ワークライフバランス論の新展開:ワーク・ホーム・インターフェース

ワークライフバランス」あるいは「仕事と生活の調和」という概念が、近年注目を浴びてきました。ワークライフバランスという概念は、学術的にはワークファミリー・コンフリクトから発展しています。つまり、仕事と家庭との役割の不調和が、本人の心身上の健康にも、企業の生産性にも悪影響を及ぼしかねないという問題意識から発展してきたわけです。


しかし、「ワーク(仕事)」と「ライフ(生活)」をバランスさせるべきという発想は、なんとなく底が浅いような気がしてきたのではないでしょうか。例えば、かならずしもワークとライフを区別し、バランスさせることが望ましい人ばかりではなく、仕事オンリーの生活を送っていても幸せな人もいるだろうと思います。若いころはワークライフバランスなど主張しないで、死ぬほど仕事すべしという人もいます。また、重要なのはワークとライフというトレードオフの関係をバランスさせることではなく、両方とも充実させることであり、それは、ワークとライフをうまく結びつけることで、ワークの充実がライフの充実も生むといったように、むしろワークとライフの統合ではないかという人もいます。


これらの先行研究の問題を念頭に、Kreiner, Hollensbe & Sheep (2009)は、ファミリー(家族)をホーム(家庭)と言い換えたうえで、ワーク・ホーム・インターフェースという理論枠組みを開発しました。これにより、漠然とワークライフバランスといわれてきた問題がより明確に理解できるようになると考えられます。


彼らの理論枠組みのポイントは、ワークとホーム(ライフ)の境界線の引き方は、人によって異なるので、そういった個人の境界の好みと周りの環境との不適合がさまざまな問題につながるというものです。例えば、ワークとホームの境界線を明確に儲け、それぞれを分けて考えることを好む人がいます。一方、ワークとホームの境界線を設けないで、それらを統合して考える人もいるわけです。前者は、お金を稼ぐための仕事と家庭や遊びは別と考えるし、後者は、仕事も生活もすべて人生そのものに他ならないというように考えることでしょう。


こういった個人の境界線の引き方の好みと、個人の置かれた環境とがフィット(適合)しているのが望ましいと考えます。例えば、仕事オンリーの生活を送っている人が、仕事オンリーの生活を求めるような会社で働いている場合とか、仕事と生活を明確に区別する人が、ワークライフバランス施策が充実した会社で働いている場合です。しかし、個人の嗜好と周りの環境とが不適合であれば、心身の健康を損なったり仕事の生産性に悪影響を与えるワーク・ホーム・コンフリクトなどの様々な問題が生じるわけです。例えば、仕事と生活の統合を求める人が、仕事と生活の区別を強調するような環境にいる場合、仕事と生活を無理やり分離されてしまうことへの苦痛が生じるでしょう。逆に、仕事と生活の区別を求める人が、仕事と生活の統合を強調するような環境にいる場合、仕事と生活を分けて考えられない苦痛が生じるでしょう。


そして、これら不適合の原因は、仕事面だけという単純なものではありません。Kreinerらは、5つの異なる不適合を特定しました。1つ目は、家族との不適合です。例えば、仕事と生活の統合を求める人の配偶者が、仕事と家庭の分離を望む場合、あるいはその逆です。「家に仕事を持ち込まないで!」という喧嘩が起こったりするのですが、それはどちらかに非があるわけではなく、境界線の嗜好の不適合が起こっているということなのです。2つ目は、上司との不適合です。仕事と生活の区別を明確にしたい人の上司が、仕事と生活を分けて考えない(仕事オンリーの価値観を持っているなど)ような場合です。家族サービスを優先させるために残業を断るような行動に不快感を示したりします。3つ目は部下との不適合です。自分の境界線の嗜好と部下の嗜好が合わない場合、部下をうまくマネジメントできなかったりします。4つ目は顧客やクライアントとの不適合です。仕事上のお客さんやクライアントの特徴やニーズが、自分の境界線の嗜好とあっていない場合です。そして5つ目は職業の性質そのものです。いずれも境界線の引き方の嗜好が環境と不適合を起こすと問題が生じます。


このようなワーク・ホーム・インターフェースの境界理論を用いるならば、単に「ワークライフバランス」というお題目を唱えるよりも、実際の職場における問題の所在とその原因をより適切に理解し、対策づくりに役立てることができるようになるでしょう。

文献

Kreiner, G., Hollensbe, E., Sheep, M. 2009. Balancing borders and bridges: negotiating the work-home interface via boundary work tactics. Academy of Management Journal, 52: 704-730.