イノベーションにつながる「最高の発想」を意図的に生みだす方法

歴史を変えるような画期的ななビジネスや商品、あるいは革新的なマネジメントの改善などにつながるようなイノベーティブなアイデアはどのように生み出されるのでしょうか。これに関しては、ニュートンのリンゴのように、何かの拍子に突然ひらめく(アイデアが降臨する)ものだという理解が多いのではないでしょうか。これに対して、アイエンガー(2023)は、イノベーションにつながる「最高の発想」を意図的に生みだす方法を提唱しています。この方法を用いると、天才のみならず、あるいは運に100%頼ることなく、多くの人が素晴らしいアイデアにたどり着くことが可能だといいます。アイエンガーが提唱するこの画期的な方法の根底にある考え方は、「新しいものごとは、それらをつくる要素が新しいのではなく、要素を組み合わせる方法が新しいのだ」ということで、言い換えるならば、「イノベーションとは、複雑な課題を解決するための、古いアイデアの新規かつ有用な組み合わせである」というものです。

 

アイエンガーによれば、画期的なイノベーションを起こすのに、あるいは複雑な問題に対して画期的な問題解決を図るためには、新しいアイデアが必要であるわけではありません。既存のアイデア、古いアイデアであってもよいのです。ただ、既存のアイデア、古いアイデアを「新規的かつ有用なかたちで」組み合わせることがポイントなので、それを可能にする方法を「システム化」して「手順」として示すことで、多くの人がその手法を用いてイノベーションを起こすことが可能になります。これを、アイエンガーは大きなアイデアを生むエビデンスベースの手法という意味を込めて「Think Bigger の6つのステップ」と命名しました。Think biggerアプローチの要諦は、大きなアイデアを得ることで解決したい複雑かつ重要な問題を小さな要素に分解し、それぞれの要素ごとに既存のあるいは古いアイデアを収集、整理し、それらのいろいろな組み合わせ方を検討することで、「新規かつ有用な」組み合わせを発見するということです。

 

アイエンガーの「Think Bigger の6つのステップ」は、イノベーションの事例を分解して、それらを生み出した思考プロセスを明らかにした結果として生まれたエビデンスベース(証拠に裏付けられた)手法です。ただ、6つステップといっても、イノベーションは一直線には進まないことを肝に命じるべきであることをアイエンガーは強調します。6つのステップからなるロードマップは示すものの、ステップ間を行ったり来たりするプロセスも含まれますし、急いで取り組むものではなく、じっくりと時間をかける必要もあります。それを踏まえたうえで、各ステップについて説明していきます。ステップ1は、「解決すべき課題を正しく選び、それをしっかり理解する」ことです。これは必ずしも簡単なことではないとアイエンガーは指摘します。つまり、時間と的確な判断が必要となります。例えば、選ぶ課題は、これまで誰も解決していないほどに困難だが、夢物語のままで終わらないものである必要があります。取り組む価値があって、有用な解決策につながるような定義を選ぶことも大切だといいます。

 

ステップ2は、ステップ1で設定した大きな課題を、小さなサブ課題に分解することです。どんな重要な課題も、複数の小さな課題でできているとアイエンガーは説明します。サブ課題をたくさんリストアップし、5〜7個に絞りこんでいきます。そしてステップ3で、課題を大局的な見地から捉え、3つの重要な当事者(あなた、ターゲット、第三者)を特定し、それぞれが解決策に何を望んでいるかを洗い出します。これが「全体像スコア」につながり、複数の解決策の中から最終的に1つ選択する際の判断基準になるといいます。ステップ4では、サブ課題ごとに、すでにある解決策を探してリストアップしていきます。新しいアイデアである必要はないので、自分の領域内、領域外いろいろと探し回って、成功した解決策の「戦略的模倣」を行います。ステップ5では、収集した解決策を選択マップに整理し、それらをいろいろな方法で組み合わせ、ぴったりあてはまる「新規かつ有用な」組み合わせが見つかるまで繰り返します。最後のステップ6では、自分が作り出したアイデアを第三者がどう見るのかを吟味します。「第三の眼」でものごとを捉えるということです。

 

もちろん、「Think Bigger の6つのステップ」を使ったからといって必ずしも問題がうまく解決するいうわけではないし、これで世界中の困難な課題を解決できるというわけでもないアイエンガーはいいます。しかし、この方法は、イノベーションのプロセスを分解し、偉大なイノベーターたちが新しいアイデアを生み出した方法を体系化したものなので、この方法の真髄を理解すれば、「自分にもできる」と自信をもてるはずだとアイエンガーは主張するのです。

参考文献

シーナ・アイエンガー 2023「THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法:コロンビア大学ビジネススクール特別講義」NewsPicksパブリッシング

TEDで学ぶ組織行動論(20)リンダ・ヒル 「集団の創造性をマネジメントする」(日本語字幕付き)

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。

 

今回は、ハーバードビジネススクールの教授であるリンダ・ヒルによる、集団の創造性のマネジメントについての動画を紹介します。ヒルは、イノベーティブな組織をマネジメントするためのリーダーシップについては、既存の考え方を再考すべきだと指摘します。彼女は、イノベーションを導くという事は、ビジョンを創造したり周りの人間に遂行のモチベーションを 与えることではなく、創造性が生まれるメカニズムや必要とされる能力を理解した上で、革新的な問題解決という難題に人々が進んで取り組める「場」を創りだすことだと言います。詳細は動画にてご確認ください。

 

プレゼンテーション動画は日本語字幕つきです。再生時に字幕がでない場合には、動画の下の字幕ボタンを押してください。

 

参考文献

リンダ・A・ヒル、グレッグ・ブランドー、エミリー・トゥルーラブ (2015)「ハーバード流 逆転のリーダーシップ」日本経済新聞出版

 

スピードが求められる時代でも「先延ばし」が有効な理由(わけ)

変化の激しい現代のビジネス社会はスピードが求められる時代です。ビジネスや仕事でぐずぐず、もたもたすること、先延ばしすることは、ライバルに先を越されるわ、仕事の能率は下がるわで、百害あって一利なしと考える人が多いのかもしれません。みなさんも、仕事でつい先延ばしをしてまうと、なんて自分は怠惰な奴なのだと自戒の念に囚われるかもしれません。しかし、これに異を唱えるのが、Shin & Grant (2020)の先延ばしに関する研究です。結論を先に言ってしまうと、適度な先延ばしはクリエイティビティ(創造性)を高めるため、むしろクリエイティビティが重要な現代のビジネスでは、適度な先延ばしがもたらす効用が、スピードと効率を重視する方法よりも勝っている可能性すらあることを示すのです。


Shin & Grantの研究は、こちらのブログの「TEDで学ぶ組織行動論(13)」でも紹介済みのとおり、すでに2016年にAdam GrantがTED Talkでその初期の発見事項を雄弁に語っています。彼らの発見を要約すると、先延ばしとクリエイティビティとの間には、上に凸の曲線の関係にある。つまり、適度な先延ばしをしたときがいちばんクリエイティビティが高まるということです。先行研究では、先延ばしが仕事の効率を下げることは実証されているので、「過度な先延ばし」が百害あって一利なしというのは確かなようです。しかし、「先延ばしを否定したスピードの最重視」と「多少のスピードは犠牲にした適度な先延ばし」を比べた場合、クリエイティビティが必要な業務やビジネスでは、後者のほうが勝っている可能性が高まる結果となっています。


大切なのは、上記の発見が科学的エビデンスとして耐えうるものなのか、すなわち、それが本当に正しいのかということです。さすがに経営学のトップジャーナルに掲載された論文だけあって、Shin & Grantの研究はこの点についても注意深く検証されています。まず、彼らは、なぜ適度な先延ばしがクリエイティビティにプラスの効果をもたらすのかのメカニズムについてしっかりと議論をし、かつその仮説が適切であることを実証研究を用いて確かめています。また、彼らは、韓国と米国という異なる文脈で実証研究を行って同様の結果を得ており、彼らの発見が国境を越えて成り立つ可能性を示唆しています。さらに、実験的研究とフィールド調査を組み合わせることによって、彼らが理論化した因果関係を実験でしっかりと確認し、実際のビジネス場面で成り立つのかをフィールド調査で確認しています。もちろんすべての研究がそうであるように彼らの研究が完ぺきとは言えませんが、それでも最善を尽くした方法で彼らの仮説が適切であることを示しているのです。


では、彼らのロジックを追いかけてみることにしましょう。彼らの理論の中核となるのが「インキュベーション(孵化作用)」です。クリエイティビティに必要なのは、いろんな知識を脳にインプットし、ごっちゃにして熟成させることです。そこから意外な知識の組み合わせが生まれ、それがクリエイティビティに繋がるのです。仕事を離れてリラックスしていたり違うことをしていても、無意識のうちに、脳の中ではインプットされた知識を熟成するプロセスが行われていると考えられます。もちろん、それを可能にするためには、新しいものを生み出したいといった情熱や、新しいものを生み出すのが楽しいといった「内発的動機付け」があることが必要です。たんに時間をつぶしているから熟成するというわけではありません。クリエイティビティに対する情熱や内発的動機付けが、身体や脳を、無意識のうちにインキュベーション・モードに向かわせているわけです。ここでお分かりのように、インキュベーションには「時間」がかかります。


先延ばしをしないスピード重視の仕事をする場合、物事をすぐに片づけてしまことによって上記に挙げたインキュベーションの時間をとらないので、適度な先延ばしに比べるとクリエイティビティは高まりません。一方、過度な先延ばしになってくると、別の理由でクリエイティビティが発揮できません。それは、締め切りが近づくことによる精神的プレッシャーが増大することや、安易な方法でもよいのでとにかく仕事を片付けてしまうことに注意が向いてしまうためです。工夫を凝らそうとかクリエイティビティを発揮しようというよりは、早く仕事を終わらせないと後がないという状態に陥るので精神も委縮してしまい、適度な先延ばしと比べればクリエイティビティが発揮できないと考えられるのです。適度な先延ばしのときは、まだ終盤のプレッシャーがない状態なので、インキュベーションの時間も確保でき、身体や脳も活性化され、一番クリエイティビティを発揮しやすいというわけです。


そして、先述したように、単に時間があればインキュベーションが進むというわけではなく、クリエイティブでありたい、クリエイティビティを発揮することが楽しい、クリエイティビティが要求される、といったように、クリエイティビティに対する欲望が無意識状態でも脳のどこかで活性化している状態であることが必要です。このことから、Shin & Grantは、適度な先延ばしがクリエイティビティを高めるという、先延ばしとクリエイティビティの上に凸の曲線性は、内発的動機付けが高いほど、そして仕事場面でクリエイティビティの要求度が高いほど顕著であるとの仮説を立て、実証研究によってその妥当性を示しました。


モノづくりを中心とする工業化の時代では、決められたことをきちんとする、早く仕事を片付けるということが最重要だったかもしれませんが、ポスト工業化時代では、新しいものを生み出すことが即座にビジネスの成功や業績の向上に直結することが頻発します。先延ばしをしてしまい、グズグズすること、もたもたすることで作業能率が下がってしまっても、革新的な商品やサービスを投入することでいとも簡単に逆転してしまうことさえあるわけです。もちろん、常にそうなるわけではなく、クリエイティビティは確率の問題だといえます。Shin & Grantは、そのようなことが起こる可能性をロジックと科学的エビデンスで示したのだと言えましょう。

参考文献

Shin, J., & Grant, A. M. (2020). When Putting Work Off Pays Off: The Curvilinear Relationship Between Procrastination and Creativity. Academy of Management Journal.

TEDで学ぶ組織行動論(8) ティナ・シーリグ 「18分で学ぶクリエイティビティ」

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。


今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(7)として、ティナ・シーリグ 「18分で学ぶクリエイティビティ」を紹介します。日本語によるスピーチ全文は、動画上のリンクをクリックしてください。


このプレゼンテーションは、シーリグの著書「未来を発明するためにいまできること スタンフォード大学 集中講義II」に関連するもので、クリエイティビティやイノベーションを高めるための「イノベーション・エンジンのメビウスの輪」についての紹介です。このモデルによれば、創造力を発揮するためのイノベーション・エンジンの「内燃機関」として、想像力、知識、姿勢、マインドセット、モチベーション、気力などがあり、外側の部分に、環境、リソース、文化があります。これらがメビウスの輪のように連なって、イノベーションが生起することを示します。


日本語によるスピーチ全文


仕事で負荷がかかることはクリエイティビティにどう影響するか

ビジネスの世界ではグローバル規模での競争が激化し、従業員がクリエイティビティを発揮し、イノベーションが起こることが競争に勝ち抜くために益々重要になりつつあります。同時にそれは、従業員に対してクリエイティビティやイノベーションへのプレッシャーを強めることにつながり、従業員にとってはストレス過多の状態に陥る可能性も出てきています。つまり、クリエイティビティが要求される職場になるほど、従業員に対するプレッシャーや仕事の負荷も高まるという状況になりがちなのです。ただし、ストレスの原因となるストレッサーは常に悪いわけではなく、むしろ従業員のクリエイティビティを促進するようなストレッサーもあるということが指摘されています。


例えば、ストレッサーでも障害的ストレッサー(hindrance stressors)と呼ばれるものは、雇用保障の欠如や過度な社内政治などに起因するストレッサーですが、これは一貫してクリエイティビティを抑制してしまうことが示されてきました。一方、困難的ストレッサー(challenge stressors)と呼ばれるものは、仕事上の大きな要求や責任など、仕事上の負荷に関するストレッサーですが、こちらについてはクリエイティビティを促進するという説、クリエイティビティを弱めるという説などが混在してきました。


Sacrament, Fay, & West (2013)は、困難的ストレッサーすなわち「仕事で負荷がかかること」に注目し、仕事上の負荷がクリエイティビティを促進させるか抑制させるかは、本人の動機付けに関連する志向性(制御焦点: regulatory focus)のあり方に影響されるという仮説をたてました。制御焦点理論によると、人々の志向性は、促進型(promotion focus)と防止型(prevention focus)の2つのタイプに分かれます。促進型の人は、理想や利益の獲得を追い求め、チャンスを見つけて活かそうとします。つまり、チャンスに敏感で、リスクを冒してでも勝ちにいこうとするタイプです。一方、防止型の人は、安全を志向し、保守的で用心深く、失敗を回避しようとします。つまり、ネガティブな結果の可能性に敏感で、慎重派で失敗しないこと、負けないことをモットーにするタイプです。


Sacramentらは、仕事上で負荷がかかる場合、それは促進型の人にとってはクリエイティビティを高めることにつながり、防止型の人にとってはクリエイティビティを弱める原因となると考えました。その理由は次のようです。促進型の人にとって、仕事で負荷がかかることは、それを乗り越えることでポジティブな効果が得られるのではないかというチャンスとして映ります。仕事の負荷に対してストレスを感じつつも、失敗を恐れず積極的に挑戦し、乗り越えていこうとする態度が、現状打破につながるクリエイティビティを高めると考えられます。一方、防止型の人にとっては、仕事で負荷がかかることは、失敗するリスクを高める要因として映ります。よって、負荷に対してストレスを感じ、より保守的、伝統的、用心深い仕事の仕方をすることにつながり、そのような仕事ぶりはクリエイティビティを弱めると考えられます。


また、クリエイティビティが人間の脳内でどのように生じるのかという視点に立てば、それは脳内にある様々な認知的要素(概念など)が結合することで引き起こされるメカニズムであると理解できます。クリエイティビティが起こるためには、脳内の様々な要素が眠っていてはだめで、多様な要素が活性化していて初めて結合が起こります。これと、制御焦点とが関連しています。促進型の人は全体的な情報処理をする傾向がありますが、仕事で負荷がかかる場合にはそれがさらに活性化します。脳内から新しい情報を取り出そうとするので視野が広がり、クリエイティビティを促進するわけです。一方、防止型の人は、分析的思考をする傾向がありますが、仕事で負荷がかかるとより慎重となるために、脳内から新しい情報を取り出そうとはせず、よく使われている安心できる情報に頼ろうとします。よって、脳内のさまざまな概念が活性化せず、視野が狭くなりクリエイティビティが弱まると考えられるのです。


さらに、行動や意思決定の特徴についても促進型と防止型で異なります。促進型の人は、リスク志向であるため、仕事で負荷がかかる場合、それを打破するためにリスキーな行動を高め、新しい方法に挑戦しようとします。それがクリエイティビティを促進させると考えられます。一方、防止型の人は、リスクを取ることを避け、堅実な方法をとろうとします。よって、仕事で負荷がかかるとその傾向がさらに強まり、クリエイティビティを抑制すると考えられます。Sacramentoらは、これらの仮説を、実験的手法とフィールドサーベイを併用することでその妥当性を実証的に示すことに成功しました。この実証研究では、チームレベルにおいても、チーム全体が促進型の風土である場合に、仕事上の負荷がクリエイティビティを高めうることを示しました。


人間の制御焦点(促進型か防止型か)は、性格のように固定されてしまって変えようがないものであるわけではありません。むしろ、職場環境やマネジメントよって、人々の制御焦点を変えることも可能です。Sacramentoらの研究成果は、マネジャーが従業員の制御焦点を防止型ではなく促進型にもっていくようにマネジメントをすることによって、クリエイティビティに対する大きなプレッシャーや大きな負荷がかかっている状況において、期待通りクリエイティビティを高めることにつながる可能性を示唆するものだと言えます。

文献

Sacramento, C. A., Fay, D., & West, M. A. (2013). Workplace duties or opportunities? Challenge stressors, regulatory focus, and creativity. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 121(2), 141-157.

クリエイティブな活動はどれだけ業績に貢献するのか

現代の仕事、とりわけ高度で複雑な仕事になってくると、クリエイティビティ(創造性)が重要になってきます。クリエイティビティを発揮するためには、クリエイティブな活動が必要になってきます。では、クリエイティブな活動をしていれば、それがそのまま仕事の業績もしくは成果につながっていくのでしょうか。クリエイティビティが必要な仕事であれば、クリエイティブな活動をすればするほど仕事の業績が向上していくように思えますが、Zhang & Bartol (2010)は、そのような直感的な見方に異議を唱えます。端的に言えば、クリエイティブな活動ばかりやっていてもそれに比例して仕事の業績が高まるわけではないので、ほどほどに抑えておくのがよいという考え方です。


つまり、Zhang & Bartolは、クリエイティブな活動は、中程度まで増やしていけば、それが仕事における業績の向上をもたらすものの、さらに活動度合いを高めていくと逆に業績が低下していくのだと考えました。つまり、クリエイティブな活動と業績とは、上に凸の曲線になっていて、業績が最大化するのは、クリエイティブ活動が中程度のときであり、クリエイティブ活動が低い場合も、高い場合も、実際の仕事の業績は中程度には及ばないということなのです。


クリエイティブな活動は、学術的には(creative process engagement: CPE)と呼ばれ、(1)問題設定(problem identification)、(2)情報収集およびコード化(information searching and encoding)、(3)アイデアや代替案の創出(idea and alternative generation)を含むクリエイティビティを高めるための方法に従事する活動と定義されます。クリエイティブな活動が増えれば、結果としてのクリエイティビティも高まると考えられます。当然、仕事の最終成果すなわち業績は、新しいものを生み出したことのみで決定されるわけではないので、実際に発揮されたクリエイティビティは、部分的に仕事の業績に反映されると考えられます。


Zhang & Bartolが考案した理論の前提となるのは、人間の認知能力には限界がある(人の頭脳は万能ではない)という事実です。とりわけ高度で複雑な仕事をしようと思ったら、仕事に意識を集中させなければなりませんし、頭の中の高度な知識にアクセスし、複雑な思考を行う必要もあるので、脳に相当の負担をかけることになります。この考え方に従うと、クリエイティブ活動をあまりしていないときは、本人の頭脳は活性化していないので、高度で複雑な仕事において業績が高まることはないことは直感的に理解できるでしょう。その状態から、クリエイティブな活動を増やしていけば、頭脳の活性度が高まっていくので、注意力、集中力も高まり、複雑な思考も活性化されてクリエイティビティも高まり、仕事の業績が向上していくことでしょう。


しかし、クリエイティブ活動の度合いと仕事の業績が正の関係にあるのは、クリエイティブな活動が中程度に達するまでです。それを超えてクリエイティブ活動を高めてしまった場合に何が起こるかというと、頭脳のオーバーキャパシティ状態です。高度にクリエイティブな活動に求められる情報処理に、頭脳の情報処理能力が追い付かなくなってしまうということです。例えば、クリエイティブ活動が過剰になると、特定の活動や仕事内容に注意が集中してしまって、複雑な仕事をこなすのに必要な他の活動に注意がゆきわたらず、それらがおろそかになってしまいます。また、過度に注意力や集中力を使うことによって、脳の情報処理能力が低下し、クリエイティビティも含めた仕事全体の効率が下がってしまいます。PCでたくさんのアプリケーションを同時に立ち上げるとCPUの負荷が上がってしまって処理速度が遅くなってしまうのと同じような現象です。よって、クリエイティビティ活動が中程度から高いレベルでは、仕事の業績と負の関係になり、全体的に見ると、クリエイティビティ活動と仕事の業績との関係が上に凸の曲線になるわけです。


Zhang & Bartolは、上記のようなクリエイティブ活動と仕事の業績との上に凸の曲線的関係は、職務経験の度合いによって、曲線の形状が変わるという考えも提示しています。職務経験の浅い人の場合、クリエイティブ活動が低い状態から中程度の状態までは、仕事に熟練していないがゆえに頭脳が活性化され、業績はやや高めとなります。クリエイティブ活動が中程度から高い状態では、認知資源のオーバーキャパシティが深刻になるために業績は悪化すると考えられます。職務経験が豊富な人の場合は逆のパターンで、クリエイティブ活動が低い状態から中程度の状態までの業績は、仕事に慣れているがゆえに頭脳が活性化せず、業績は低めとなります。クリエイティブ活動が中程度から高い状態では、仕事に熟練しているがゆえに認知資源にやや余裕があるので、業績はやや高めになると考えられます。Zhang & Bartolは、実証研究によってこれらの理論および仮説が妥当であることを確認しました。

文献

Zhang, X. M., & Bartol, K. M. (2010). The influence of creative process engagement on employee creative performance and overall job performance: A curvilinear assessment. Journal of Applied Psychology, 95: 862-873.

クリエイティビティの「感情シフト」と不死鳥モデル

感情やムードはクリエイティビティに深く関与していると考えられています。一般的には、ポジティブなムードがクリエイティビティを高めると考えられていますが、そう単純な話でもありません。むしろ、クリエイティビティにはもっと幅広い感情経験が関与すると思われます。

参考:「感情はクリエイティビティにどう影響するか」


Bledow, Rosing, Frese (In press)は、クリエイティビティにはむしろ、ポジティブな感情とネガティブな感情の両方のダイナミックな相互作用が重要だと考え、それを「感情シフト」で説明しようとしました。彼らの主張は、新しいアイデアが湧きおこるのは、ネガティブ感情が生じた後であるというもので、気分が落ち込んだ(凹んだ)あとに元気になって創造力が高まるプロセスを「絶望の淵から不死鳥のようによみがえる」という例えを用いて説明します。つまり、なんらかの出来事によって気分が落ち込み(ネガティブムードに陥り)、その後、だんだんと気持ちがポジティブになっていくときに、クリエイティビティが発揮されやすいと説くのです。これが繰り返されるというクリエイティブのプロセスが、灰になっては蘇ることを繰り返す「不死鳥」のようだというわけです。


Bledowらは、クリエイティビティにおけるPSI(Personality-Systems-Interaction)理論として、ポジティブムードとネガティブムードの両方がクリエイティビティに必要であることを説明します。PSI理論によると、ムードのポジティブ軸は、人間の認知プロセスがゆっくりで制御された逐次処理的なモードか速くて並列処理的なモードになるかを左右します。ムードがポジティブになるほど活動的になり、前者から後者に移行し、思考や行動が直感的、探索的、拡大的になります。ムードのネガティブ軸は、視野が狭くなるか、広くなるかを左右します。ネガティブムードになるほど、視野が狭まり、不快感や不安のもととなる特定の問題に焦点をあて、分析的に思考するようになります。ネガティブムードがなくなっていくに従って、視野が広がっていきます。


Bledowらによれば、ポジティブムードは、思考を活発化し、柔軟な思考を促すのでクリエイティビティにつながりますが、それには、ネガティブムードによって整えられた「クリエイティビティの下地」が必要だと考えられます。視野を狭くするネガティブムードはそれ自体がクリエイティビティにとって好ましいというわけではないのですが、気分が落ち込んだりしたときには、視野が狭くても特定の問題に焦点を当て、これを解決するためには努力が必要であることを認識するきっかけを作ります。


最初に気分が落ち込んだ状態が起こり、そこからネガティブムードが減少していくプロセスによって、視野がだんだんと拡大していきます。視野が拡大していくと、クリエイティビティを発揮するのに重要な多様な情報や事象に目が向くようになります。それと同時に、だんだんと気分が良くなるすなわちポジティブムードが高まっていくならば、思考が活性化され、思考の柔軟性が増し、発散的思考や直感的思考も活用され、新しいアイデアを思いつきやすい状態を作り出します。つまり、初期状態としてネガティブムードが高く、ネガティブムードがその後下がっていき、反対にポジティブムードが上昇していくというダイナミックなプロセスが、クリエイティビティを高めるのだと論じたわけです。Bledowらは、この理論の妥当性を、2つの実証調査によって確認しました。

文献

Bledow, R., Rosing, K., & Frese, M. (In press). A dynamic perspective on affect and creativity. Academy of Management Journal.