逆境に強いレリジエントな組織とは:組織内地理学的アプローチ

近年、経営学においてレジリエンスという言葉に注目が寄せられています。日本語で言えば、弾性、回復力、しなやかさ、粘り強さといったところでしょうか。要するに、逆境に対してポキっと折れてしまわない力だといえましょう。組織レベルでの話をすれば、衝撃への耐久性や吸収力を備えた逆境に強い組織すなわちレジリエントな組織であることは、環境変化が激しく不確実性の高い時代に求められる重要な組織能力といえましょう。これまで、組織レジリエンスの研究においては、逆境や衝撃は組織全体に降りかかり、組織全体としてどう逆境に反応するかという視点でレジリエンスを捉えてきた感がありますが、Kahn, Barton, Fisher, Heaphy, Reid, & Rouse (2018)は、逆境というのは組織全体に対して均等に起こるものではなく、最初は組織の中の特定の部分に局所的に起こるものであること、ゆえに、それへの反応も局所的なものから出発することなどの視点を重視して思考を発展させ、組織内のパーツ(集団、チーム、部署)の関係性に焦点を当てた地理学的なアプローチによる組織レジリエンスの理論を考案しました。つまり、Kahnらが考える組織レジリエンスというのは、組織を構成するパーツ間がどのように結びついているかによって、組織内のあるパーツに向けられて生じる衝撃や逆境に対する吸収性や回復力が変わってくる度合いとして考えるわけです。


Kahnらの組織レジリエンス理論では、組織内の集団間関係の様相が、逆境や衝撃への対応に影響すると考えます。彼らのプロセスモデルでは、まず、組織に対する逆境の火種が組織内の特定の部位に巣くってきます。例えば、企業内の特定の事業部、営業所、部門など、多くの場合、顧客接点などのフロントラインで生じます。不具合や問題の発生、業務負荷の増加などによって、その特定の部位での緊張が高まってきます。これが、組織が直面する逆境へとつながっていきます。その際、組織内地理学的な発想を用いると、組織内の緊張感が高まっている部位(集団)に隣接しており、かつ緊張をもたらす事態の影響を受けていない部位(集団)がどのような反応を示すかが、組織レジリエンスの特徴を左右します。Kahnらは、組織内で緊張が高まっている部位に隣接する部位の反応として、3つの異なるパスを理論化しています。その3つとは「統合化(integration)」「無関与(disavowal)」「再生(reclamation)」です。


統合化とは、緊張が高まった部位(パーツ、集団)に隣接する部位(パーツ、集団)がそこにだんだんと集結していき、一致団結して困難を乗り越えられるよう、救いの手を差し伸べようとする反応を指します。先に、組織は多くの部位(パーツ、集団)から構成されていると説明しましたが、それらのパーツが連動してシンクロするようになっており、特定の部位で不具合なり緊張感が高まったときに、隣接する周辺のパーツとしての集団が、技術、知識、空間、人、カネといった資源を問題となっている集団に動員することで緊張を和らげようとするわけです。このようなパスが起こる要因としては、まず、普段から組織を構成する個々のパーツの人員が組織全体に対するアイデンティティを持っており、緊張が起こっているのは隣の部位であって自分たちは影響を受けていなくても、自分事のように危機感なり困難さを感じることができる点があります。また、問題が生じた集団や部署を支援できるだけの資源の余裕もあるという点も考えられます。統合化が起こる場合、隣接するパーツの貢献によって特定の部位で起こった緊張感が吸収され、和らいでいくために、組織レジリエンスが高いと認識することが可能です。


無関与とは、組織内の特定の部位で緊張感が高まった場合に、その影響をまだ受けていない隣接する部位(パーツ、集団)に一種の防衛反応が生じ、影響を受けている集団から距離を取り始めるようなプロセスを指します。組織内のそれぞれの集団は、つながっているもののある程度自律性や独立性があり、集団内の人々は、集団にアイデンティティを持っています。よって、例えば「私たちの部署」「よその部署」というような集団間関係の認識に発展し、隣接する集団の緊張が高まってきても、対岸の火事もしくは他人事のようにとらえ、なおかつ、その火の粉がこちらにも降って被害を受けることを恐れるようになります。よって、隣接する部署は、火の粉を浴びてできるだけ巻き添えを食わないよう、逆境に直面している部署から距離をおいて支援のための資源などの提供を躊躇するようになります。このような反応が起こる理由は、まず、普段から、組織を構成している多くのサブユニットの独立性が強く、それぞれの部署内のアイデンティティが高くても、他の部署に対するアイデンティティが低く、組織全体としての一体感が弱い場合です。この場合、集団間の連帯感があまりなく、独立して活動しているために状況に応じて集団間でシンクロしたり多くの集団が一致団結していくことが起こりにくくなっています。また、それぞれの集団に、逆境にさらされている隣接集団を支援するだけの資源が欠乏している場合には、逆境の集団を支援しようとすることで共倒れになってしまうのを恐れる傾向もあるでしょう。無関与のプロセスが生じる場合、組織レジリエンスが弱い状態だと考えられます。


再生とは、最初は無関与と同じプロセスが発動し、組織内の隣接する集団が、逆境下にある集団に対しては距離をとっているのですが、なんらかの出来事ないしは条件が変化することによって、隣接する集団が当該集団への支援を始めていくプロセスを指します。このような反応が起こり要因としては、当初は、隣接する手段は、なんらかの逆境が生じて緊張感が高まっている隣接集団に対して、「自業自得だ」「隣接集団の不手際などの迷惑を受けたくない」というような認識から、支援の手を控えようとするのですが、なんらかのきっかけで「これは特定の集団に責任があるのではなく、外部環境に問題がある」「これは組織全体の問題であり危機である」というような認識に変化し、徐々に、一致団結して難局を切り抜けようという意識が形成されてくるわけです。当初は、無関与のケースと同じように、部門ごとの独立性が強かったり隣接する部署を支援できるだけの資源が不足していたりするのでしょうが、徐々に、部門間の連帯感、連動、シンクロの度合いが高まっていき、組織レジリエンスが高まっていくプロセスと考えてもよいでしょう。


以上のように、Kahnらの組織レジリエンス理論は、組織内の集団間関係に焦点をあて、組織内の特定の部位に生じる緊張の高まりに対して隣接集団がどう反応するかでレジリエントな組織かどうかを判断するフレームワークになっています。組織レジリエンスを高めるためには、普段から組織内の集団間関係に注意を払うこと、特定の部位に緊張状態が生じた場合に隣接する集団が支援をできるように、資源ないしは能力を強化すること、そして、実際に緊張状態が特定の部位で生じたときに、隣接する集団をはじめとして組織全体が連動し、シンクロし、団結していくことで緊張を吸収し和らげるように仕向けるリーダーシップやマネジメントシステムを有することなどが大切であると考えられます。

参考文献

Kahn, W. A., Barton, M. A., Fisher, C. M., Heaphy, E. D., Reid, E. M., & Rouse, E. D. (2018). The geography of strain: Organizational resilience as a function of intergroup relations. Academy of Management Review, 43(3), 509-529.