選別型」のSNS行動をとります。これは、例えば、仕事上の付き合いの人はリンクトイン、プライベートの友人はフェイスブックというように仕事上とプライベートのネットワークを異なるSNSサービスで使い分けたり、同じSNSでも仕事上の知人にはプライベートの領域や投稿へのアクセスを制限したりします。そして、プライベート上の友人のつながりのみに、ありのままの自分をさらけ出すような投稿を行います。Ollier-Malaterreらは、このような投稿対象選別型のSNS行動は、仕事面において、評判を落とすことはないが評判を高めることもなく、平均的には好感度を下げることにつながりやすいことを指摘します。なぜならば、投稿対象選別型のタイプであれば、仕事上の付き合いの人に自分をさらけだすようなプライベートな投稿を見せないことから、オープン型の人がするように評判を落とすような投稿がSNSでつながっている仕事上の知人に伝わらないこと。しかし、SNSを通じて本人の評判を挙げるような情報も伝わらないこと、そして、プライベートな領域から仕事上の知人をシャットアウトするような行為が、彼らを阻害したり彼らにたいして冷たい態度だと受け取られたりする可能性があるからです。


さらに、仕事とプライベートの境界を設けないが、望ましい自分自身を演出するタイプの人は「コンテンツ選別型」のSNS行動をとります。これは、オープン型のようにSNSにおいて仕事上の知人とプライベートの友人と分け隔てなくつながり、すべての人々に対して同じようにメッセージを投稿したり情報公開をしたりしますが、投稿する内容を注意深く選別し、自分の評判や好感度を高めるような情報のみを開示しようとします。つまり、仕事およびプライベートのあらゆる知人、友人に対して、自分のイメージをよくするような情報を一斉配信するような行動です。Ollier-Malaterreらは、このようなコンテンツ選別型のSNS行動は、平均的にはその人の仕事上の評判および好感度を上げることを指摘します。なぜならば、基本的に投稿の内容や情報開示が、望ましい自分を演出するものであり、それが社会人からみても仕事上の行動規範にあったものであることが多いからです。


最後に、仕事とプライベートの境界を設け、かつ望ましい自分自身を演出するタイプの人は「ハイブリッド型」のSNS行動をとります。これは、仕事上の付き合いの人とのつながりと、プライベートの友人たちとのつながりを区別したうえで、それぞれのつながりに対して、もっとも自分の評判や好感度を高めるような投稿を注意深く選別して行うような行動です。これは、仕事上のつきあいの知人、プライベートでのつきあいの友人それぞれに対して、自分のイメージをよくするような情報をもっとも効果的に発信するようなSNS行動です。Ollier-Malaterreらは、このようなハイブリッド型のSNS行動も、平均的にはその人の仕事上の評判および好感度を上げることを指摘します。これは、コンテンツ型の行動と同様に、社会人の知人とのつながりに向けて発せられる投稿や情報開示は、社会人からみても仕事上の行動規範にあった、望ましい自分を演出するものであることが多いからです。


上記のように、社会人のSNS行動のうち、「コンテンツ選別型」と「ハイブリッド型」のような「オンライン境界マネジメント」を行う際、望ましい自分を演出するための投稿コンテンツを注意深く選別する必要があるため、それなりのスキルを必要とし、時間と手間もかかります。SNSではたまに不用意な発言や投稿をして炎上したり失笑を買うなどの「失敗」や「事故」が起こります。このような失敗があると一気に評判や好感度を下げることにつながりますので、注意が必要であるのと同時にスキルyや時間と手間も必要とされるわけです。つまり、「オンライン境界マネジメント」のスキルが高い人ほど、SNSで「コンテンツ選別型」もしくは「ハイブリッド型」の行動をとることで、仕事上の評判や好感度を高めることにつながるというわけです。ただし、ハイブリッド型のほうが仕事上のネットワークとプライベートのネットワークを使い分けながら、かつ投稿するコンテンツも使い分ける必要があるため難易度が高いといえましょう。また、Ollier-Malaterreらは、社会人のSNS行動は不変であるわけではなく、人生のライフイベントやライフステージの変化や、知人、友人からのフィードバックなどによって変化する可能性があることも指摘しています。

参考文献

Ollier-Malaterre, A., Rothbard, N. P., & Berg, J. M. (2013). When worlds collide in cyberspace: How boundary work in online social networks impacts professional relationships. Academy of Management Review, 38(4), 645-669.

TEDで学ぶ組織行動論(18)エリン・メイヤー「異文化理解力」

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。


今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(18)として、異文化マネジメントの名物講師であり、世界中でベストセラーとなった「異文化理解力」の著者でもあるエリン・メイヤー氏によるプレゼンテーションを紹介します。ただし、今回はTED動画ではありませんのでご了承ください。


メイヤー氏は、自分とは異なる文化の人々と働くことの難しさを、豊富な事例を用いて解説し、異文化の環境でリーダーシップを発揮するための洞察を導きます。彼女が提唱する8つの次元で構成される「カルチャー・マップ」が、2つの国が文化的に相対的に異なる度合いを把握し、国際ビジネスにおけるリーダーシップやマネジメントのための異文化理解を促すのに有効なツールであることが分かります。



TEDで学ぶ組織行動論(17)テレサ・アマビール 「小さな進捗の力」

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。


今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(17)として、ハーバード大学などで社会心理学の視点からクリエイティビティの研究に携わってきたテレサ・アマビール氏の「小さな進捗の力」を紹介します。アマビール氏は「「マネジャーの最も大切な仕事――95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力」(原題:The Progress Principle: Using Small Wins to Ignite Joy, Engagement, and Creativity at Work)の著者の一人です。


アマビール氏は、自らの一連の研究の結果分かったこととして、人々が仕事において高いエンゲージメントを示し、もっとも創造的かつ生産的でハッピーになれるのは、「有意義な仕事において、小さくてもよいので進歩(前進)を実現できている状態」であるとします。これは、言われてみれば簡単なことだと思われますが、実際の職場においてなされているかというと、意外となされていないように思われます。働く人々のエンゲージメントが低く、ハッピーでない状態では企業業績も向上しません。従業員に対してやりがいのある仕事を与え、その仕事において毎日少しでも前進していることを実感させるためのサポートを積み重ねることで、企業業績に大きな差が出ることを論じます。



TEDで学ぶ組織行動論(16)マーガレット・ニール「交渉のエキスパート」

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。


今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(16)として、スタンフォード大学で長年、交渉学の授業を担当してきた人気教授マーガレット・ニール氏の「交渉のエキスパート」を紹介します。ニール氏は、心理学の知見を最大限に活用した交渉術を展開する「マネジャーのための交渉の認知心理学」の著者の1人でもあります。ニール氏は、交渉を「勝つための闘い」と捉えるのではなく、相手のことを良く理解したうえで、協働して行う問題解決であると考えることの重要性を、彼女と馬の関係を例に挙げて説明しています。



TEDで学ぶ組織行動論(15)ウィリアム・ユーリー 「ノーからイエスへの歩み」(日本語字幕付き)

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。


今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(15)として、交渉学といえばこの本ともいえるベストセラー「ハーバード流交渉術」の著者の1人であるウィリアム・ユーリー氏による 「ノーからイエスへの歩み」を紹介します。日本語字幕つき動画は該当リンクをクリックしてください。


ユーリー氏は、自信のさまざまな交渉場面での経験から、国際的な紛争のように一見したところ非常に難しい交渉であっても、それを成功に導くカギがかならずあると主張します。その方法とはいったい何か。ユーリー氏は、それは「第3者の視点」だと言います。


日本語字幕つき動画

キャリアを成功に導く「カメレオン戦略」

変化の激しい時代において、私たちも自分のキャリアを成功に導くためには、常に成長し続けなければなりません。例えば、多くの人は、リーダーシップがあまり必要のない仕事から、キャリアの年数を経るごとに、より大きなリーダーシップが求められる仕事をしていかなければならないでしょう。ある業界から全く別の業界へ、ある職種からまったく別の職種へとキャリアチェンジをすることもそんなに珍しいことではなくなっていくでしょう。したがって、別の言い方をすれば、キャリアにおいて成功するためには、過去の自分から現在の自分、そして将来の自分へと、私たち自身が変わっていかなければならないのです。そこで今回は、リーダーシップ教育の人気教授であるIbarra (2015)も主張する、キャリアを成功に導く「カメレオン戦略」を紹介します。


カメレオン戦略を一言でいえば、「様々な状況においてもっともふさわしい自分を演出する」ということです。カメレオンが環境に応じて変幻自在に自分の姿を変えるように、私たちも、状況に応じて自分自身の姿を変えるようにするわけです。別の例えを使えば、TPOに応じて着る服を変えるようなものことです。着こなしが上手な人は、派手な服でも控えめな服でもいろいろと試しながら自分のものにしていくことで、どんな状況であっても魅力的な自分を演出することができるのです。つまり、自分が置かれた状況において、他の人は自分がどのように考え、振る舞い、行動することが望ましいと考えているのか、どのような人に魅力を感じ、頼もしいと思うのかなどを察知し、そのような自分になりきるということなのです。Ibarraは、カメレオン戦略をとる人のほうが、そうでない人よりもキャリアで早く成功していくことを示唆しています。


キャリアのカメレオン戦略に対する反論として考えられるのが、それでは八方美人にすぎないのではないか、偽りの自分や仮面の自分を見せることは望ましくないのではないかというものです。確かに、近年では「自分に正直になること」「自分自身をさらけだすこと」「自分らしくあること」を重視する傾向があります。その代表的な理論が「オーセンティック・リーダーシップ理論」です。しかし、それに対してIbarraは、そのような発想は、逆に自分の殻に閉じこもってしまい、変われないあるいは変わろうとしない、成長できないあるいは成長しようとしない自分への言い訳を作ってしまうことになりかねないと警鐘を鳴らします。


そもそも、自分らしくあるとか自分に正直になるとかいう自分とは何でしょうか。私たちは、自分自身のことをそれほどよく分かっていないかもしれませんし、自分自身は将来変わっていくことも可能であるということも認識しなければなりません。また、自分自身の素の姿を出すことが必ずしも成功しないケースがたくさんあります。例えば、リーダーにはタフな面と優しい面の両方が求められます。自分はタフではないからといってメンバーに優しいだけでは優秀なリーダーにはなれないでしょう。仮に自分自身がどんな人間なのかについて熟知しているとしたとしても、それは決して固定化されたものではなく、変わりうるもの、進化しうるものであることを認識することが重要です。


カメレオン戦略は決して、自分自身について「嘘を嘘で塗り固める」ような行為を指しているわけではありません。これまでの自分自身は過去の産物です。これまで成功してきたスキルや能力を持った自分です。しかし、これまで成功してきたスキルや能力が、将来の成功につながるとは限りません。いや、新たなキャリアのステージに進むためには、過去の成功にすがりつくことなく、新たスキルや能力を積極的に獲得することが必要でしょう。カメレオン戦略は、多くの人たちから学び、様々な違う自分を試し、自分に合ったものを見つけていくプロセスにおいて、新しい自分に気づく、新しい自分に生まれ変わる、新たなステージの自分へと進化する・成長する、一皮むける、といったことを志向するキャリア戦略なのです。


カメレオン戦略を効果的に身に着けてキャリアで成功するための具体的な方法として、Ibarraは次の3つの行動を推奨します。1つ目は、多様なロールモデルを見つけ、その人の良いところ、優れた行動を実験的に真似て試してみることです。これは、様々なタイプのファッションセンスのある人を見習って、派手な衣装から無難な衣装など、自分も様々なファッションを試してみるようなものです。そのような実験を繰り返すことで、特定の状況下で、自分に似合った、今までとは違う自分を演出できるようになっていきます。2つ目は、成長のための学習ゴールを設定することです。成果を出すことも大切ですが、どのようなスキルや能力を身に着けるのか目標を立て、先ほどいった多様なロールモデルを見習いながらそれらのスキルを身に着けていくことです。そして3つ目が、過去の自分の物語りにこだわりすぎず、将来どのように自分が進化しうるのか、将来の自分の「可能性」に焦点を当てることです。カメレオン戦略を用いて自分自身を「バージョンアップ」していくことがキャリアの成功をもたらすことでしょう。