内部労働市場型ジョブ型雇用とは何か

ここ数年、「ジョブ型雇用」という言葉が流行しています。過去の「成果主義」や「コンピテンシー」「グローバル人材」などの言葉が流行した時の例を見ればわかるように、数年後にはこの言葉を声高に叫ぶ人は減っていくことが予想されます。それに加え、最近では「人的資本経営」という謎の言葉も流通するようになりました。今までの経営は人的資本経営ではなかったのかと言いたくなりますが、それはさておき、今回紹介するのは、多くの日本企業が導入しようとしていると考えられる「内部労働市場型ジョブ型雇用」についてです。別の言い方をすると、「メンバーシップ型ジョブ型雇用」ということになり、中国が自国の経済を社会主義市場経済と謳っていたように、一見すると相対立する概念を並立している点で、アジア的な発想に基づく施策だといえます。

 

内部労働市場型ジョブ型雇用、もしくはメンバーシップ型ジョブ型雇用を理解する上でのポイントは、ジョブ型雇用の本質が、ジョブと人材が労働市場を通じてマッチングされるという点にあることです。余った人の処遇のために意味のない職位とか資格が創造されるということはありません。あくまで企業は利益を出して目的を実現するためにジョブを設計する。ジョブの重要性に応じて報酬が決まる。その報酬を支払うに値する能力を持った人材が、労働市場を通じて雇用される。これがジョブ型雇用の本質です。ジョブが本人の能力やニーズとミスマッチしている場合は、本人はそのジョブを辞め、もう一度労働市場に転出して新たなマッチング機会により別のジョブを見つけます。一般的にいうと転職です。もちろん、社内のジョブにより適切なものがあれば、社内転職になりますし、一般的な言い方だと昇進とか降格とか異動いうことになるでしょう。

 

しかし、いま日本でジョブ型雇用を導入すべきだという人たちや、導入すると明言している企業の多くは、上記のようなホンモノのジョブ型雇用を導入すべきだと言っているわけではありません。では、どのようなジョブ型雇用を導入しようとしているのか。それは、企業内部に労働市場を作って、その労働市場でジョブと人材のマッチングを行うという方式だと思われます。これを「内部労働市場型ジョブ型雇用」と呼びます。別の言い方をすれば、新卒採用などで獲得した人材にメンバーシップを授与することで企業内の労働市場に参加する権利を与え、企業内の労働市場においてマッチングを行っていくのです。内部労働市場に参加できるのはメンバーシップを有する社員のみ、もしくは中途採用で新たにメンバーシップを与えられた外部からの参加者のみなので、これをメンバーシップ型ジョブ型雇用とも呼ぶのです。

 

内部労働市場型ジョブ型雇用では、企業の人事部が企業全体を見渡しながら予定調和が実現するように働きかけます。例えば、内部労働市場で人材が社内失業者にならないよう調整したり、場合によっては抜擢人事や人材の引き抜きなどで強権発動します。伝統的な日本企業の人事部は、企業内でも見晴らしのよいところに陣取って社内の人事情報を集約し、人材の最適配置を行う司令塔のような役割を担ってきましたから、日本企業の人事制度が古典的な経済学でいうところの自由市場によって「見えざる手」でジョブと人材がマッチングされるような仕組みであったわけではありません。これは、社会主義市場経済に例えるならば、人材マネジメントの計画経済といった感じでしょう。

 

つまり、企業の内部労働市場では、ピュアな労働市場もしくは外部労働市場のように人材を野放しにして見えざる手でジョブとのマッチングを促進しようとするのではなく、内部労働市場を監視し、無節操な競争はさせません。希少な人材の奪い合いが市場で起こってその人物の報酬が高騰してしまうようなことも許さない。とりわけ新卒採用で入社した新しいメンバーに対しては、会社が、もしくは人事部が、計画経済的に、場合によっては本人と話し合って、本人のキャリアパスをある程度計画し、その計画にしたがってジョブをあてがっていく。そして、計画通り社員が一人前に育ち、ある程度自律的かつ主体的に自分のキャリアを選び取ることができるようになった段階で、内部市場経済に移行し、ジョブと人材とのマッチングすなわち適材適所が内部労働市場でおこなわれるのです。これは職位でいったら課長とか部長といった管理職や、特定の分野の専門職のレベルからだといえましょう。

 

今までの新卒一括採用とジョブローテーションによる人材育成と何が違うのか、昔、職能資格制度を導入する際に様々な職能要件が作文され、これがコンピテンシーに変わりコンピテンシーディクショナリーの作文が始まったように、今度の内部市場型ジョブ型雇用ではジョブグレードやら職務要件という別の作文作業が始まっただけではないのか、という疑問を持つ人がいるかもしれません。強調すべきことは、ジョブ型雇用については、報酬すなわち価格は人にではなくジョブに紐付いているということです。若いうちに担当するジョブは、それほど重要度に大きな差がないから、どのようなジョブにありつこうが価格すなわち報酬はあまり変わらない。だから、頻繁にジョブ・ローテーションを行っても、若い人たちの報酬が上下して不安定になることはありません。しかし、職位が上がってくると、企業の業績とも直結する重要なジョブからそうでないジョブまで、ジョブの値段、それと紐づく報酬の格差も大きくなってくるから、職位でいうと管理職レベル以上から、それなりに報酬格差が生まれてくることになるのです。