エフェクチュアル・キャリアデザイン入門

経営学では20年ほど前に提唱され、近年になって実務界にも広がってきているコンセプトとして「エフェクチュエーション」があります。これは、優れた起業家が実践する原則としてアントレプレナーシップ分野の研究で用いられている概念です。吉田・中村(2023)は、エフェクチュエーションを分かりやすく説明するとともに、この原則は、起業家のみならず多くの人々にも活用可能な考え方であることを示唆しています。そこで本ブログでは、エフェクチュエーションの考え方をキャリアに応用した「エフェクチュアル・キャリアデザイン」という考え方を提唱します。以下においてこれを簡潔に説明したいと思います。

 

吉田・中村によると、従来の経営学では、まず目的を設定し、目的に対して最適な手段を追求する方法を重視してきました。当然経営には不確実性がつきものですが、それに対しては、まずは内外環境を分析し、不確実性を考慮した上で、目的に対する正しい要因を特定し計画を立てることを重視します。これをコーゼーション(因果論)と呼びます。目的を実現するための因果を重視するという目的主導の考え方です。一方、エフェクチュエーション(実効理論)の考え方は、起業のように不確実性が極度に大きな環境では、目的主導ではなく手持ちの手段を所与としてそれを活用することで生み出せる効果(エフェクト)を重視する手段主導の考え方で、エフェクチュエーション概念の生みの親であるサラスバシー教授が優れた実践家が実際に行っていることから導いた原則です。

 

エフェクチュエーションには5つの思考様式があると吉田・中村は解説します。それは「手中の鳥の原則」「許容可能な損失の原則」「レモネードの原則」「クレイジーキルトの原則」「飛行機のパイロットの原則」です。以下においては、エフェクチュエーションをキャリアデザインに応用した「エフェクチュアル・キャリアデザイン」に即した形でこの5つの原則を説明します。まず、「手中の鳥の原則」です。これは、自分がすでに持っている「手持ちの手段(資源)」を活用し「手段主導」で何ができるかを発想し着手する思考様式です。主に3つの手段があり、それは「私は誰か」「私は何を知っているか」「私は誰を知っているか」です。さらに「余剰資源」を考慮することも有効だといいます。

 

キャリアデザインにおけるコーゼーションでは、自分が目標とする将来のあるべき姿や目的を明確にした上で、それを実現するための原因となりうる最適な手段を獲得していくことを重視しますが。エフェクチュアル・キャリアデザインでは「私はどんな人間なのか(好きなこと、得意なこと、価値を見出すことなど)」「私は何を知っているのか(知識、スキル、経験など)」「私は誰を知っているのか(人脈など)」「その他に利用可能なリソースはあるか(貯金など)」を理解し(棚卸しをして)、それらを組み合わせることで次の一手として何ができるかを考えることになります。それが、自分のキャリアを発展・進化させるためにまず何をするのかの具体的な行動指針につながるのです。

 

次に、「許容可能な損失の原則」です。これは、期待リターンよりも、許容可能な損失の範囲内でまずは行動を起こすことを意味します。キャリアデザインで言うと、失敗すると路頭に迷ってしまったり人生が破滅してしまうような極端なリスクを負うような行動をしないと言うことになります。例えば、全く畑違いの分野への転職や、大きな借金をしてまでの脱サラによる起業、友人の多くを失うような仕事など、リスクの大きすぎるキャリアチェンジなどがその例です。そうではなく、現在自分が持っている資源の組み合わせ範囲内で投資や活動をする(ビジネススクールに通う、異業種交流会に参加する、余暇を副業に充てるなど)などのアクションが望ましいということになります。

 

そして、「レモネードの原則」は、予期せぬ事態に遭遇した時に、それを前向きに捉え、テコとして活用していく思考様式です。キャリアデザインで言えば、偶然を味方にする能力でもある「セレンディピティ」に近いともいえましょう。「クレイジーキルトの原則」は、コミットをしてくれる可能性のあるパートナーとの出会いを通して、何ができるかを模索していくプロセスで、これをランダムな形の布切れを繋ぎ合わせてユニークなパターンが作られるクレイジーキルトに例えたわけです。レモネードの法則と関連づけると、予期せぬ出会いも含めて様々なパートナーと出会い、それが自分自身の新たな手段(資源)に加わっていくことで、それらを組み合わせて「何ができるか」の可能性が拡大していきます。キャリアデザインに即して言えば、様々な人々との出会いが、自分が有する手段の多様化につながるため、次のキャリアのステップとして何ができるかのオプションも広がっていくことを意味します。

 

最後の原則が、「飛行機のパイロットの原則」です。これは、自分がコントロール可能な活動に集中し、予測でなくコントロールによって望ましい成果に帰結させるという思考様式です。これは、上記の4つの原則によって駆動されるサイクル全体に関わっています。キャリアデザインに即して言えば、コーゼーションでは自分のキャリア目標や目的(例、勤務先の社長になる)に照らし合わせて将来を予測し(例、事業予測、昇進の見通し)、それに従ってキャリアプラン(例、スキルアップ、社内人脈形成)を練ろうとしますが、エフェクチュエーションでは、そもそも未来の予測など不可能という前提に立ち、予測できない未来ではあるが、自分がコントロール可能なものは何かに焦点を合わせるのです。今、手元に持っている手段(能力や人脈)を組み合わせて、キャリアの次の打ち手を考え、実行するのです。

 

上記の5つの原則から分かるとおり、エフェクチュアル・キャリアデザインでは、自分が現在持っている手段主導でキャリアの次の一手として何ができるかを考え、実行し、そのプロセスで生じる偶然性や予期せぬ出来事をテコにしながら、既知の人々や新たに出会う人々との相互作用を繰り返していきます。そのプロセスにおいて新たな手段が加わることで手持ちの手段が増え、何ができるかのオプションも広がり、さらにそれに基づいた行動によって新たな偶然や出会いが生じるという「手持ちの資源の拡大サイクル」が存在します。また、パートナーとの相互作用で生じる新たな目的に基づいて何ができるかを再検討するといった「制約の集約サイクル」も存在します。

 

つまり、エフェクチュアル・キャリアデザインでは、手段主導のダイナミックなキャリア・アクションを通して生じる「手持ちの資源の拡大サイクル」によって、何ができるかの選択肢を広げて将来の可能性を大きくしていく一方で、「制約の集約サイクル」によって、今後のキャリアにおいて自分が最も集中すべき方向性を確立していくというプロセスによって、具体的なキャリアの方向感が定まりつつ将来展望が開けてくるのだと言えましょう。

参考文献

吉田満梨・中村龍太 2023「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」」ダイヤモンド社

事業アイデアの創造的改訂プロセスを左右する「心理的オーナーシップ」と「創業者のアイデンティティ」

新規事業を創造していく上で、創業者のオリジナルな事業アイデアは大変重要ですが、それだけでは成功にこぎつけません。新規事業の創造に携わっていく中で、創業者は利害関係者(投資家や潜在顧客など)から様々なフィードバック(批判、改善提案など)を受け、それらを考慮しながらオリジナルな事業アイデアを実現可能なアイデアに改訂していく必要があります。当然、そこでは、創造性(経営学の文脈で重視されるのは新規性と有用性)も求められます。これまでの多くの研究では、事業アイデアの創造的改訂プロセスがうまくいかない要因として、情報不足に焦点が当たりがちでした。つまり、いくら外部からフィードバックをもらったとしても、創造性を発揮できるほどの情報が不足しているために、新事業を成功に導くための改変が実現しないというものです。しかし、Grimes (2018)は、創業者自身のオリジナルな事業アイデアや自分自身のアイデンティティに対する「こだわり」が事業アイデアの創造的改変の障害になる可能性を、詳細な質的調査によって導き出しました。平たく言えば、創業者が自分自身の存在やアイデアの独自性、思い入れに強いこだわりを持つがゆえに、外部からの意見に耳を貸さなくなるというようなことです。


Grimesは、59人の創業者および彼らの事業アイデアに対してフィードバックを行った人々を対象とした詳細な質的調査により、「創造的改変のアイデンティティ・ベース・モデル」を導出しました。このモデルで重要となる概念は「創業者のアイデンティティ」「心理的オーナーシップ(事業アイデアへの所有感)」「アイデア・ワーク(事業アイデアの改訂方法)」「アイデンティティ・ワーク(自分のアイデンティティの確認や修正)」です。まず、どんな創業者でも、自分が作り上げたオリジナルな事業アイデアに対しては「これは創業者としての自分が考えた、自分自身の事業アイデアである」という心理的オーナーシップを有しているはずです。この事業アイデアが、外部から様々な批判や改善提案などのフィードバックにさらされた場合、どうなるでしょうか。創業者は、ほいほいと外部の意見をどんどん取り入れて事業アイデアを変えていってしまうでしょうか。Grimesによれば、そうとは言えません。彼のモデルでは、自分の事業アイデアに対する外部のフィードバックを受けた時点で、3つの反応が考えられます。1つ目は、自分の持つ「こだわり」が再確認されることで、事業アイデアに対する心理的オーナーシップを増々強める反応です。2つ目は、自分の事業アイデアをより抽象的なものに昇華させることで、具体的な細部については心理的オーナーシップを和らげる反応です。つまり、抽象的にはこだわりを持っているが、細部に対しては外部の意見に柔軟に対応するということです。3つ目は、あくまでビジネスであるとかゲームであると割り切ることで、こだわりを捨て、事業アイデアに対する心理的オーナーシップを弱めるような反応です。


外部からのフィードバックに対する上記の3つの反応の違いは、創業者がフィードバックをどのように生かして事業アイデアの創造的改変を行っていくのか(アイデア・ワーク)、そして自分の創業者としてのアイデンティティをどう変えていくか(アイデンティティ・ワーク)に大きく影響することをGrimesは示唆します。まず、こだわりを再確認し、心理的オーナーシップを維持するような創業者の場合、フィードバックとしての批判や改善提案に対して防衛的になります。よって、事業アイデアの改変も周辺的なものにとどまり、コアな部分はかたくなに維持しようとするでしょう。また、このようなタイプの創業者は、自分は「ビジョナリー創業者」だというようなアイデンティティにこだわるでしょう。つまり、自分は、外部からの批判を超越して、強い使命感、理念、ビジョンに動かされて事業を創造しようとしているのだと考えることでしょう。次に、事業アイデアを抽象化して心理的オーナーシップを和らげる創業者の場合、外部からのフィードバックを考慮し、自分の事業アイデアを修正しようとするでしょう。もちろん、オリジナルな事業アイデアへのこだわりを捨てたわけではありませんので、変えたくない部分と変えるべき部分のバランスを取ることになるでしょう。また、創業者は内面的には使命感や理念に動かされながらも、外部に対してはある程度妥協してビジネスとして割り切って意見を取り入れていく部分も見せるでしょう。最後に、オリジナルな事業アイデアへのこだわりを捨てる創業者は、外部からのフィードバックを積極的に取り入れ、事業アイデアを「リエンジニアリング」するでしょう。このタイプの創業者は、自分自身を「科学的創業者」と位置づけ、よく知られた「成功の方程式」に従うことでビジネス上の成功やゲームの勝者を目指すようになるでしょう。


上記で、新規事業アイデアに対する外部からのフィードバック、それに対する心理的オーナーシップの変化、アイデア・ワークやアイデンティティ・ワークについて3つのパスがあることを見てきましたが、オリジナルなアイデアやビジョナリー創業者としてのこだわりを強化するような創業者の場合、自分自身の独自性と他の創業者からの差異性を重視するようになり、創業者同士あるいは利害関係者が集まるコミュニティーから距離を置くようになるかもしれません。逆に、オリジナルなアイデアや使命感、理念へのこだわりというのを捨て、ビジネスというゲームに勝つことを優先する科学的創業者としての役割に徹するような創業者の場合、外部の意見を積極的に取り入れ、創業者同士や利害関係者が集まるコミュニティーに溶け込んでいく一方で、自分の独自性や他の創業者からの差異性は維持できなくなることが考えられます。その中間に位置する、内面の使命感やビジョンと外部への柔軟な対応を使い分ける分離型の創業者の場合は、他の創業者との差異性とコミュニティーへの溶け込みの両方のバランスを取っていくことになるでしょう。


創業者が、自身のオリジナルな事業アイデアへのフィードバックを受けた後、これまで見てきたような3つの異なるパスのどれをたどるのかに影響を与える要因として、Grimesは、集合的意味形成(センスメーキング)と、創業者の創造性発揮経験の2つを挙げています。集合的意味形成とは、事業アイデアの外部からのフィードバックを受けてそれに対応するのは創業者1人だけではなく、創業者を含めたチームであることに基づいた考えです。つまり、創業者も、チームとして外部からのフィードバックを検討する上で、他者からの影響も受けるということです。創造性発揮経験については、創業者が、過去にどのような創造性発揮経験をしてきたのか、例えば、幅広い事業や商品開発を経験しているのか、狭い分野にとどまった創造性発揮経験をしているのかというよな違いが、外部からのフィードバックへの対応に影響をするというものです。


どのタイプのパスをたどることが、事業アイデアの創造的改訂の成功、ひいては事業そのものの成功につながるのかは一概に言えません。しかし、Grimesの研究は、外部の批判や意見をとりいれつつ、事業アイデアを育てていくようなプロセスに影響するのは、創造性そのものや情報不足といった、情報的な側面のみならず、創業者の心理的オーナーシップやアイデンティティといった「こだわり」が強く影響していることを示している点で、創業プロセスの理解に新たな視点をもたらした研究成果だと言えるでしょう。

参考文献

Grimes, M. G. (2018). The pivot: How founders respond to feedback through idea and identity work. Academy of Management Journal, 61(5), 1692-1717.

自信過剰で過度に楽天的な起業家は結局のところ成功するのか

人間ならば誰しも、物事を判断し、意思決定を行う際にバイアスがかかることが知られています。例えば、行動経済学という学問は、人間が合理的に意思決定するという前提を緩め、判断や意思決定にバイアス(認知バイアス)が介在することを念頭においた研究を行っています。意思決定を行う際に、過度に楽天的になること、あるいは自信過剰になるという認知バイアスも知られています。そして、Frese & Cielnik (2014)によると、起業家は、そうでない人たちに比べて、過度に楽天的で自信過剰でありがちであることが研究者によって指摘されてきました。では、起業家と呼ばれる人たちが陥りがちな過剰楽天的バイアス、自信過剰バイアスは、結局のところ、起業の成功に寄与するのでしょうか。Frese & Gielnikは、以下のとおり、この問いについて検討しています。


まず、一般的に、人間が持つ認知バイアスは、判断や意思決定の近道の役割をするため、過度に注意深く思考することなく、すばやい判断や意思決定を可能にします。起業のように刻一刻と状況が変化し、すばやい対応が求められる環境では、認知的近道は確かに判断や意思決定を速め、複雑な状況に置かれた際のすばやい対応につながるでしょう。つまり、起業家が持つ「野生の勘」のようなものには認知バイアスがなんらかの形で介在しているといえそうです。その一方で、認知バイアスは、人間が判断や意思決定を間違える可能性を示唆します。したがって、起業家が「野生の勘」に頼ることによって、重要な場面で意思決定を間違えるという危険性をはらんでいるともいえましょう。


次に、Frese & Gielnikは、自信過剰バイアスと過剰楽天的バイアスに絞って、起業プロセスにおけるそれらの効用および弊害について論じています。まず、Frese & Gielnikは、スタートアップ期など、起業の初期プロセスにおいては、自信過剰バイアスと過剰楽天的バイアスは、起業プロセスを前進させるうえである程度必要であると論じています。起業家が自信過剰であり、過度に楽天的であるということは、彼らが自分が興したビジネスが成功すると強く信じて疑わないことを意味します。しかし、事業のスタートアップ期は不確実性が多く、さまざまな困難が待ち受けています。起業家が困難や不測の事態が起こるたびに凹んでいては心身とももたないばかりか、事業の成功もおぼつかないでしょう。よって、自信過剰で楽天的な起業家は、困難な状況においても事業の成功を疑うことなくモチベーションを維持し、前進し続けるという逞しく強靭な精神力を発揮するともいえるのです。


しかし、Frese & Gielnikは、起業プロセスの中期・後期になってくると、起業家の自信過剰バイアス、過剰楽天的バイアスは、ベンチャー企業の生き残りやさらなる成長に関しての弊害となりうることを指摘します。第一に、過度に楽天的で自信過剰な人は起業家は、目先のリスクを過小評価し、入ってくるネガティブな情報も、勝手に都合のよいかたちに解釈し、非現実的な目標の設定や意思決定をする危険があります。そのため、知らず知らずのうちに大きな事業リスクを背負い込んでしまう可能性があります。例えば、無理な事業への強引な参入、いったん投資してうまくいかないプロジェクトからの撤退拒否、競合他社の軽視、自社の製品やサービスの品質や顧客満足についての根拠のない自信などです。


上記の議論から、Frese & Gielnikは、結局のところ、起業家にありがちな自信過剰バイアス、過剰楽天的バイアスは、ビジネスのスタートアップ期には、起業家のモチベーションや推進力の維持という面においてポジティブな効果をもたらし、事業が軌道にのった後の生き残りや成長期にかけては、過剰な事業リスクを背負うことにつながるという面においてネガティブな効果をもたらすと結論づけています。よって、自信過剰で楽天的な起業家のもとでビジネスの立ち上げが成長し、会社が軌道に乗ってきた暁には、彼らのバイアスのかかった判断や意思決定に対してある程度ブレーキをかけることができるような参謀もしくは番頭の存在が重要となってくるのではないでしょうか。

参考文献

Frese, M., & Gielnik, M. M. (2014). The psychology of entrepreneurship. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1.

社内事業創造人材はどのような特徴を持っているのか

戦後著しい成長を遂げてきた日本経済・日本企業ですが、これからの時代、これまで成功してきた日本の基幹産業だけでは、持続的な成長をもたらすことができないのではないかといわれています。つまり、日本の成長のためには、新しい事業や産業がつぎつぎと勃興しなければならないといえるのではないでしょうか。各企業においても「次世代の主力事業になるような新しい事業を創りたい」と考えるでしょう。このことから、企業内で、次の時代の基幹ビジネスになり得るような新しい事業を創造できる人材「=事業創造人材」についての研究がなされつつあります。


例えば、石原・白石(2011)は、事業創造人材については、イノベーション研究で指摘されるように本人が高い技術力を持っているかどうかについては問題にせず、「社会の求める新たな価値をデリバリーするプロセスを構築し、しかもそれを実際の収益に結びつける」人物を事業創造人材としたうえで、彼らの思考および行動特性について、「企業内でこれまでになかったやり方で新しい事業を立ち上げるか、海外への進出を主導した人物」15名に対するインタビュー調査を実施し、事業創造人材に特有の5つの思考特性と6つの行動特性を特定しました。


まず、5つの思考特性については、大きく「思想」と「行動規範」に分かれます。そのうち思想面については「良き社会への信念」「経験に裏打ちされた自負」を挙げています。一方、行動規範面については「強烈なゴール志向」「高速前進志向」「粘り強さ」を挙げています。これらの思考特性は、それぞれ、6つの行動特性へとリンクしています。良き社会への信念は、「常識の枠を超える」行動特性につながっています。強烈なゴール志向は「手に入れる」「捨てる」という行動特性と関連があります。高速前進志向は「決める」「宣言する」という行動特性につながります。そして、粘り強さは「やめない」という行動特性と関連しています。


また事業創造研究会(2011)は、事業創造人材を「青黒い人」と表現しています。これは、新しい製品やサービスによってどんなふうに世の中が変わるのかを、理想論かもしれないが「青臭く語る」という「ソーシャル・ストーリーを語る」という要素と、それを持続的に実現するためには、どうやって利益をあげていくのか、どうお金を稼ぐのかを「腹黒く語る」という「ビジネス・ストーリーを語る」という部分を併せもった存在であるべきだと結論づけています。


さらに事業創造研究会は、事業創造人材は「グッドリーダー」とは違う側面を持っていることを指摘します。すなわち、事業創造人材は、グッドリーダーが持ち合わせている「部下のモチベーションの維持管理や成長サポート」はあまり行っておらず、「部下の成長」よりも「事業の成功」が重大な関心ごとであると述べています。いってみれば、事業創造人材にはある種の「偏り」があり、ゆえに「良いリーダー」とは言えないということになります。しかし、そうした偏りはときには「アクの強さ」として表出され、それが事業創造の成就につながる可能性も指摘しています。


事業創造人材は入社した時点からかなり革新的で破天荒な活動を行うと事業創造人材研究会は指摘します。そのため、決して扱いやすい人とはいえません。時として既存のルールを踏み越えたり、多くの人が口に出せなかった問題を発言したりするからです。とはいえ、事業創造人材は、あくまで組織の一員として入社してきた人々。彼らは、組織内において日々対峙しているルーティンワークの経験から多くを学んできたとも指摘しています。すなわち、日常の緩やかな問題意識や仕事を通じて感じた社会の不条理に対して「おかしい」と敏感に反応し、それを正すための行動を少しずつとり始め、そういった行動を積み重ねるうちに、その問題や不条理の解決こそが自身の使命だと確信し、それを新年へと昇華させるのだといいます。


このように、事業創造人材は、類まれなる学習能力と跳ねっ返りな存在で、経験により成長を遂げてきた人物たちです。しかし、事業創造人材として頭角を現す人材はごく一部にすぎず、彼らの背後には、事業創造人材たりえた人材であったにもかかわらず、跳ねっ返りが強すぎたために、運悪くつぶされてしまった逸材がいたかもしれないと事業創造人材研究会は論じます。よって、これから事業創造人材を必要とする組織は、そういった人材を「探し」そして「つぶさない」ことが重要だと結論づけています。

起業を成功させるに詳細なビジネスプランは必要か

起業は大変チャレンジングな活動です。起業家は、ビジネスの発明家であり、投資家であり、会計担当者でもあり、管理者であり、リーダーであり、技術専門家であり、マーケターであり、セールスパーソンであるなど、1人もしくは数人で何役もこなす必要があるのです。そして、起業プロセスにおいて欠かせないのが「ビジネスプラン(事業計画)」でしょう。そもそもビジネスプランなしには、投資家を説得することはできないでしょう。そこで問題になるのが、起業を成功させるためには、どの程度詳細なビジネスプランが良いのかという問いです。詳細なビジネスプランとは、事業計画をしっかりと練り込んでいる計画を指します。


Frese & Gielnik(2014)によれば、起業家が成功するために詳細なビジネスプランが必要かどうかという点しては、賛成派の考えと反対派の考えがあります。例えば、賛成派の考え方は、ビジネスプランが持つ3つのメリットを強調します。1つ目は、ビジネスプランが持つ「象徴性」や「正当性」です。ビジネスプランは、起業家がそれにコミットするという意志の表れであり、詳細なビジネスプランであるほど実現性が高いと判断され、正当性を得る可能性が高まります。2つ目は「学習効果」です。起業家がビジネスプランの作成を通じて念入りに準備し、情報収集を怠らないことで、当該ビジネスを成功に導くための学習が促進されるという視点です。3つ目が「効率性」で、詳細なビジネスプランであるほど、実行がスムーズであるということです。


一方、起業の成功には詳細なビジネスプランは必要ないばかりかデメリットも多いとする考え方もあります。1つ目の理由は、ビジネスプランを詳細に作成することは「時間がかかりすぎる」ということです。ビジネスアイデアがあるのであれば、準備や計画を多大な時間をかけて慎重に行うよりも、早く行動に移したほうがよいという考えです。2つ目は、詳細なビジネスプランの作成は、実行における「柔軟性を奪う」ということです。そもそも起業プロセスというのは想定外のことが起こりがちであるため、状況に応じた柔軟な対応が求められるにも関わらず、詳細なビジネスプランの存在はそれに制限をかけてしまいかねないということです。起業家プロセスには事前の計画にこだわらない即興性も求められるのです。それに関連して3つ目は、起業の不確実性が高く将来予測もままならないなかで詳細なプランを立てても無駄であるという考えです。


賛成派も反対派もそれぞれ説得力があるのですが、起業プロセスにおけるビジネスプランの役割については、どのように結論づければよいのでしょうか。戦略論的視点でビジネスプランを理解するならば、「走りながら考える」ことが求められる起業プロセスで、詳細なビジネスプランは「絵に書いた餅」になりかねないというような議論になりがちです。それに対し、Frese & Gielnikによる心理学的分析に基づけば、ビジネスプランは「起業家のアクションに影響を与える機能」を持っていると理解できます。この視点からみれば、起業家のアクションに好影響を与える、すなわち起業家が成功するために必要な行動を促進するようなビジネスプランは良いビジネスプランだといえます。


では、起業家が成功するための行動はどのようなものなのでしょうか。Frese & Gielnikによれば、無計画、場当たり的、受動的な行動は、起業を失敗に導く可能性が高いことが分かっています。よって、計画を立てることは重要なのですが、とりわけ、起業家が、これから起業していくにあたって進むべきプロセスや起こりうる出来事を頭の中でシミュレーションできるような準備は有効です。そして、起業プロセスの中でも、要所をしっかりと計画しておき、そうでない部分は状況を見て判断するという方法も効果的だと言われています。想定外のことが起こることを念頭に置き、悪いことが起きればダメージを最小限に食い止め、思わぬ機会が訪れればそれを決して逃さないなど、その都度その都度、もっとも適切なアクションをとれるようにしておくことが肝要だといえましょう。さらに大切なことは、起業家が、起業するうえでのビジョンや目標をしっかりと持ち、その目標を必ず実現するのだという強い意志を持ち続け、目標実現のために状況に応じて計画を柔軟に変更していくことだといわれています。


すなわち、起業家がビジネス目標を明確に持ち、計画をたてて実行し、目標を実現するという強い意志を持ち続け、そのためには状況に応じて柔軟に計画を変更していく。このような行動を促進するようなビジネスプランであれば、良いビジネスプランだといえましょう。どれだけ詳細なビジネスプランが必要なのかという問いに対しては、起業家がビジネスの目標を見失ったり、柔軟な対応を阻害するような意味での詳細さは望ましくないといえるでしょう。

参考文献

Frese, M., & Gielnik, M. M. (2014). The psychology of entrepreneurship. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1.

起業家になる人と企業の管理職になる人との違いはどこから来るか

起業家も企業幹部や管理職も、ビジネスにおいて重要な役割を担います。しかし、起業家と管理職とでは、活動内容や求められる資質は異なることでしょう。では、起業を志向して起業家になる人と、企業組織に入社して管理職になる人では、どこが異なるのでしょうか。人は、自らの性格にあった職業を選択するという考え方にそうならば、起業家と管理職とでは、その人たちがもつ性格タイプが異なると考えられます。今回は、性格特性という視点からの研究を紹介します。


性格特性において、信頼性が高く研究でもっともよく用いられるものが、5因子モデル(Five factor model or Big Five model)で、外向性、情緒安定性、誠実性、協調性、経験への開放性の5つで構成されます。起業研究の場合は、これらに加え、リスク志向性もよく用いられます。研究によると、誠実性と情緒安定性は、さまざまな仕事の業績と関連しており、管理職の場合は、これに外向性の次元が加わります。Zhaoら(2006)の研究グループは、これまでの先行研究を集約するメタ分析を用いることによって、起業家と管理職と性格特性との関連性を調べました。


Zhaoらの研究の結果、まず、起業家は企業管理職と比べて、誠実性次元(なかんずく、そこに含まれる達成志向)と、経験への開放性が有意に高いことがわかりました。これは起業のほうが職場管理よりも達成意欲の強さが求められ、かつ、新しいこと、非常識的なアイデアも受け入れつつ実行に移す機会が多いからだと考えられます。次に、起業家は管理職に比べ、情緒安定性が高く、協調性が低いということもわかりました。これは、起業のほうがさまざまな困難が伴うため、情緒が安定していないと継続が難しいことや、起業家は独立心が求められるため、仲間と協調していくようなタイプの人には向かないことと関連していると考えられます。


なお、Zhaoらが2010年に発表した別の研究では、起業意図(起業家になりたい度合い)と起業実績(起業して成功している度合い)の2つに分けたうえで、性格特性との関連をメタ分析で調べました。その結果、優れた管理職と優れた起業家を分けるもっとも顕著な性格特性は、経験への開放性であるとの結論を導きました。既述のとおり、経験への開放性が高い人は、現状に満足せず、新しいものや非常識を受け入れる探究心があり、新しい商品やサービスを世に出したいという志向を持っているからだと考えられるわけです。


もう1点、Zhaoらによる興味深い発見は、リスク志向の高い人ほど、起業意図と関連があるが、リスク志向は実際の起業実績とは関係がないということです。そもそも起業はリスキーですから、リスク志向の高い人が希望を抱きやすいのですが、リスク志向の高い人が実際に起業を成功させ、実績をあげられるとは限らないことを示唆しています。

文献

Zhao, H. & Seibert, S. E. (2006). The Big Five personality dimensions and entrepreneurial status: A meta-analytical review. Journal of Applied Psychology, 91, 259-271.

Zhao, H., Seibert, S. E., & Lumpkin, G. T. (2010). The relationship of personality to entrepreneurial intentions and performance: A meta-analytic review. Journal of Management, 36, 381-404.

起業家精神は遺伝するのか

起業活動やベンチャービジネスというのは、国家の経済発展にとっても欠かせない活動です。起業活動が盛んになることによって、新たなビジネスや商品が次々と生みだされ、それによって富が増加するとともに人々の生活水準も向上していうからです。わが国でも、起業家精神に富む人材が増えていくことが望まれるでしょう。そこで重要になってくるのが、いったいどんな人が起業を志すのか、そして実際に起業をするのかということです。このような問いについて、起業家精神を遺伝的側面から調べた研究があります。その結論は、起業家精神は遺伝するということです。


もちろん、起業家精神と直接結びついた遺伝子があるわけではありません。論理的には、起業家精神というのは、特定の性格特性の組み合わせによってある程度説明することができ、そういった性格特性には遺伝的要素が含まれているというものです。今回は、このようなロジックに基づいた研究を2つ、紹介します。両方の研究とも、数多くの一卵性双生児のペアと、二卵性双生児のペアを研究対象として用いています。一卵性双生児のペアはまったく同じ遺伝子を共有しており、二卵性双生児はそうではありません。その性質を利用し、双生児のペアの類似性および相違が、どれくらいが遺伝によるもので、どれくらいが環境によるものなのかを推計するという手法を用いています。これは、さまざまな双子研究で蓄積された緻密な方法論に基づいています。


Zhangら(2009)の研究グループは、スウェーデン双子レジストリー(Swedish Twin Registry (STR))が保有する1285の一卵性双生児のペア(449の男性ペアおよび836の女性ペア)と、849の同姓二卵性双生児のペア(283の男子ペアおよび566の女性ペア)のデータを分析に用いました。そして彼らが導いた興味深い結論は、女性の場合、起業家になることの遺伝的要因が強く、男性の場合はそうではないということでした。遺伝的要因は、外向性と情緒安定性という性格特性につながり、その性格特性が直接的に起業につながっているという解釈もしました。女性のみ遺伝的要素が認められた理由は、実際に起業する場合に、社会的地位の問題によって女性ほど困難に直面しやすいため、女性はそうたやすく起業はしたがらないはずで、それでも起業をする女性というのは、起業を志向する強い性格特性があり、その性格特性のいくらかの部分が遺伝に基づくものであるという説明です。一方、男性の場合は女性に比べて起業しやすいため、遺伝的要素以外の要因も実際の起業に関与している度合いが高いからだろうと考えられます。


次に、Shaneら(2010)の研究グループは、英国双子レジストリー(TwinUK registory)が保有する851の一卵性双生児の女性ペアと855の二卵性双生児の女性ペアを用いた分析と、アメリカ合衆国保有する694の一卵性双生児のペアと606の二卵性双生児のペア(サンプル数の男女比は約6対4)を用いた分析を行い、外向的性格と経験への開放性といった2つの性格特性が起業といくらかの相関があることを確認し、その相関の半分以上が、環境要因ではなく遺伝的要素に基づくと結論付けました。Zhangら(2009)の結論と異なり、彼らの研究では、男女とも、起業には遺伝的要素があることを示唆するものです。


これらの研究により、起業をする人というのは、多少なりとも、なんらかの遺伝的影響を受けているということがいえそうです。

文献

Zhang, Z., Zyphur, M. J., Arvey, R., Narayanan, J., Chaturvedi, S., Avolio, B., & Lichtenstein, P. 2009. The genetic basis of entrepreneurship: Effects of gender and personality. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 110, 93-107.

Shane S, Nicolaou N, Cherkas L, & Spector TD. 2010. Genetics, the Big Five, and the tendency to be self-employed. Journal of Applied Psychology, 95, 1154-1162.