教育投資と人材維持の人事経済学1―企業も従業員も得する教育投資の方法

人事経済学の基本的な前提となっているのは、働く個人も、人材を雇用する企業も、利益(もしくは幸福)を最大化するように行動する、平たく言えば、損得勘定で行動するということです。これは、ヒト、モノ、カネといった3つの経営資源のうち、ヒトだけが、企業が所有可能な資源ではないことと関係しています。ヒトは自由意思を持って損得勘定で活動するので、得しない、損をすると思えば寄ってきませんし、出ていってしまいます。企業が奴隷や社畜として人材を所有して有無を言わさず働かせることは決してできないということです(一方、モノ、カネは心も意思もないので思うとおりに動かせます)。よって、募集と採用選考の人事経済学では、企業も個人も自由意思に基づいて損得勘定で動くことを前提に、どのような募集や選考の方法をとれば企業の利益が最大化するのかを考察してきました。今回は、同じような前提に立ったうえで、企業がどのような教育投資をすれば企業も従業員も利益が最大化するのかという視点から、例によってラジアー&ギブス(2017)を参考に考えてみましょう。


教育投資を考える上で重要な概念が、ファイナンス分野でお馴染みの「現在価値」です。ここでは現在価値を、将来生み出される利益(あるいはキャッシュフロー)の流列を現在の価値に割り引いて足し合わせたものと考えましょう。そして、教育投資にかかる費用(教育を受けている間に失う機会費用も含む)を、それによって増加する将来生み出す利益の現在価値を上回る限り、教育投資をすることを選択します。そして、この基本原理は、個人も企業も同じです。言い換えると、個人も企業も、教育投資の正味現在価値(現在価値-投資費用)がプラスである限り自己負担で教育投資をし続けます。よって、人事経済学では、どのような教育投資の仕方が、企業も個人も喜んで教育を受けるのか、その結果、企業も個人も得をしてハッピーになれるのかという問いに答えようとすることになります。


企業が教育投資によって得するケースというのは、教育投資にお金を投じることで人材が生み出す経済価値が高まり、将来の人件費があまり変化しないのに将来生み出される利益だけが増大する場合です。この場合は正味現在価値がプラスでありますから投資をします。一方、個人が自己負担で投資して得するケースというのは、教育投資をすることで、将来の収入が増大する場合です。例えば、会社を辞めてビジネススクールMBAコースに入学して高い授業料を払っても、MBAを取得することによって増加する将来の収入の現在価値がMBA取得のための費用を上回るのならば、本人いとっての自己負担の教育投資の正味現在価値はプラスなので、投資に正当性があることになります。


教育投資でもう1つ重要な概念が、「人的資本」です。人的資本には、一般的人的資本と企業特殊的人的資本があり、一般人的資本は、平たくいえば企業外でも通用する知識やスキルで、どこでも経済的価値を生み出せる人的資本という意味で、ポータブルスキルと言い換えることもできるでしょう。ビジネススクールMBAプログラムなどで身に就く知識やスキルはこちらの分類に近いです。一方、企業特殊的人的資本は、その企業でしか使えない知識やスキルで、その企業でしか経済的価値を生み出すことができない人的資本です。例えば、当該企業特有の業務上のノウハウ、当該企業のみが特許を持っているような知的資産を組み合わせて行う仕事、組織内の人間関係の知識や社内人脈などそれを使うことで成果を出すことが可能な知識やスキルなどがこれに該当します。以下においては、教育投資の対象を、単純に、一般的人的資本を増大する投資と、企業特殊的資本を増大する投資に分けて考えましょう。


まず、一般的人的資本への投資については、合理的な企業は投資を選択することはありません。なぜならば、企業負担で一般的人的資本への教育投資を行い、その結果、本人が将来生み出す利益が増えたとしても、同じくらい報酬も増やさないといけないからです。報酬をそのままにすると、本人は他社に転職して、より高い報酬を享受することになるからです。そうすると、企業は投資分だけ損失を被ります。報酬を増やせば、企業にとっての正味現在価値は消失してしまうので、投資をするのは合理的でないのです。企業が一般的人的資本に投資をするインセンティブがない場合でも、個人は自己負担で一般的人的資本に投資をするインセンティブがあります。なぜならば、自己負担で投資を行っても、それによって得られる能力やスキルの向上は、生み出される経済価値の向上につながり、さらにそれが自分への収入増につながるからです。先に述べたように、現職で昇給しなかったとしても、現職の報酬よりも高い報酬で雇用したい企業に転職をすればよいだけです。よって、企業が一般人的資本に関する教育機会を従業員に与える場合には、ロジカルには当該本人の給料をその分下げて、そこから得られる原資を用いて行うのが企業にとっても人材にとっても合理的です。従業員から見て「給料は低いが教育機会がたくさんあってスキルアップも実現できるので魅力的な職場だ」と思うのは、裏を返すとその教育機会は自己負担しているということになるのです。


企業特殊的人的資本になると、話はもう少し複雑です。企業は、企業特殊的人的資本に対して投資をするインセンティブがあります。なぜならば、投資をすることによって、人件費を同じ水準に維持したまま、企業が生み出す利益のみが増大するからです。特に、企業特殊的人的資本が生み出す利益は、他の企業が生み出すことのできない利益であることも重要です。つまり、企業特殊的人的資本の拡充は、競合他社との差別化を図ることで競争優位性を獲得することにもつながっているのです。しかし、当該企業で働く従業員は、このような企業特殊的人的資源投資を受けるインセンティブがありません。なぜならば、それによって生み出す経済価値が高まっても、自分の収入増につながらないからです。また、その知識やスキルは他社では使えないので、転職しても収入が増えません。つまり、能力向上によって生み出される超過の利益をすべて企業に搾取され、収入の現在価値が変化しないのであれば積極的にその教育機会を受ける理由がありません。そこで、解決策として考えられるのが、企業特殊的人的資本への投資は、企業と従業員とで折半するというものです。企業にとってみれば、得られる経済的増加の一部を報酬として従業員に還元するので、生み出される利益の現在価値は下がりますが、従業員と折半する分だけ投資費用も節約できます。結局、利益の増加分が教育投資の費用を上回るかぎり投資を行います。従業員も、多少の自己負担を必要としても、自分がその教育機会を受けることによってその会社に留まる限りにおいて将来の収入が増えるので、積極的にその教育投資を受けるでしょう。


この「企業特殊的人的資本への投資を、企業と従業員とで折半する」という考え方は、人材のモチベーションやリテンション、企業競争力の向上・維持にも大きな意味を持っています。まず、企業特殊的人的資本への投資を企業と従業員で折半することは、それによって生み出される新たな経済的価値を企業と従業員とで共同所有することに値します。共同で投資をし、そこから得られた果実を共同で所有する(分配する)ことにより、企業と従業員とで「共同体意識、連帯感」が生まれる可能性を高めます。特に、企業特殊的人的資本は、他社が真似できない、他に代替できないという意味において、持続的な競争優位性につながり、企業が他社と比べても大きな利益を生み出す可能性を高めます。よって、従業員からすると、自己負担で一般的人的資本に投資するよりも、企業と費用を折半しながら企業特殊的人的資本に投資する方が将来の収入が増えるので「得をする」可能性が高まるのです。しかも、企業特殊的人的資本は他社ではつかえず、転職すれば収入減につながってしまうので、従業員は、超過収入が得られるかぎりにおいて当該企業に留まって仕事を続けようとします。つまり、1つの企業にできるだけ長く留まり、そこで大きな成果を発揮して、収入を増やそうとするモチベーションが高まるのです。


以上をまとめますと、企業が行う教育投資を一般的人的資本に対する投資と企業特殊的人的資本に対する投資に分けるならば、企業は、一般的人的資本に対する投資は行わず、従業員に自己負担をさせるというのが合理的な考え方です。実務上は企業内で一般的人的資本に関するなんらかの教育を行う場合には、支払うべき人件費を減らして、そこから教育費用を捻出することで、間接的に従業員が自己負担しているような形をとることになるでしょう。一般的人的資本が増加することのメリットはすべて従業員本人に帰するので、企業は一般的人的資本は内部もしくは外部労働市場から時価で調達する(それ相応の報酬を支払う)というイメージです。その意味で、一般的人的資本は企業の競争優位性にはつながらないので、競合他社に比べた超過利益を生み出す源泉にはなりません。一方、企業特殊的人的資本の拡充は、他社が真似できない持続的競争優位性の構築を通して、競合他社に比べた超過利益を生み出す源泉となります。そのような企業特殊的人的資本への投資は、企業と従業員が費用を折半し、そこから得られるメリットもシェアすることで、企業も従業員もハッピーになる(得をする)ことになります。企業と従業員の連帯感も高まり、利益に貢献する従業員が長く企業に留まって活躍しようとする忠誠心やモチベーションを生み出すことで、企業業績がさらに向上することにもつながるでしょう。