上司から嫉妬されたらパワハラの犠牲者になってしまうのか

古くからあることわざに「能ある鷹は爪を隠す」というものがあります。「出る杭は打たれる」といったように、能力があることによって目立ったり嫉妬の対象となることで攻撃されることをあらかじめ防ぐための処世術の一種だと考えられます。しかし、能力がなくても嫉妬の対象となることもあるでしょう。今回は、この「嫉妬(envy)」に焦点をあて、しかも、上司からの嫉妬について考えてみたいと思います。参考にするのは、Yu, Duffy, & Tepper (2018)による研究です。


嫉妬というと、同僚とかライバルといったように、同等のレベルの人同士で起こりうるように思いますし、いわゆるリーダーシップのポジションにある人は、自分自身がすでに相当の権力やメリットを有していることもあって、あえて部下に対して嫉妬をする状況でもないだろうと思うかもしれません。しかし、上司が部下を嫉妬することは考えられますし、もしそうなった場合、権力を有する上司は、それを利用して、嫉妬している部下に対してパワハラをするのではないかという予測もできます。ここでは、Yuらの研究に沿って、いわゆるパワハラを、侮辱的管理(abusive supervision)という学術用語で考えます。


Yuらの理論は、「部下への嫉妬→侮辱的管理」という単純なものではありません。まず、「嫉妬は悪である」という前提を疑いましょう。つまり、嫉妬というのは他人の成功などによる自分自身の心の痛みを伴う特定の感情なので、嫉妬を抱けば、なんらかの形でその痛みに対処する必要がでてきます。ですが、それが必ずしもネガティブな行動につながるわけではなく、いわゆる昇華のように、ポジティブな行動につながる可能性もあるのです。ですから、部下の立場からすると、「上司に嫉妬されたらもうおしまい。パワハラの餌食になってとんでもないことになる」わけではないのです。では、どんなときに、嫉妬された上司から攻撃されずに済むのでしょうか。


Yuらによれば、私たちは嫉妬を抱くと、それによって自尊心が低下する危機が生じます。自尊心低下の危機に遭遇すれば、それを回復したいと(意識的もしくは無意識的に)思うので、なんらかの行動が生じます。嫉妬している相手を貶めることで自尊心の危機から脱しようとする場合、嫉妬した相手の攻撃という行動につながり、上司-部下の関係でいうならば、上司が部下に対して侮辱的管理を行うということになります。しかし、そうではなく、自分をより研鑽することで嫉妬による自尊心の危機を乗り越えようとするならば、それは相手の攻撃などではなく、自分自身の精進につながるのです。この場合は、嫉妬が自分自身の成長に役立っていることを意味します。つまり、上司が部下に対して抱く嫉妬は、パワハラのようなネガティブな行動にも、自己研鑽のようなポジティブな行動にもつながるのです。


そこで嫉妬された部下にとっても重要なのが、どんなときに部下に嫉妬した上司の行動が侮辱的管理につながりやすくのか、あるいは逆に自己研鑽のような行動につながりやすくなるのかです。Yuらが着目したのは、嫉妬の対象となっている部下の特徴です。Yuらは、社会心理学において他者の特徴を判断する際によく使われる2つの次元である「能力(高い、低い)」と「人柄(暖かい、冷たい)」を用いた仮説を構築しました。この2つの次元を使うと、上司からみた部下は、「能力が高く温和な部下」「能力は低いが温和な部下」「能力が高く冷酷な部下」「能力が低く冷酷な部下」に分かれます。


まず、上司に嫉妬された場合に侮辱的管理を最も受けやすい部下は「能力が高く冷酷な部下」だと予測しました。このタイプの部下は、上司から見ると、自分の存在や優位性を脅かす敵のような存在になるからです。ですので、そのような部下は叩いておかねばならない、ということになり、侮辱的管理につながるというのです。一方、嫉妬した上司に攻撃されることなく、上司が自己研鑽に励むようになりやすい部下というのは、「能力が高くて温和な部下」だと予測しました。なぜならば、上司から見て、能力があって温和な部下は、敵ではなく自分の味方、あるいは友人だと思いがちだからです。よって、上司は、そのような部下を素直に尊敬し、見習って自分も精進しようと思うのです。


Yuらは、中国のコンサルティング会社に勤める上司と部下、天然ガス企業に勤める上司と部下という2つの異なるサンプルを用いて仮説検証を行い、両方のサンプルにおいて上記の仮説を支持する結果を得ました。このことからまず、部下の立場として能力を持っているということは、両刃の剣を持っているということが言えましょう。その際、「能ある鷹は爪を隠す」で自分の身を守るという手もありますが、能力を発揮して組織やチームに貢献することも大切でしょう。その結果、上司から嫉妬されてしまう可能性も高まります。しかし、温和な人柄だと上司に思ってもらっているのならば、嫉妬された上司からパワハラのような攻撃を受けにくいのです。むしろ、自分が有能だと思われることで、上司がさらに自己研鑽を積んで優れたリーダーになる可能性すら生み出すわけです。したがって、部下としては、能力と人柄、両方とも大切にし、おろそかにしないということが、チームの業績のためにも、そして処世術としても大切だと言えましょう。

参考文献

Yu, L., Duffy, M. K., & Tepper, B. J. (2018). Consequences of downward envy: A model of self-esteem threat, abusive supervision, and supervisory leader self-improvement. Academy of Management Journal, 61(6), 2296-2318.