人事を行う日本の人事部、人事を助ける外資系の人事部

ビジネスの世界で通説としてあるのが「日本企業では人事部の社内での権力が強く、外資系企業では人事部の社内での権力は弱い」というものです。日本ではしばしば人事部に配属になることは「花形」であり「出世コース」の1つだと言われることもあります。実際、事業部門から非常に優秀な人材を人事部に引き抜いて一定期間、そこで勉強させる(そして本人はいずれ事業部門に戻っていく)というような企業も多いようです。一方、外資系の場合、人事部に勤務する社員は専門性が高く、人事プロフェッショナルとして他の外資系の人事部への転職を繰り返しながら出世していくというパターンが多く見られるようです。このような日本の人事部と外資系の人事部のイメージの違いはどのように理解すればよいのでしょうか。


この違いを理解するポイントは、基本に立ち返って、そもそも「人事」とは何かを再確認することです。人事というのは、ヒト・モノ・カネといった経営資源の1つであるヒトを扱う「経営活動」であり、分かりやすいイメージが「人を動かす」ことです。経営とは、人を動かして大きなことを成し遂げることです。やや細かく分解するならば、人事とは、企業の目的を実現するために、人を「獲得(採用)する」「育てる」「やる気にさせる」「抜擢する」「評価する」「報いる」「罰する」「辞めさせる」というような経営活動なのです。このような経営活動を行う権利・権限(とりわけ雇用や解雇、異動などに関する権限)を、通常「人事権」といいます。


上記の理解を踏まえるならば、プロトタイプ(通説、イメージ)としての日本の人事部と外資系の人事部の違いが明確になってきます。すなわち、日本の人事部は、上記にあげたような「経営活動」としての人事をじっさいに行う部署なのです。それに対して、外資系の人事部は、経営活動としての人事を助ける部署なのです。


多くの日本企業の場合、人事部はある程度の「人事権」を有しており、人事権を使って実際に社員の採用を行ったり、配置、異動を行ったり、育成、評価、処遇を行ったりします。正確に言うならば、当然人事権は本源的には経営者が持っていますが、経営者は人事部に対して人事権の一部を委譲しているのです。つまり、日本の企業の人事部は、経営者からの権限移譲を受けて、実際にヒトに関する経営活動を行っている極めて重要な部署なのですから、社内での権力が高くて当然なのだといえます。人事の巧拙が企業の利益や発展を大きく左右するわけですから、日本の人事部は、企業利益に大きくかかわる存在なのです。


それに対して外資系企業の場合、経営活動としての人事は、ラインのマネジャーが権限移譲を受けて行います。つまり、経営者が本源的に持っている人事権は、事業部門などラインのマネジャーに委譲され、ラインマネジャーが採用や賃金決定などの人事を実行します。人事部には人事権がほとんどありません。外資系企業の人事部では経営活動としての人事を行っているわけではなく、あくまで人事を行うライン・マネジャーを助ける役割を担った部署なのです。例えば、実際に人を採用したり、報酬を決定したりするライン・マネジャーが人事をやりやすいように、採用の仕組みやシステムを整える、評価のやり方や賃金決定の仕方をシステム化、標準化する、教育プログラムを考えるといったような活動をするのが人事部です。つまり、経営者およびライン・マネジャーが経営活動としての人事を行いやすいような環境を整備するのが、外資系企業の人事部なのです。


ですから、外資系企業の人事部のイメージは、純粋なスタッフ部門です。企業利益は事業部門が稼ぐ。それを環境整備というかたちで側面から支援するのがスタッフ部門で、その1つが人事部。よって、人事部の社員は、如何にして企業人事を「助けるか」についてのスキルとノウハウを持ったプロフェッショナルです。そのようなスキル・ノウハウがあるからこそ、外部労働市場に対しても市場価値があり、他の外資系企業の人事部に転職することが比較的容易にできます。これは、日本の企業の人事部にいたからといって容易に他の日本企業の人事部に転職できるわけではないことと対照的です。


日本の人事部は「経営活動としての人事を行う」部署であり、それは当然、企業固有の経営事情を反映した意思決定を繰り返す活動なわけで、人事部員は、企業特殊的な経営事情、経営判断に深く関わる存在です。だから、そうやすやすと他の企業の人事部に転職できるわけではないのです。他の企業の人事部はその企業の経営事情を深く反映した活動をしているわけですから、その企業のことについてよく知っていなければ人事部の仕事は務まらないのです。一方、外資系の場合、経営活動としての人事を行うのは事業部門(ライン・マネジャー)で、人事部は、「人事を助ける」部署です。その企業の経営事情を考慮はしつつも、メインは人事を助けるための環境整備やシステムを作るためのスキルやノウハウを活用する汎用性の高い仕事なのです。よって、企業特殊的な経営判断に直接関わることなく、企業が人事を効果的に行うための仕組みづくりのプロフェッショナルとして他の外資系企業の人事部にも転職しやすいわけです。