自分で決めた肩書を使うだけで働く人々が元気になる

会社の従業員がいつも元気で生き生きと働いているわけではありません。実際、日本では従業員のワーク・エンゲージメントが世界的に見てもかなり低いという調査結果もあります。また、職場によっては、精神的にきつく、精神的に疲弊する仕事に従事している従業員も多くいます。つまり、なかなか元気を出せないような仕事もあるわけです。そのような状況の中、ちょっとした工夫で従業員が元気になるヒントを提供してくれるのが、今回紹介するGrant, Berg, & Cable (2014)の研究です。彼らが注目したのは、仕事上の「肩書(job title)」を自分で決めさせるという方法です。


肩書だけで人々が元気に働くようになるのだろうかと訝しがるかもしれません。しかし、よく考えてみると、自分自身にとって「名前」が重要であると同時に、「肩書」も非常に重要であることに気づきます。新たな肩書を得たことによって自分に誇りが持てたり、自信が出てきたり、自慢したくなるといった様々なケースが思いつくのではないでしょうか。肩書は自分自身のアイデンティティに深く関わっているのですから重要でないわけがありません。この点に関して、Grantらは、難病と闘う子どもたちを支援する非営利団体の調査を行った際、そこで働く人々のほとんどが、「自己を表現する(真の自分を反映する)ような肩書を自分で作る」というその団体の試みについて言及し、それがいかに、憂鬱間や精神的な疲弊を伴うような業務であっても元気を維持することができるかについて語ることに気づきました。


その団体では、働く人々が「minister of dollars andsense」「lady of laughter and giggles」「royal ambassador of really cool kids」「princess of magical dreams」などの自己表現を伴った肩書を自分で作り、それを職場で利用していました。そこで、Grantは、調査対象となった非営利団体の人々を質的調査によって詳しく調べ、なぜ自己表現的な肩書を自分で決めることが従業員の精神的疲弊を防ぐことにつながるのかの理論を構築しました。その結果、自己を反映するような肩書を自分自身で決めることが、次の3つの効用をもたらし、それが精神的疲弊を防ぐという理論を構築しました。その3つとは、「自己確認(self-verification)」「心理的安全性(psychological safety)」「外部との関係構築、ラポール(external rapport)」です。


まず、自己を表現するような肩書を決めることによって、常に自分の優れた側面、強い側面、自信を持てる側面などを意識しながら仕事に取り組むことができます。これが「自己確認」の効果です。自己確認の理論では、人が逆境に陥ったり失敗したり気分が落ち込んだりしたときに自分の良い面を再確認することで、早くそこから立ち直ることができることが分かっています。よって、自己表現的な肩書を持つことで、精神的に辛い場面であってもうまくそれを乗り切ることができるというわけです。次に、働く人々が、場合によってはユニークでユーモアのある肩書を作って自己表現をしあうことで、職場において、「何か変なことを言ったり変な行動をすると罰せられるのではないか、虐められるのではないか」というような恐れがなくなり、人々が自由に自己表現をしやすくなります。これが心理的安全性という職場風土で、自分で肩書を作るという取り組みが職場の心理的安全性を高めることにつながったというわけです。3つ目に、自分で決めた自己表現的な肩書を持つことによって、初対面の人との会話がはずみ、関係構築がしやすくなります。これが外部とのラポール効果です。


Grantらは、質的調査から得た上記の理論を検証するために、次の研究で、異なるサンプルを用いたフィールド擬似実験を行いました。こちらも、比較的仕事上の精神的負担が大きいヘルスケア関連の団体です。その実験では、実験群と対照群にサンプルを分類し、実験群では、自己表現的な肩書を自分で作るように指示をし、対照群ではそのような指示をしませんでした。その結果、自己表現的な肩書を自分で作った実験群の従業員たちのほうが、対照群の従業員たちよりも、自己確認および心理的安全性の度合いが高まり、仕事によって精神的に疲弊する度合いが小さかったことが分かりました。質的研究で構築した理論が、より科学的なフィールド実験でも支持されたことになります。


Grantらの研究自体は、従業員が元気に仕事ができるように組織が行うちょっとした工夫の1つにすぎないと考えることができるでしょう。大事なのは、このような試みが、働く人々の自己表現を促進することで、自分自身の優れた部分や自信のある部分を常に確認しながら仕事をすることを助け、また、自己表現を含め、思ったことがいえる「風通しの良い」組織風土の形成に貢献しているという面です。それが結果的に人々が活き活きと働くための要因になるというわけです。「従業員に自信をもって活き活きと元気に働いてもらいたい、また、風通しのよい組織風土を作りたい、けれども、それを実現するのは簡単ではない」と思っている場合には、このGrantらの研究にヒントを得て、小さな工夫による大きな効果を目指してみてはいかがでしょうか。

参考文献

Grant, A. M., Berg, J. M., & Cable, D. M. (2014). Job titles as identity badges: How self-reflective titles can reduce emotional exhaustion. Academy of Management journal, 57(4), 1201-1225.