組織設計の人事経済学3ー最適な職務設計を通じて人材と組織のパフォーマンスを最大化する

本ブログの人事経済学シリーズでは、人材や組織が経済合理性の原則にしたがって行動することを前提に、優れた人材の獲得と活用を可能にする人事管理と、人材活用の制約条件となりうる組織構造の効果的な設計を通じた組織のパフォーマンスの最大化について理解してきました。今回は、人材と組織をつなぐもっとも重要かつ基本的な単位である「職務(仕事、ジョブ)」について、例によってラジアー & ギブス (2017)を参考に考えてみたいと思います。

 

職務とは、組織として製品やサービスなどのアウトプットを生み出すのに必要なさまざまなタスクを束ねて、人材がそれを担当できるようにパッケージ化したものです。組織がアウトプットを生み出すために職務が存在し、その職務を遂行するために従業員が雇用されます。日本の社会では就職ではなく就社といった「メンバーシップ型雇用」が支配的だという見方がありますが、世界の多くでは、特定の職務遂行のために雇用契約を結ぶという「ジョブ型雇用」が主流です。職務は人事管理上もっとも基本的な概念といえるのです。

 

重要なのは、この「職務」をどのように設計するか、言い換えれば、どのようにタスクをまとめて1つの職務にしていくかが制約条件となって、人事管理の効果性や組織のパフォーマンスに影響を与えるということです。例えば、職務設計のあり方が、企業が募集や採用を行う際の制約条件となります。設計された仕事が労働市場に存在する人々が保有している知識やスキル(人的資本)とマッチしていなければ、良い人材を獲得できません。例えば、日本企業が、新卒採用の時の募集職種の設計の仕方(総合職、技術職など)と、中途採用の時の募集職種の設計の仕方(販売マネージャなど)を違うものにしているのは、募集の対象となる労働市場が異なり(新卒採用市場と中途採用市場)、それぞれの労働市場に存在する人材の人的資本の特徴が異なるからにほかなりません。

 

また、職務設計は、人材が能力を発揮して組織のパフォーマンスに貢献する際の制約条件にもなります。職務遂行時の作業方法が細かく決められていて従業員側に自由度がない場合は、その職務のアウトプットの上限が決まってしまい、それを超えたパフォーマンスを生み出すことはできません。逆に、職務遂行の自由度が高く、創意工夫が可能な場合、大きなイノベーションにつながることさえあるでしょう。職務の特性が従業員の労働意欲に与える影響も、パフォーマンスを規定する制約条件として無視できないでしょう。単純な仕事は虚無感を生み出しかねませんが、やりがいのある仕事は内発的動機付けを高めます。そして、組織設計でも触れたとおり、職務におけるタスク間の関係や職務間の関係は、業務の効率性、経済性と関連し、事業のオペレーションを通じた組織のパフォーマンスと直接的に関連しているともいえましょう。

 

では、この職務設計における経済学的な基本原則とは何でしょうか。ここでは、経済学に特徴的な、トレードオフの関係に着目して最適点を探り出すという視点から、大きく2つを紹介します。1つ目は、本ブログの組織構造の設計でも紹介した、専門化と調整とのトレードオフの視点、2つ目は、 意思決定構造で紹介した内容とも絡む、テイラー主義と職務拡充・継続的改善とのトレードオフの視点です。まず1つ目の視点についてですが、これは、タスクを専門化するほど効率は上がるが、その分、タスク間の調整コストも上がるというトレードオフを考慮するということで、相互依存性の高いタスク同士、補完性の高いタスク同士をまとめることで調整コストが最小となるようにタスクを束ねて職務を設計することになり、モジュール化の原理を活用することになります。

 

ただ、職務というのは通常、1人の従業員が担当する範囲になるので、どこまで束ねるタスクの範囲を広げるかという論点も重要です。これは、マルチタスク化を進めるかどうかということです。マルチタスク化を進めるかどうかについても、そのメリットとデメリットというトレードオフを考慮する必要があります。マルチタスク化を進めるということは、1人の人材が狭い範囲の仕事に専門特化することで得られる効率性のメリットを犠牲にしつつ、1人の人材が複数のタスクをこなすことで異なるタスク間の調整コストを下げることを選択するという判断になります。マルチタスクであれば、異なる職種間のコミュニケーションが円滑になる、あるタスクをこなす人材が欠勤したときに他のメンバーが対応できるなどのメリットもあります。また、マルチタスクのほうが高い能力を必要とするので、どのような人材を労働市場から調達しようとするのかともかかわってきます。

 

次に、職務で行うタスクのスケジュールや手順を、職務設計の段階であらかじめ決めてしまって、従業員は決められたことをするだけで企業のパフォーマンスが高まるように設計する方法があります。これは、経営工学エンジニアやコンサルタントなどの高度な頭脳を結集し、集中化と計画を重視し、中央集権的に職務を設計し従業員に職務遂行させる「テイラー主義(科学的管理法)」だと考えられます。一方、現場の従業員に権限を委譲し、マルチタスクや判断・意思決定、作業スケジュールや手順の決定などの分散化を通じて、現場レベルでの継続的な改善を期待する方法があります。こちらは、マルチタスク化など職務範囲と意思決定権限を拡充するという意味で、職務拡充主義と考えられます。

 

テイラー主義と職務充実主義のどちらを採用するのか、あるいはその中間のどのあたりに落ち着かせるのかについては、こちらも意思決定構造で解説した中央集権・計画型と分権・分散型とのそれぞれのメリットとデメリットを考慮したトレードオフの検討によって導かれると考えられます。一般的には、組織規模が大きく、業務構造が複雑でなく、事業が安定しており、環境や将来が予測しやすい場合には、テイラー主義に基づく集中化・計画化によるタスクの専門化とタスク間の調整を通じた職務設計のメリットが高まります。その逆の場合に、現場に権限を委譲し、現場の特殊知識・情報を用いて継続的な改善を指向する職務拡充主義のメリットが高まります。古くは自動化、オートメーションの発展により、そして昨今のデジタルトランスフォーメーションの発展により、テイラー主義を用いて設計することが効率的な職務の多くは、将来、機械、ロボット、AIなどで置き換えることが可能なものだといえましょう。また、従業員の内発的動機付けを高めるという視点からは、テイラー主義よりも職務拡充主義が優れていることは周知のとおりです。

 

現実の企業においては、その企業が有する異なる事業の特徴の違いや、異なる業務・職能の特徴の違いに基づいて、テイラー主義と職務拡充主義を使い分けている、すなわち共存させていると考えてよいでしょう。例えば、日本の主要メーカーの製造現場というのは、テイラー主義的な集中管理で品質や生産性を維持すると同時に、QCサークルのような継続的な改善も同時に行ってきたことで競争力を高めてきたのだと解釈することができましょう。

 

参考文献

エドワード・P・ラジアー, マイケル・ギブス 2017「人事と組織の経済学・実践編」日本経済新聞出版社