組織アイデンティティはどのようにして形成されるのか

私たち1人ひとりにとって「自分はいったい何者なのか」という問いへの答えとなる「アイデンティティ(自我同一性)」は、生きていくうえでもっとも根本的かつ重要なものであると同様に、組織にとっても「私たちはいったい何者なのか」という問いへの答えとなる「組織アイデンティティ」は、組織にとって根本的かつ重要な概念だと思われます。特に企業にとって組織アイデンティティが重要な理由は、自分たちの会社の存在意義はなんなのか、本来的にどのような事業領域においてどのような目的のもとで活動をしているのか、自分たちの会社がどの方向に向かっているのか、どのような企業戦略を推進していくのかといったようなことについてのメンバー間の共通理解につながり、いかにして組織に対する危機に対処していくのかの基礎にもなるからです。組織アイデンティティがしっかりと確立していれば、いろんな面において「軸がブレない組織」になることができます。


学術的に組織アイデンティティを定義するならば、最も頻繁に用いられるのが、Albert & Whetten (1985)による「組織メンバーが自分たちの組織に対して知覚している、中心的、持続的、独自的(central, enduring and distinctive)な属性」という定義です。つまり、組織アイデンティティは「自分たちは何なのか」に関するもっとも中心的な答えであり、そしてそれは一貫して持続していく特徴を持っているものであり、かつ他の組織と自分たちの組織とを区別することができるためのなんらかの独自性を持っているということです。


では、組織アイデンティティはどのようにして形成されるのでしょうか。近年の研究では、組織アイデンティティの形成は、2つの異なるプロセスによるダイナミックなプロセスであると考えられています。1つ目は、社会アクター視点(social actor perspective)に基づくアイデンティティ主張(identity claim)とそれをもたらす意味の付与(sensegiving)というプロセスです。社会アクター理論は、そもそも組織のメンバーが、現在・過去・未来と一貫した、かつ他者とは異なる自分でありたいというニーズを満たすようにアイデンティティが形成されていくと考える視点です。この視点で強調されるのは、「私たちはどうあるべきか」という(とりわけ経営トップなど組織を代表する人々の視点)が明示的に示されることにより、それが組織アイデンティティとなっていくというプロセスです。このプロセスは、組織メンバーに対して、自分たちの組織の「中心的、持続的、独自的」な属性はどうあるべきなのかという「アイデンティティ主張(identity claim)に関する意味づけを与えていくという意味で「意味の付与(sensegiving)」と呼ばれるわけです。


2つ目は、社会構成主義的視点(social constructionist perspective)に基づく「アイデンティティ理解(identity understanding)」が集合的なものとして形成されていく意味形成(sensemaking)プロセスです。社会構成主義的視点は、「現実は社会的に構成される」という考えであり、組織メンバーがお互いに「自分たちは何者なのか」について語り合うことによって、組織アイデンティティが次第にそれがメンバー間の共通了解として確立されていくプロセスを強調します。そのプロセスを、組織に関する「中心的、持続的、独自的」な意味がメンバーによって形成されることによって、アイデンティティ理解(identity understanding)が生まれるという意味で「意味形成(sensemaking)」と呼ばれるわけです。


近年の組織アイデンティティ研究では、このアイデンティティ主張に基づく意味付与(sensegiving)プロセスと、アイデンティティ理解をもたらす意味形成(sensemaking)プロセスのダイナミックな相互作用あるいは「摺り合わせ」のプロセスによって、組織アイデンティティが形成されるという考え方が支持されています。意味付与は主に組織の創業者やリーダーによってトップダウン的に行われ、意味形成はそれを受けるような形で組織のメンバーのよってボトムアップ的に行われるのが一般的ではないかと思われます。これは、組織の誕生時においてアイデンティティが形成されるときのみならず、組織変革によって、組織アイデンティティが変化するプロセスや、組織アイデンティティが危機に陥ったときの回復プロセス、組織アイデンティティを維持するプロセスなどについても適用できる理論枠組みだと考えられています。

参考文献

Albert, S., & Whetten, D. A. 1985. Organizational identity. Research in Organizational Behavior, 7: 263–95.

Ravasi, D., & Schultz, M. 2006. Responding to organizational identity threats: Exploring the role of organizational culture. Academy of Management Journal, 493: 433–458.