女性活躍推進が簡単には進まないメカニズム

日本の企業社会はかつてから男性社会だと言われ、ジェンダーギャップ指数においても世界中で最下層グループに属するなど、社会的に重要なジェンダー平等については不名誉な立場にあります。その挽回の狙いも含め、女性活躍推進の動きは加速しつつあるように思えます。しかし、世界全体で見てもとりわけ企業社会は男性優位の社会であることは間違いなく、労働者の割合的に男女が均衡している場合でも、管理職やトップに近づくほど女性が少ないという現状があります。ジェンダー平等が簡単には実現されない理由の根幹には、私たちが男性や女性を判断する際の心理的な働きである「ステレオタイプ」というものがあります。ジェンダーに関するステレオタイプが、いわゆる「アンコンシャス・バイアス」につながり、それが女性差別などにつながっていると考えられます。Heilman, Caleo & Manzi (2024)は、ジェンダーステレオタイプがバイアスや差別につながるメカニズムを以下の通りモデル化して解説しています。

 

Heilmanらの理論モデルでは、「男性はこうだ」「女性はこうだ」というように男女が本来有しているとイメージされる特徴を示す「記述的ステレオタイプ」と、「男性はこうあるべきだ」「女性はこうあるべきだ」という男女のあるべき姿や社会的な行動規範を示す「規範的ステレオタイプ」の2つがあります。それぞれが別ルートをたどって人々のバイアスのかかった評価や判断につながり。それがジェンダー差別を生み出すとされます。まず、「男性はこうだ」「女性はこうだ」という記述的ステレオタイプは、ビジネスや企業社会における職業や地位などのステレオタイプと比較され、その人が特定の職業や仕事に合っているか、向いているかがバイアスがかかった形で判断されがちです。女性の場合、特定の職業や仕事が男性的な特徴を持っているために、その仕事とフィットしないと判断され、その結果、採用時の判断、仕事での評価、昇進ための評価などで男性よりもネガティブに評価・判断され、それが女性が昇進できないといったガラスの天井などの差別につながります。

 

もう少し詳しく説明しましょう。記述的ステレオタイプの代表例は、男性は主体的であり、女性は共同的であるというものです。主体性のイメージをブレイクダウンすると、競争力がある、野心的である、支配的である、勤勉である、自立している、といった特徴が含まれます。共同性のイメージをブレイクダウンすると、温かみがある、倫理的である、誠実である、忠実である、気配りできる、社交的であるといった特徴が含まれます。大事なことは、特徴が異なるといっているだけで男性のステレオタイプがこのましく、女性のステレオタイプが好ましくないということではないということです。男性にも女性にもネガティブなステレオタイプがあります。例えば、男性のステレオタイプには、高慢、攻撃的、自己中心的といった特徴が、女性のステレオタイプには、受動的、文句が多い、媚を売るといった特徴があります。また、男性には共同性が欠けている、女性には主体性が欠けている、というステレオタイプもあります。重要なのは、特定の職業や地位、とりわけ社会的な地位が高い職業などに男性的なステレオタイプが張り付いているケースが多いために、男性とのフィット感が強く、女性とのミスフィット感が強くなりがちであるということです。

 

例えば、企業のトップ層、軍隊、科学・技術・工学・数学(STEM)、起業家などは、男性的なステレオタイプが付随しています。なぜならば、例えば企業のトップ層や起業家の仕事は、主体的で、権力志向・支配的で、野心的、自立、自信家といったイメージがありますし、STEMは男性が得意な科目であるというイメージがあります。軍隊も競争的で肉体的で力強いというイメージがあります。このような職業に女性が就くと、職業のステレオタイプと女性のステレオタイプがマッチしないために違和感を抱いてしまいます。単に男性ばかりで女性が少ないという職場でも、職場イメージが男性的ですから、そこに少数の女性が混じると、普通ではないという印象を与えてしまうのです。このようなミスフィット感によるバイアスの影響が強く出てしまうのは、その職業や仕事における評価基準が曖昧なときです。例えば、企業の採用、業績評価、昇進決定などにおいて、その基準が仕事の出来栄えや能力といったように明確であるならば、その基準によって判断すれば、男女間で大きな実力差がなければ、男女平等になるはずです。しかし、評価基準が曖昧な状況では、主観が大きく働いてしまい、(しばしばアンコンシャスに)女性はこの仕事とフィットしていないと思っているから「その女性は能力が低い、仕事ぶりが良くない、向いていない」という判断になってしまうわけです。

 

次に、ステレオタイプがバイアスや差別につながるもう1つのパスである、「男性はこうあるべきだ」「女性はこうあるべきだ」という「規範的ステレオタイプ」が影響するメカニズムについて説明しましょう。これについては、例えば、女性はこのように行動すべきだ(控えめであるべきだ、人当たりが良いべきだ、気配りができるべきだなど)といった規範的ステレオタイプに沿った行動を女性がとらない場合、その女性は社会的な規範に違反していると判断され、罰を受けることになります。これはバックラッシュと呼ばれます。同様に、女性はこのように行動すべきでない(野心的であるべきでない、断定的であるべきでない、威圧的であるべきでないなど)という行動を女性がとると、その女性も社会的な罰を受けます。また、男性的な職業や仕事において女性が活躍するだけでも、(しばしばアンコンシャスなレベルで)女性は活躍すべきでないという規範的ステレオタイプが発動して社会的に罰せられます。例えば、成功するための行動に男性的なイメージがつきまとう企業のトップマネジメントに女性が登り詰めてかつ成功を収めると、その女性は、女性がするべきことをせず、女性がするべきでないことをして成功したというようなバイアスによって否定的に捉えられ、嫉妬や妬みの対象にもなりやすくなります。能力を発揮して成功すると女性らしくないと批判され、能力を発揮できないと女性だから成功しないと批判されるような状況はダブルバインドと言われます。

 

以上をまとめると、ジェンダーに関する記述的ステレオタイプは、それが男性的なイメージがこびりついた多くの職業や仕事とのミスフィット感を生み出し、それが女性をネガティブに評価するバイアスにつながって実際に女性差別が生じるというメカニズムが存在します。一方、ジェンダーに関する規範的ステレオタイプは、女性がその職業や仕事に求められる行動をしたときに、女性がするべき、するべきでないという社会規範に沿った行動をしていないと判断され、それが女性を不当に扱う差別につながるというメカニズムが存在します。これらがあちこちで起こっているために女性活躍推進を妨げる障害として働くわけです。では、このようなメカニズムの理解を、女性活躍推進にどう活かしていけば良いでしょうか。それには、記述的・規範的ステレオタイプがバイアスや差別につながるメカニズムは、職業、仕事、職場の特徴や、仕事上求められる行動に男性的なイメージがつきまとっていることが大きな原因なので、それを取り除いていくことが肝要となります。例えば、単純に職場の女性の数を増やすだけでもその職場の男性的なイメージが払拭されていきます。また、それらの職業や仕事を記述するときに男性的な表現を使わない、逆に、女性的な要素を加えていく、といった方法も考えられます。さらに、採用、業績評価、昇進判断などでより客観的で明確な基準を設け、ステレオタイプが入り込む余地をなくしていくことも重要でしょう。

 

また、女性自身が、バックラッシュダブルバインドから自分の身を守るために、男性的なイメージのある行動と、女性的なイメージのある行動をうまく使い分け、適宜印象操作も行いながら、バランスをとっていくというのも考えられます。女性だけがそのような苦労をしなければいけないというのは理不尽かもしれませんが、男性社会がすぐには変化しない中で活躍していく女性が増えることで、結果的に男性社会の撲滅に寄与していくためには有効な行動だといえるかもしれません。

参考文献

Heilman, M. E., Caleo, S., & Manzi, F. (2024). Women at work: pathways from gender stereotypes to gender bias and discrimination. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 11, 165-192.

 

人的資本経営概論(2)

人的資本経営は、実務の世界では「人材を資本と捉えて企業価値の向上につなげる経営手法」だと定義されているようです。例えば、パーソルの調査によると、「近年、大企業を中心に、人材を「資本」と捉えて、採用や育成などの人材施策に投資を行うことで、中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」の動きが加速しています」とあります。これまで人的資本経営をやっていなかった企業があるということ自体驚きですが、とにかく、現在は、人的資本経営を「導入」している企業が増えているようです。前回は、この人的資本経営というコンセプトが、アメリカを中心に1990年代から2000年代初頭に次々と発表されたコンセプトが組み合わさって花開いたものであることを指摘しました。今回はその続きとして、人的資本への投資がどのように企業価値向上につながるのかをどう可視化していくか、そしてそれを「人的資本開示」につなげていくという文脈で概説してみます。

 

日本では、人的資本経営ブームの火付け役が、会計学周りであったことがわかっています。人的資本投資や企業価値との結びつきについて、それらを測定したり可視化したりするという面においては、会計学に一日の長があるということでしょう。実は、これと全く同じ現象が、20年以上前のアメリカでも起こっていたのです。すなわち、会計学で提唱された戦略的な測定手法である「バランススコアカード」の考え方を、人的資本経営に応用しようとする動きが2000年初頭に加速したのです。その牽引役となったのが、デイビッド・ウルリッチ、ブライアン・ベッカー、マーク・ヒューセリッド、リチャード・ビーティらによる研究者グループが矢継ぎ早に投入した以下の2冊です。

 

Brian E. Becker, David Ulrich, & Mark A. Huselid. 2001. The HR Scorecard: Linking People, Strategy, and Performance. Harvard Business Review Press

Mark A. Huselid, Brian E. Becker, Richard W. Beatty 2005. The Workforce Scorecard: Managing Human Capital To Execute Strategy. Harvard Business Review Press

 

2冊目は、副題で"Managing Human Capital"と堂々と謳っているので、2005年ごろのアメリカではすでに「人的資本経営」が登場していたことを意味しています。この2つの書籍は、人的資本への投資が企業価値向上につながるプロセスを可視化するための測定手法について、バランススコアカードの考え方を応用した形で解説しています。「HR Scorecard」の方は、人材や人事システムといった要素に焦点が当てられており、それを拡張した「Workforce Scorecard」の方は、職場のカルチャーやリーダーシップなども含めた測定方法を解説しています。惜しむらくは、上記のような人的資本経営の核心に迫る書籍が、日本では全くノーマークで紹介されなかったことです。これらの考え方が日本に輸入されていれば、人的資本経営ブームの発生も10年は早まったことでしょう。だとすると、日経平均株価4万円越えも10年前に実現していたのかもしれません。そして、人的資本投資から企業価値へとつながる測定を最も直接的に解説した本が、以下のジョン・ブルデューとウェイン・カシオによる「人的資本投資:人事による企業の財務価値へのインパクト」という書籍です。

 

John W. Boudreau & Wayne F. Cascio 2008. Investing in People: Financial Impact of Human Resource Initiatives. FT Press

 

こちらの本も残念ながら日本ではノーマークでした。ブルデューもカシオも世界的に見ると著名な研究者であり、実務家にも人気のある著者ですが、日本では無名です。今回紹介した書籍の共通しているテーマは、「人的資本投資を通して企業価値を向上させるような経営をしようと思ったら、そのプロセスが測定され、可視化されていなければならない。測定できなければコントロールできない」というものです。管理会計の考え方に近いことがわかります。しかし、実務家サイドでの本音は「それはまあわかるけど、日々の業務で手一杯だし、それって結構面倒くさいよね」というものだったと思います。というわけで一向に動かなかった人的資本経営ですが、それに喝を入れたのが「人的資本の情報開示の義務化」なのです。それに慌てる企業とそれをビジネスチャンスとみるコンサルタントが、デジタルトランスフォーメーションの波とあい重なって、「経営活動のデジタル化と一緒に進めればいいじゃん」ということで手を結んだのが今回のブームだと言えましょう。

 

最後に、人的資本の情報開示について1つ指摘しておきましょう。それは、人的資本情報はむやみやたらに公開しない方が良いということです。本当に企業価値を高める人的資本経営は、その企業が考え抜いて編み出した独自のノウハウであるはずです。そんなノウハウを外部に公開してしまったら、他社に真似をされてしまい、競争優位性を失い、その結果企業価値を毀損してしまいます。ものづくり企業はやたらめったら自社の工場の内部(生産工程など)を外部に公開しません。企業見学で見れるのは当たり障りのない場所のみで、肝心のノウハウに当たる部分は門外不出です。ですので、人的資本の情報開示は慎重に行いましょう。企業価値の源泉は、持続的競争優位性であり、持続的競争優位性とは、他社が真似できない価値あるリソースやノウハウを保有していることです。よって、ほんとうに企業価値を高めるノウハウを含んだ人的資本情報は企業秘密にするべきで、それを公開した瞬間に企業価値が下がってしまう。ですから、企業価値を生み出す仕組みとは関係のない、例えばコンプライアンス的な理由で他社と横並びで行なっている施策のような形式的な情報を公開しておけば、企業価値を損なうことはないということです。

人的資本経営概論(1)

「人的資本経営」という用語が使われだし、これが一大ブームとなり数年が立ちました。ブームの勢いは衰えを知らず、本ブログとしても無視するわけにはいかなくなってきました。当初から、人的資本経営(ヒューマン・キャピタル・マネジメント)という言葉には違和感を持っていました。なぜならば、人的資源管理(ヒューマン・リソース・マネジメント)の「リソース」を「キャピタル」に代えただけで、これまでの人的資源管理とまったく違うイノベーティブなマネジメントが誕生するのか疑問であったからです。人的資本経営は、人的資源管理もしくは人的資源経営(ヒューマン・リソース・マネジメント)とはまったく異なるマネジメントのあり方を語っているのか、あるいは、なんとなく新鮮な感じがして響きがよい言葉だから流行っているだけなのか分かりませんでした。「人的資源管理」の基本を書いた本を出しても一向に売れないが、同じ内容でタイトルを「人的資本経営」にしたら途端に売れるようになるということはないだろうか。

 

とはいえ実務の世界で流行していることに間違いはないので、上記のような疑問を抱きつつ、人的資本経営の本を何冊か読んでみたところ、これはアメリカを中心に90年代後半から2000年代前半に著名な人的資源管理論の研究者らが発表された学術的知見に基づく人材マネジメントの考え方が輸入され、組み合わされ、花開いたものだということが分かりました。そのような人的資源管理の基本が、昨今のデジタル化によって実施しやすくなったことが火種となり、用語としてはマンネリ化し陳腐化してきた「人的資源管理」という言葉が、「人的資本経営」として生まれまわったのです。そこで、この人的資本経営の基礎となっている90年代、2000年代初頭の書籍をいくつか紹介しましょう。主に2つの系統を紹介します。今回は、スタンフォード大学教授のジェフェリー・フェファーが絡んだ一連の著作です。

 

Peffer, J. 1994. Competitive Advantage Through People: Unleashing the Power of the Work Force. Harvard Business School Press

Peffer, J. 1998. The Human Equation: Building Profits by Putting People First. Harvard Business School Press

邦訳:ジェフリー フェファー 2010「人材を活かす企業: 「人材」と「利益」の方程式」翔泳社

 

上記の2つはどちらも1990年代に出された書籍ですが、当時の言葉で表現すれば、「自社の人材を活かす企業が持続的な競争優位性を獲得する優良企業である」となり、現在の言葉で表現すれば、「人的資本経営を実践する企業が持続的な競争優位性を獲得する優良企業である」ということになります。フェファー教授は、マイケル・ポーター流の「業界での自社のポジショニングこそ競争優位の源泉である」といった考え方や、人材を資本でなくコストととらえがちな企業経営の風潮に一石を投じ、優れた企業は人的資本に投資することによって人材のポテンシャルを最大限に引き出し、企業価値を高めるコミットメント(今風にいえばエンゲージメント)を生み出すような経営を行っていることをエビデンスベースで主張したのです。利益を生み出す方程式の中には、会計情報に記載されるような有形資産のみならず、人材のような無形資産(人的資本)こそ大切であって方程式に含めるべきであることを説いたわけです。

 

当時、今風の言葉でいえば「人的資本擁護派」であったフェファー教授が、「両利きの経営」の著者の1人でもあるチャールズ・オライリー教授とタッグを組んで書かれたのが、まさしく無形資産としての人材のマネジメントを重視する経営を説いた以下の書籍でした。

 

O'Reilly, C., & Pfeffer, J. 2000. Hidden Value: How Great Companies Achieve Extraordinary Results with Ordinary People. Harvard Business School

邦訳:チャールズ オライリー, ジェフリー フェファー 2002 「隠れた人材価値: 高業績を続ける組織の秘密」翔泳社

 

こちらは、今風にいえば、「パーパス経営」と「人的資本経営」を組み合わせたような内容で、人的資本経営といっても、ハイパフォーマーとかスーパースターを高額な報酬を払ってかき集めればよいという話ではなく、逆に、一見すると平凡に見える人材が集まった企業であっても、企業の価値観(パーパスやカルチャー)をしっかりと作り、人材を束ねる企業のほうが強いことを実例を用いてエビデンスベースで解説しています。人的資本は、人材=資本と単純にいっているわけではなく、「ヒューマンな」「人的」な資本であるわけですから、組織のカルチャーなども、人的な資本だといえます。まさに、人材が共通の価値観や存在意義としてのパーパスを通して強固に組み合わさった企業は強いということなのです。

 

フェファー教授やオライリー教授の著作は、企業が人的資本に投資することで競争力を高めていくということはどういうことなのかを教えてくれます。一方、人的資本経営でもう1つ大切な視点は、人的資本への投資が、どのように企業業績に結び付いていくのかを可視化するということです。可視化するということは、そのプロセスを測定し、把握するということであり、測定・可視化できれば、そのプロセスの改善や改革といったマネジメントがしやすくなるということでもあります。次回は、2000年代に活躍した戦略的視点からの「人的資本測定学派」の著作を紹介したいと思います。

 

パーパス経営は戦略が伴わなければ無意味である

近年は、「パーパス経営」がバズワードとなり脚光を浴びています。バズワードになる前も、企業経営におけるミッションや経営理念、経営哲学の重要性は再三指摘されてきました。よって、パーパス経営という言葉を「ミッション経営」とかに置き換えたりしても、本筋はズレていないといえましょう。バズワードになろうとなかろうと、あるいはブームが去ったとしても企業のパーパスやミッションが経営の本質をついたコンセプトであることに間違いありません。一方、「戦略」はどうでしょうか。「人的資本経営」はバズワードとなりましたが、「戦略経営」は今後もバズワードになりそうもありません。戦略というコンセプトがバズったのは、何十年も前にマッキンゼーやBCGといった戦略コンサルティングファームが表舞台に登場してきたころでしょう。ただ、戦略経営がバズらないからといって、人的資本経営は重要だが戦略経営は重要でないというわけではありません。むしろ、経営を成功させるためには戦略のほうが重要かもしれないのです。

 

上記の議論のように、企業経営における戦略至上主義ともいえるような立場をとる急先鋒として名高い世界的な研究者がリチャード・ルメルトです。ルメルト(2023)によれば、戦略にとって、パーパスもミッションも無意味です。いろんな「ステートメント」作成してパーパスやミッションを強調したとて、それらは直接的には戦略の策定の役には立たないというのです。どうしても何かぶらさげたいのならば格言や金言の類であるモットー程度にとどめ、感情に訴え、気分を高揚させるものにとどめておけばよいと彼はいいます。もちろん、従業員の感情や気分が高揚し、一丸となって企業に貢献しようとする「従業員エンゲージメント」や「組織コミットメント」を高めることは大事ですが、ルメルトに言わせれば、そこに「良い戦略」が伴っていなければ全くの無意味だというわけです。では、ルメルトがそこまで重要だと断言する「戦略」とはいったい何なのでしょうか。

 

ルメルトによれば、戦略とは、「困難な課題を解決するために設計された方針や行動の組み合わせ」であり、戦略の策定とは、「克服可能な最重要ポイントを見極め、それを解決する方法を見つける、または考案する」ことです。最重要ポイントに全力で集中することで、直面する課題を乗り越える方法を見つけ出すわけです。最重要ポイントとは、困難で複雑な課題を構成する要素のうち、最も重要かつ解決可能な要素を指します。そして、混沌とした状況を整理して最重要ポイントを見定め、ここをアタックすれば成功すると呼びかける役割を果たすのが戦略的リーダーであるとルメルトは喝破します。たしかに高邁なパーパスやビジョンを掲げて全社員を引っ張る「ビジョナリーリーダーシップ」の重要性を指摘する声もあります。しかし、全力で立ち向かえば行けそうだと思わせてくれるからこそ他の人はこのリーダーに従うとルメルトはいうのです。手も付けられそうもなかった問題がなんとかなりそうだと感じられることが重要だというわけです。

 

ルメルトは、戦略課題は決定的に重要であると同時に現実的に取り組み可能でなければならないと言います。では、このような戦略策定の要諦はどこにあるのでしょうか。まず、戦略とは「勝てるゲームをプレイすることだ」という格言があることをルメルトは指摘します。つまり、「勝てる」ところにフォーカスするのが戦略の要諦です。他といちばん差をつけられそうなところはどこかを考えるのです。そして、それを実現するうえで「難しいと感じたところ」を「とことん考える」ことが重要だとルメルトはいいます。課題を注意深く診断し、その構造を徹底的に分析し、最重要ポイントをとことん考えるわけです。そして、粘り抜く、類推する、視点を変える、暗黙の前提を言語化する、つねに「なぜ」と問う、無意識の制約に気づく、といった方法を用いて考え抜くのです。

 

ルメルトによれば、企業経営における戦略的有効性とは、自社にだけ生み出すことのできるユニークなバリューを創出し、かつ、その生み出した価値を競争相手による浸食や模倣から守ることに尽きます。戦略的拡張とは、ユニークバリューをより多くの買い手または他の類似製品またはその両方に拡張することが重要です。そして、企業における活動つまり事業は、消費したリソース以上のものを生まないのであれば不要であるとルメルトは断言します。会社が成長するためには、そうした不要な事業を刈り込み、成長が期待できる事業にフォーカスすることが必要だというわけです。また、競争の激しい状況では、反応時間が極めて重要な意味を持つといいます。新しいチャンスが見えてきたとき、逆に懸念すべき兆候が現れたとき、真っ先に反応した企業が勝つことが多い、最初に兆候をとらえて反応した企業が優位に立つ、勝敗を分けるのは機敏さであるというわけです。

 

これまで述べてきたように、戦略は経営の成功にはなくてはならないものです。ですから、パーパス経営と戦略経営を混同しないことが重要です。これらは車の両輪のようなもので、パーパスで社員を奮い立てて一体化しつつ、優れた戦略を策定して最も難しい課題の突破口を見出し、それをテコに果敢に前進することが大切だといえるのです。

文献

リチャード・P・ルメルト 2023「戦略の要諦」日本経済新聞社

組織変革・社会変革のための4段階プロセス

複雑化が進む現代社会では、組織や社会において困難な課題を多くの人々の力を結集して解決していく必要に迫られています。社会全体でいえば、地球環境破壊、社会的不平等、国際紛争、エネルギー、生命倫理など、企業や組織でも、グローバル化ダイバーシティ、デジタル化、安全、ウェルビーイング、など対応しなければならない課題は枚挙にいとまがありません。とりわけ、資本主義制度のもとで活動する企業や組織は、自らの存在意義(パーパス)として社会に貢献すると当時に、確実に利益を稼ぐことで経営活動を持続させなければなりません。そのために、急速に複雑化し、変化や不確実性が激しい環境に適応できるよう、組織を変革しつづけなければなりません。また、複雑な社会課題を解決するためには、1つの組織のみでは不可能であるため、多くの組織を巻き込んだ連携を組んで課題に立ち向かう必要があります。そのために、個別の努力の限界を超えて、協働を通じて大きな変化を生み出していく必要があります。

 

しかし、組織や社会システムはそれ自体、生き物のように振る舞うとストロー(2018)は指摘します。そこでストローは、ずっと手がつけられなかった、大きな、もしくは根本的な課題を解決するために、システム思考を活用しながら、組織変革・社会変革を実現する具体的な方法を解説します。キーワードは、「コレクティブ・インパクト」です。カニアとクレイマーによれば、コレクティブ・インパクトとは、異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の複雑な社会課題の解決のために、共通のアジェンダに対して行うコミットメントであるとストローは説明します。そして、コレクティブ・インパクトの成功条件として、「共通のアジェンダ」「共通の測定手法」「相互の補強し合う活動」「継続的なコミュニケーション」「バックボーン組織」というポイントを挙げています。

 

ストローは、上記のような組織変革・社会変革を実現するための、4段階のプロセスを紹介しています。それは「変革の基盤を築く」「今の現実に向き合う」「意識的な選択を行う」「乖離を解消する」の4つです。

 

変革の第一段階は、「変革の基盤を築く」ことで、全体的に変化の準備を整えることです。これには、次の3つのステップが含まれています。1つ目のステップは、主要な利害関係者を巻き込むことです。具体的には、利害関係者になりうる人々を特定し、その人たちを個別に、そして全体としても巻き込む戦略を設計して実行します。2つ目のステップは、人々が実現を望むことと現在の立ち位置について最初のイメージを描くことによって、共通の基盤を確立することです。具体的には、理想的な結果についての共有ビジョンを描き、現時点で何が上手くいっていて、何が上手くいっていないのかについての概要を掴むことです。3つ目のステップは、人々の協働する能力を構築することです。具体的には、人々がシステム思考を活用し、難しい問題をめぐって生産的な対話をする能力や、今の現実に対する責任を引き受ける内面的な能力などを開発します。

 

変革の第二段階は、人々が「今の現実に向き合う」ことを支援することです。それによって、「何が起こっているのか」「なぜそれが起こっているのか」についての共通理解を構築するのみならず、自分がこの現実を生み出す原因にもなっている事実を受け入れるようにすることです。この時点では、理想的な未来についてより明確で豊かなイメージを描くことよりも、現実をより深く掘り下げることで「自分達の現在地を理解したいし、理解されたい」という欲求に答えることを優先します。具体的には、さまざまな要素が、時間の経過の中でどのように相互に作用し、ビジョンの実現を後押しするのか、損なうのかについて、関係者を巻き込みながら自分たち自身の大まかなシステム分析を行います。そうすることで、人々の行動に影響を及ぼす「メンタル・モデル」を浮き彫りにし、気づき、受容、新たな選択を促す触媒的な対話を生み出します。

 

変革の第三段階は、人々が、自分が本当に望んでいることに寄与するように、「意図的な選択を行う」ことを支援することです。その結果として、自分の最高の志を実現することの恩恵だけでなくコストも十分に認識しつつ、その志に対して全力で取り組む姿勢を構築します。具体的には、第二段階で明らかになった「現状維持を是認する議論(現在のシステムの短期的な便益)と、変化する場合のコスト(労力、時間、投資など)を明らかにします。次に、これを第一段階で描かれた、望む変化への議論(変化した場合の便益と、変化しない場合のコスト)と対比させます。そして、両方の便益を実現する解決策を生み出すか、その両者間での難しいトレードオフを進んで受け入れます。これらの意識的な選択を行い、人々が呼び寄せられていると感じるものや、生み出したいと心から願っているものを浮き彫りにするビジョンを通じて、その選択を活性化させます。

 

変革の第四段階は、第三段階で確認した「心から望んでいること」と、第二段階で明確にした「現在地」との「乖離を解消する」のを支援することです。また、システム上のレバレッジポイント(構造のツボ)を見つけ、継続的な学習と幅広く人々を巻き込むためのプロセスを確立します。具体的には、コミュニティからの意見を参考にしながら、因果関係のフィードバックを配線し直したり、メンタルモデルを変容させたり、選んだ目的を強化したりして、レバレッジの効いた介入策を提案し、練り上げます。そして、継続的に利害関係者を巻き込み、長期的なロードマップの一部として検証プロジェクトを組み込んだ実行計画を策定し、集めるべきデータを精査したり、利害関係者から得た意見による定期的な計画の評価・修正を行い、追加リソースの開発、機能する施策の拡大によって利害関係者の関与を拡大するプロセスを実行します。

 

これらの段階、ステップは必ずしも直線的には進まず、例えば、第四段階で学んだことが、継続する循環プロセスの中で新たに始まる第一段階にフィードバックされるといったことが起こります。この循環プロセスに十分な時間をかけることが極めて重要だとストローは主張するのです。

参考文献

デイヴィッド ピーター ストロー 2018「社会変革のためのシステム思考実践ガイド―共に解決策を見出し、コレクティブ・インパクトを創造する」英治出版

 

イノベーションにつながる「最高の発想」を意図的に生みだす方法

歴史を変えるような画期的ななビジネスや商品、あるいは革新的なマネジメントの改善などにつながるようなイノベーティブなアイデアはどのように生み出されるのでしょうか。これに関しては、ニュートンのリンゴのように、何かの拍子に突然ひらめく(アイデアが降臨する)ものだという理解が多いのではないでしょうか。これに対して、アイエンガー(2023)は、イノベーションにつながる「最高の発想」を意図的に生みだす方法を提唱しています。この方法を用いると、天才のみならず、あるいは運に100%頼ることなく、多くの人が素晴らしいアイデアにたどり着くことが可能だといいます。アイエンガーが提唱するこの画期的な方法の根底にある考え方は、「新しいものごとは、それらをつくる要素が新しいのではなく、要素を組み合わせる方法が新しいのだ」ということで、言い換えるならば、「イノベーションとは、複雑な課題を解決するための、古いアイデアの新規かつ有用な組み合わせである」というものです。

 

アイエンガーによれば、画期的なイノベーションを起こすのに、あるいは複雑な問題に対して画期的な問題解決を図るためには、新しいアイデアが必要であるわけではありません。既存のアイデア、古いアイデアであってもよいのです。ただ、既存のアイデア、古いアイデアを「新規的かつ有用なかたちで」組み合わせることがポイントなので、それを可能にする方法を「システム化」して「手順」として示すことで、多くの人がその手法を用いてイノベーションを起こすことが可能になります。これを、アイエンガーは大きなアイデアを生むエビデンスベースの手法という意味を込めて「Think Bigger の6つのステップ」と命名しました。Think biggerアプローチの要諦は、大きなアイデアを得ることで解決したい複雑かつ重要な問題を小さな要素に分解し、それぞれの要素ごとに既存のあるいは古いアイデアを収集、整理し、それらのいろいろな組み合わせ方を検討することで、「新規かつ有用な」組み合わせを発見するということです。

 

アイエンガーの「Think Bigger の6つのステップ」は、イノベーションの事例を分解して、それらを生み出した思考プロセスを明らかにした結果として生まれたエビデンスベース(証拠に裏付けられた)手法です。ただ、6つステップといっても、イノベーションは一直線には進まないことを肝に命じるべきであることをアイエンガーは強調します。6つのステップからなるロードマップは示すものの、ステップ間を行ったり来たりするプロセスも含まれますし、急いで取り組むものではなく、じっくりと時間をかける必要もあります。それを踏まえたうえで、各ステップについて説明していきます。ステップ1は、「解決すべき課題を正しく選び、それをしっかり理解する」ことです。これは必ずしも簡単なことではないとアイエンガーは指摘します。つまり、時間と的確な判断が必要となります。例えば、選ぶ課題は、これまで誰も解決していないほどに困難だが、夢物語のままで終わらないものである必要があります。取り組む価値があって、有用な解決策につながるような定義を選ぶことも大切だといいます。

 

ステップ2は、ステップ1で設定した大きな課題を、小さなサブ課題に分解することです。どんな重要な課題も、複数の小さな課題でできているとアイエンガーは説明します。サブ課題をたくさんリストアップし、5〜7個に絞りこんでいきます。そしてステップ3で、課題を大局的な見地から捉え、3つの重要な当事者(あなた、ターゲット、第三者)を特定し、それぞれが解決策に何を望んでいるかを洗い出します。これが「全体像スコア」につながり、複数の解決策の中から最終的に1つ選択する際の判断基準になるといいます。ステップ4では、サブ課題ごとに、すでにある解決策を探してリストアップしていきます。新しいアイデアである必要はないので、自分の領域内、領域外いろいろと探し回って、成功した解決策の「戦略的模倣」を行います。ステップ5では、収集した解決策を選択マップに整理し、それらをいろいろな方法で組み合わせ、ぴったりあてはまる「新規かつ有用な」組み合わせが見つかるまで繰り返します。最後のステップ6では、自分が作り出したアイデアを第三者がどう見るのかを吟味します。「第三の眼」でものごとを捉えるということです。

 

もちろん、「Think Bigger の6つのステップ」を使ったからといって必ずしも問題がうまく解決するいうわけではないし、これで世界中の困難な課題を解決できるというわけでもないアイエンガーはいいます。しかし、この方法は、イノベーションのプロセスを分解し、偉大なイノベーターたちが新しいアイデアを生み出した方法を体系化したものなので、この方法の真髄を理解すれば、「自分にもできる」と自信をもてるはずだとアイエンガーは主張するのです。

参考文献

シーナ・アイエンガー 2023「THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法:コロンビア大学ビジネススクール特別講義」NewsPicksパブリッシング

行動経済学を体系的に会得してビジネス・経営に役立てよう

近年、「行動経済学」が脚光を浴びています。行動経済学とは何かを一言でいうならば「人々の経済行動の理解と説明に焦点を絞った心理学」もしくは、「経済学の衣をまとった心理学」だと言えます。本質的には「人間の判断や意思決定に関する心理学」なのですが、それを「行動経済学」と言い換えるとなんとなく高尚かつ実用的なイメージが高まります。一般的には「経済学」の方が「心理学」よりも大学でも歴史があって伝統的な学部・大学院が確立しており、国家や産業の発展、人々の幸福に直結している感じがします。ノーベル心理学賞はなくてもノーベル経済学賞はあります。実際、おそらく最初に行動経済学というネーミングを提唱した心理学者のカーネマンは「ノーベル経済学賞」を受賞しています。その功績もあって、あえて行動経済学を名乗ることで、伝統的であるがゆえに経済学にしか馴染みがない人々が心理学に関心を持ち、心理学の扉を叩く格好のきっかけも提供しているのです。

 

余談はさておき、「ナッジ」を始めとする行動経済学で発見されたさまざまな法則性やコンセプトは、ビジネスや経営において役立つものが多く、それが実際にビジネスや経営に応用されていると思われる例は山ほどあります。よって、行動経済学をマスターして自分の武器とすることで、数多くのメリットが得られるわけです。しかし、相良(2023)は、行動経済学はまだ新しい分野であるがゆえに、さまざまな発見や理論が断片的に並列している状態で、体系だっていないために初学者には学習が難しいことを指摘します。そこで、相良は、行動経済学をわかりやすく体系化することで、初学者の人が学習しやすいような工夫を行いました。もちろん、行動経済学の分野をクリアに体系化することはまだ難しい段階であることを相良も認めているのですが、今回はあくまで「行動経済学を始めて学ぶ人」のために体系化を優先したとのことです。

 

では相良が生み出した新しい行動経済学体系を紹介しましょう。まず、これまでの行動経済学では、少なくとも58の主要な理論が存在すると相良は言います。58もの別々の理論を1つずつマスターするのは至難の業です。相良は、行動経済学を「人間の『非合理な意思決定』のメカニズムを解明する学問」と定義した上で、この主要な理論のグループを、まず3つのカテゴリーに分類します。それは、(1)認知のクセ、(2)状況、(3)感情、です。認知のクセとは、私たちが有している「脳」の「認知のクセ」が、私たちの意思決定に影響をするから非合理的になるという考え方に基づいたカテゴリーです。状況とは、私たちが置かれた「状況」が意思決定に影響を及ぼすという視点に立ったカテゴリーです。そして、感情は、私たちが経験するその時々の感情が、意思決定に影響するという視点に基づくカテゴリーです。

 

最初に、「認知のクセ」のカテゴリーに入る主要な理論ですが、代表的なものが、「システム1」「システム2」という、人間の意思決定で用いられる思考システムの区分です。人間が意思決定する際に、熟考を基本とするシステム2ではなくシステム1に依存すると、人間の進化で獲得したような脳に埋め込まれた直感的な意思決定システムを利用することになるために非合理的な判断や意思決定が多くなります。そこから生まれた様々な法則性には「メンタル・アカウンティング」「自制バイアス」「埋没コスト」「ホットハンド効果」「確証バイアス」「真理の錯誤効果」などがあると相良は言います。また、人間の五感が認知のクセに影響するという「身体的認知」「概念メタファー」や、時間感覚が認知のクセに影響するという「双曲割引モデル」「計画の誤謬」などもこのカテゴリーに含まれます。

 

次に、「状況」のカテゴリーに入る主要理論には、人は状況に「誘導される」「決定させられる」という考えに基づく、「系列位置効果」「単純存在効果」「過剰正当化効果」などが紹介され、そして、多すぎる情報や多すぎる選択肢が人の判断を狂わせたり意思決定できなくする「情報オーバーロード」や「選択オーバーロード」、何をどう提示するかに意思決定が影響される「プライミング効果」「プロスペクト理論」「アンカリング効果」「フレーミング効果」「おとり効果」などが紹介されています。最後の「感情」のカテゴリーに入る主要理論には、ポジティブな感情による意思決定効果としての「拡張ー形成理論」や「目標勾配効果」、ネガティブ感情による効果、コントロール感や不確実性が感情に影響することに伴う効果などが紹介されています。

 

相良は、最後に、行動経済学を「自己理解・他者理解」「サステナビリティ」「ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DE&I)」に応用した例を紹介しています。このように、行動経済学は、様々な実践に応用可能な実用性の高い学問であり、まだ発展途上の学問でもありますので、行動経済学を体系的に学んでビジネスや経営の実践に活用していくことには計り知れないメリットがあるかもしれません。行動経済学は、心理学が経済学に進出することによって経済学が抱える限界(人間は合理的に行動するという前提に縛られた限界)を突破してしまったことで「心理学が最強の学問である」ことを証明してしまったような例なのですが、異なる学問が融合することは珍しいことではありません、自然科学の世界では、量子力学なども、化学の世界に物理学が進出したようなものですし、現代生物学は物理や化学の知識なしには成立し得ないでしょう。狭い範囲の学問に縛られず、学際的に研究・実践が進むことがいろんな意味で望ましいのです。

参考文献

相良奈美香 2023「行動経済学が最強の学問である」SBクリエイティブ