組織設計の人事経済学「番外編」ーデジタルトランスフォーメーションはテイラー主義を復権させるのか

今回は、本ブログの人事経済学シリーズのうち「組織設計の人事経済学」の番外編として、デジタルトランスフォーメーション(DX)が、組織設計、職務設計、そして人々の働き方に与える影響について考えてみたいと思います。例によって、ラジアー & ギブズ (2017)を参考に論じてみようと思います。

 

昨今のビジネス経済において最も勢いのあると考えられる企業として、アメリカのGAFAや、中国のBATが挙げられます。これらの企業は、ITやAIなど、いわゆるビジネスや企業のデジタルトランスフォーメーションを最大限に活用し、そこから最大限の恩恵を得ることによって、ビジネスや時価総額で他の企業を圧倒しているように見受けられます。また、2020年に発生した新型コロナウイルス感染症の影響により、多くのビジネスや働き方において在宅化、リモート化を加速させざるを得なかった事情も含め、ビジネスや企業のデジタルトランスフォーメーションはもはや必須の情勢となりつつあるようです。

 

IT、IoT, AI、データサイエンスなどを中心とするデジタルトランスフォーメーションの特徴は、これまでの機械化やオフィスオートメーション化をはるかに超え、人間の頭脳を代替するような仕事をどんどんとIT、IoT, AI、データサイエンスが担うようになることによってビジネスを革新していこうとする点です。では、これらの技術は、企業組織や、職務設計や、人々の働き方にどのような影響を与えるのでしょうか。今回の大きなテーマは、デジタルトランスフォーメーションは、経営学でも最も古い考え方でもあるテイラー主義(科学的管理法)を大々的に復権させるではないかという点です。本ブログでも経済学的視点からこれまで論じたトレードオフの論点を思い出してみましょう。

 

まずは、意思決定や職務設計の論点として、中央集権、集中化、計画重視の設計と、分権化、分散化、改善重視の設計の2つの間のトレードオフがあることでした。とりわけ、前者の集中化・計画化の制約条件となっていたのが、必要な情報を中央に吸い上げ、そこで集中して計画、設計、意思決定をしていくには、いくら優れた人材を中央に配置したとしても、彼らの情報処理能力、認知能力には限界があり、非弱すぎるという点でした。もう一つは、情報伝達コストで、とりわけ現場レベルで発生、獲得される特殊な知識や情報は伝達するのが困難で高コストであるという点でした。そのため、VUCAと呼ばれるように、とりわけ変化が激しく、複雑で、不確実で、曖昧なビジネス環境では、中央集権、集中化、計画重視の設計は分散化には太刀打ちできないということでした。

 

しかし、よく考えると、デジタルトランスフォーメーションというのは、上記に挙げた、中央集権、集中化、計画重視を実行するうえでの制約条件をうまく解決できる方向で進化しているということが分かります。つまり、情報を中央に集中させて計画、設計、意思決定を行うような、複雑な計算を伴うような頭脳的作業をスーパーコンピューターのようなものが可能にしてくれるということ、そして、あらゆる情報がデジタル化の方向に進むことによって、情報伝達コストが格段に下がり、あちこちに局在している現場レベルの情報であっても低コストで中央に集中させることが可能になっていることです。あらゆる情報を集中させてビッグデータを作り、そこからデータマイニングなどの分析を通じてもっとも経済合理的かつ利益を最大化する解を見つけ出すことこそ、AIやデータサイエンスが今後もっとも能力を増強させていくであろうということなのです。

 

上記の現象は、まさに、最も古典的な経営学の思想でもある「テイラー主義(科学的管理法)」の復権を意味しているとは言えないでしょうか。囲碁であろうが将棋であろうが人間の叡智を打ち負かし、人間の身体や頭脳が有する限界をはるかに超えた、超人間的な計算能力をもつAIが、広範囲かつ複雑な業務活動をうまく調整し、もっとも科学的で、経済合理的で、利益を最大化するような解を見つけ、適切な指示を各方面に送ってくれるというわけです。そして、AIの活躍を可能にするような情報インフラ、すなわちAIそのもののパワーアップに加え、あらゆる業務のデジタル化や情報伝達のますますの進化が、その傾向を加速させるわけです。そして、これらを最大限に活用できている企業が、組織の規模拡大の限界点をも超えて拡大を続け、世界経済を席巻するのかもしれません。

 

上記の議論のイメージがしやすいように、車の運転の歴史を取り上げて考えてみましょう。ここで、車を運転することを「仕事」だと捉えると、これまでどうなってきたのでしょうか。昔は、車の運転の知識、情報、技術を完全にドライバーにゆだねるしか方法がありませんでした。例えば都市部の交通を管理するうえで中央集権的にできることといえば、交差点での信号の整理や道路標識、地図の提供といったものです。交通渋滞を防いだり、交通事故を防ぐには、ドライバーがしかるべき運転技術を身に着け、地図などを頼りに抜け道などを記憶し、状況に応じて道順を変えたりスピードを変えるなどの対応が必要だったわけです。これは、集中化、計画化による交通整理はほとんど無理で、権限を委譲し分散化されたシステムでドライバーにゆだねることで調整を図るという業務システムだったといえるでしょう。この場合、末端の現場にいるドライバーの運転技術や知識が最も重要だったわけです。

 

しかし時代が変わり、テクノロジーの進展とともに、カーナビが進化しました。多くの車でカーナビが標準装備され、ドライバーは地図や抜け道の知識や、運転しながら状況に応じて道順を変えたり抜け道を探すといった作業が軽減されました。悪い言葉でいえば、言われたとおりに仕事をすれば、各ドライバーは最短時間で目的地にたどり着き、全体としての交通整理も実現するというわけです。これは、IT技術の進化によって、以前よりも中央から集中的に交通を管理することが可能になり、その分、各ドライバーの運転技術や知識の重要性が低下したといえるでしょう。現代のドライバーは、運転前に地図の細かい部分を頭に叩き込まなくても、あるいは素晴らしい助手を隣に配置しなくても、運転できるようになったのです。いまやマニュアル車はほとんどなく、AT社が当たり前。また、ドライブレコーダーやカメラなどの進化で、車庫入れや縦列駐車、運転トラブルなどの負担も軽減されるようになってきました。

 

そして、これからの車の運転はどうなるでしょうか。おそらく自動運転が現実化してくるでしょう。自動運転になれば、ドライバーの運転技術や道路知識、柔軟な対応などはほとんど必要なくなります。あらゆる情報、例えば、地図の情報のみならず、今乗っている車のコンディション、ガソリンの状態までもが、衛星などを通じて集中管理され、中央から車自体に直接指示が飛び、それに従って車が走る。それによって、それぞれの車は円滑に目的地にたどり着き、交通渋滞も緩和されるわけです。これは、人間の身体や頭脳だけでは不可能な中央集権・計画的管理そのものです。低コストで情報を中央に集中させる情報インフラ、そして膨大な情報から適切な指示を各車に送ることができるAI、これらのタッグにより、人間の頭脳の限界や情報伝達コストの限界を優に超えた業務システムが出来上がったといえるわです。これこそ、テイラー主義復権といえるのではないでしょうか。

 

 ただ、だからといって、未来のドライバーは全く自由を失い、AIの言いなりになってしまうのかといえばそうとも言えないでしょう。つまり、ドライバーがAIなどに仕事を奪われて失業してしまうのかというと、そうでもないだろうということです。運転技術や地図の知識は必要なくなったとしても、周辺情報や逆に中央から提供される分散型情報などを活用し、より安全かつ快適な移動経験が実現するよう、工夫をしていくことができるでしょう。まさに、私たちが、計算機の知識やプログラミングの技術がなくてもスマホやPCを使いこなして仕事ができるようになったように、将来のドライバーは、必要な技術や知識、そしてドライバーとしてこなすべき役割を変えつつも、新たな役割や仕事を通じて安全かつ快適な交通に寄与していくことが期待されるのです。

 

上記の車の運転のイメージを念頭に本題に話を戻すならば、デジタルトランスフォーメーションが進展することにより、テイラー主義(科学的管理法)は復権し、ビジネスを成功させるうえでの威力を増しつつも、同時に、本ブログで紹介したような分権化、分散化、継続的改善のメリットも取り入れることで、より進化した組織構造、業務構造、職務設計、そして働き方が実現していくことが期待されるといえるでしょう。良くいわれるように、デジタルトランスメーションやITの進化は、ある面では、人間がこれまでやってきた仕事をテイラー主義に基づいて代替していくことになりますが、一方で、AIやITは私たちの仕事を補完するという点に着目し、AIと人間が協力しながらより暮らしやすい世界を築いていくことを期待しましょう。

 

参考文献

エドワード・P・ラジアー, マイケル・ギブス 2017「人事と組織の経済学・実践編」日本経済新聞出版社