起業家精神は遺伝するのか

起業活動やベンチャービジネスというのは、国家の経済発展にとっても欠かせない活動です。起業活動が盛んになることによって、新たなビジネスや商品が次々と生みだされ、それによって富が増加するとともに人々の生活水準も向上していうからです。わが国でも、起業家精神に富む人材が増えていくことが望まれるでしょう。そこで重要になってくるのが、いったいどんな人が起業を志すのか、そして実際に起業をするのかということです。このような問いについて、起業家精神を遺伝的側面から調べた研究があります。その結論は、起業家精神は遺伝するということです。


もちろん、起業家精神と直接結びついた遺伝子があるわけではありません。論理的には、起業家精神というのは、特定の性格特性の組み合わせによってある程度説明することができ、そういった性格特性には遺伝的要素が含まれているというものです。今回は、このようなロジックに基づいた研究を2つ、紹介します。両方の研究とも、数多くの一卵性双生児のペアと、二卵性双生児のペアを研究対象として用いています。一卵性双生児のペアはまったく同じ遺伝子を共有しており、二卵性双生児はそうではありません。その性質を利用し、双生児のペアの類似性および相違が、どれくらいが遺伝によるもので、どれくらいが環境によるものなのかを推計するという手法を用いています。これは、さまざまな双子研究で蓄積された緻密な方法論に基づいています。


Zhangら(2009)の研究グループは、スウェーデン双子レジストリー(Swedish Twin Registry (STR))が保有する1285の一卵性双生児のペア(449の男性ペアおよび836の女性ペア)と、849の同姓二卵性双生児のペア(283の男子ペアおよび566の女性ペア)のデータを分析に用いました。そして彼らが導いた興味深い結論は、女性の場合、起業家になることの遺伝的要因が強く、男性の場合はそうではないということでした。遺伝的要因は、外向性と情緒安定性という性格特性につながり、その性格特性が直接的に起業につながっているという解釈もしました。女性のみ遺伝的要素が認められた理由は、実際に起業する場合に、社会的地位の問題によって女性ほど困難に直面しやすいため、女性はそうたやすく起業はしたがらないはずで、それでも起業をする女性というのは、起業を志向する強い性格特性があり、その性格特性のいくらかの部分が遺伝に基づくものであるという説明です。一方、男性の場合は女性に比べて起業しやすいため、遺伝的要素以外の要因も実際の起業に関与している度合いが高いからだろうと考えられます。


次に、Shaneら(2010)の研究グループは、英国双子レジストリー(TwinUK registory)が保有する851の一卵性双生児の女性ペアと855の二卵性双生児の女性ペアを用いた分析と、アメリカ合衆国保有する694の一卵性双生児のペアと606の二卵性双生児のペア(サンプル数の男女比は約6対4)を用いた分析を行い、外向的性格と経験への開放性といった2つの性格特性が起業といくらかの相関があることを確認し、その相関の半分以上が、環境要因ではなく遺伝的要素に基づくと結論付けました。Zhangら(2009)の結論と異なり、彼らの研究では、男女とも、起業には遺伝的要素があることを示唆するものです。


これらの研究により、起業をする人というのは、多少なりとも、なんらかの遺伝的影響を受けているということがいえそうです。

文献

Zhang, Z., Zyphur, M. J., Arvey, R., Narayanan, J., Chaturvedi, S., Avolio, B., & Lichtenstein, P. 2009. The genetic basis of entrepreneurship: Effects of gender and personality. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 110, 93-107.

Shane S, Nicolaou N, Cherkas L, & Spector TD. 2010. Genetics, the Big Five, and the tendency to be self-employed. Journal of Applied Psychology, 95, 1154-1162.