透明性の高い賃金制度が不透明な特別扱いを増加させるメカニズム

風通しの良い組織風土とか透明性の高い経営施策の重要性は、経営学でも再三にわたって指摘されてきました。人的資源管理において透明性が議論になる施策の1つが、従業員が受け取る賃金の決定です。先行研究においても、賃金に関する透明性には、賃金決定プロセスの透明性、賃金水準の透明性、従業員同士が賃金に関して情報交換を自由に行える透明性といった3種類の透明性があり、これらの透明性が従業員間の公正知覚を高め、組織への信頼感を高め、職務満足度も高めるなど、賃金制度の透明性を高めることは経営にとって良いことづくめという論調のものが多くありました。賃金に関わらず経営施策の透明性がいいことばかりもたらすのであれば、もっと透明性の高い経営であっても良いはず。しかし、現実の企業経営の状況を見てみると必ずしもそうとは言い切れず、透明性を高めようという掛け声は聞いても、不透明感は依然としてなくならないと考える人も多いのではないでしょうか。

 

これに関して、Wong, Cheng, Lam, & Bamberger (2023)は、透明性を知覚する受け手である従業員の反応にばかり焦点を当てた先行研究は、経営の現実の一側面しか見ていないと批判します。とりわけ先行研究に欠けているのは、透明性を実施するマネジメント側の視点です。マネジメントが、施策の透明性を高めることで従業員から生じる反応に対してどう反応するか。この相互作用を考慮しなければ、現実のマネジメントで生じているメカニズムを深く理解することはできません。そこでWongらは、マネジメントとしてある施策で透明性を高めることは、実は、別の施策での不透明性を高め、結局のところマネジメントでの不透明性というのは対象となる施策が別のものに移動するだけでなくならないということを示唆します。それはなぜかというと、マネージャーは、自分が行うマネジメントの「匙加減」が透明になればなるほど、いい塩梅で匙加減をすることが困難になってしまうため、不透明な部分を残しておきたいというニーズがあるからです。

 

賃金制度に焦点を当てて、上記の「透明性が別の不透明性を生み出す相互作用のメカニズム」を説明しましょう。賃金制度の運用における「匙加減」とは、例えば、マネジャーが、この人についてはやる気を出してもらうようにちょっと多めに昇給させよう、一方、あの人の賃金は少し抑えても大丈夫だろう、というように賃金決定の基本的な考え方からのちょっとした逸脱や例外をうまく活用しながら賃金を決定していくような方法を指します。社内において従業員がもらっている賃金の状況把握が不透明な状況では、誰がどれくらい、どのような基準で貰っているのかがよく分からないので、多少の逸脱とか例外があってもそれほど目立つことなく、なんとなくマネジメントができるようになります。つまり、メンバーの評価や賃金の決定を通して、ましな言い方をすれば「良い塩梅で」、悪い言い方をすれば「だましだまし」マネジメントを行うということになります。

 

では、賃金制度の運用において、経営学では賞嘆されて理想とされている「透明性」を企業として高めていくとどうなるでしょうか。透明性が高まると、誰がいくら貰っているか、それはどう決まるのか(例えば、成果主義であれば賃金決定の評価基準)といったことが公開されてクリアになるので、組織やチームのメンバーは、お互いを比較することも可能になります。それによって公正感、信頼感、満足度が高まるというのが先行研究で示唆されてきたことなのですが、賃金制度を運用するマネジャーの立場で考えるとどうでしょうか。実は、自分の匙加減も含めて、全てがオープンになってしまうと、自分の手の内を全て明かしてしまうことになるので、匙加減もやりにくくなります。なぜならば、匙加減をする中でルールから逸脱しているとか例外であるとがすぐに分かってしまうからです。

 

そんな中で、たくさん賃金を貰う人、そうでない人といったようにメンバー間に賃金の差をつけようとすると、大変気を使いますし、全てが見られているという感覚にも陥りますし、さまざまなリスクを感じるようになります。例えば、少ししか貰っていない人は多く貰っている人に嫉妬するかもれない。そうなるとチーム内でコンフリクトが起こってメンバー間の調和が保てなくなるかもしれない。そのようなリスクを感じるマネジャーは、リスクを回避するために、賃金決定においてメンバー間に差をつけなくなるようになります。つまり、どちらかというと平等に賃金を配分するようになるのです。成果主義実力主義の賃金であれば、同じ職位であっても、働きぶりが良い人、そうでない人でもらう賃金に差が出るように設計されます。そして、このような賃金制度は一般的に公正だと考えられます。しかし、これまで述べて来たことを整理すると、企業として、賃金制度の運用の透明性を高めれば高めるほど、従業員間の賃金格差が縮小し、あまり差がつかなくなると予想されるのです。

 

では、今度は賃金を受け取る従業員の立場で考えてみましょう。賃金制度やその運用の透明性が高いことは良いことだとしても、企業内の賃金格差がなくなってくると、とりわけ自分は努力している、実力がある、成果を出していると自負している人々にとっては不公正感の高まりや不満材料となってきます。しかし、そのような人たちは、自分の賃金をもっと高めてほしいと大っぴらに言えません。もしマネジャーがそれを受け入れてその人々の賃金だけを増やしたら、例外扱いになってすぐに他の人に分かってしまいます。それは混乱の元になるので、賃金をもっとあげてほしいという交渉は受け入れられないでしょう。従業員もそれは分かっています。ではどうするかというと、賃金以外の要素で納得がいくような処遇をしてもらうようマネジャーと交渉するようになるのです。このような処遇・扱いを、経営学では「特別扱い Idiosyncratic Deals: I-deals」と呼んでいます。例えば、自分だけ休日を少し多くしてほしい、経費をたくさんつけてほしい、希望する仕事を与えてほしい、といったようにお願いするようなものです。

 

特別扱いだと、賃金制度ほど透明性がないので、自分がどのような特別扱いを受けているのかがわからないように「こっそりと」お願いすれば他の人もわからなかったりしますし、マネジャーも、「こっそりと」特定の人だけ特別扱いすることでマネジメントがうまくいくのであれば好都合です。手の内を明かすことなく匙加減を使って行うマネジメントができるわけです。ですので、メンバーから特別扱いの交渉を持ちかけれた時、それでマネジメントがうまくいうのなら都合が良いとばかりにそれに応じがちになるのです。これらをまとめると、賃金制度やその運用の透明性が高まると、メンバー間の賃金格差が縮小されてくる。そうなると、実力があるとか成果を出していると自負しているメンバーの不満は高まり、彼らはそれを補うために賃金以外の不透明な部分で厚遇を得ようと特別扱いしてもらうようマネジャーと交渉する。マネジャーはそれに応じることで不透明な匙加減を駆使したマネジメントができるようになるのでリクエストに応じる。その結果、不透明な特別扱いが企業内で増加することにつながるのです。

 

以上をまとめると、賃金制度とその運用の「透明性」を高めることが、賃金以外の特別扱いを通した「不透明性」を高めるというメカニズムが存在していることがわかります。元々、賃金制度やその運用についてなんらかの不透明性が存在していたという仮定を置くならば、透明性を高めることでその不透明性を消そうとしても、実はその不透明性は消えず、対象を変えた形で、すなわち特別扱いという別の様式によって、再び姿を現すいうことになります。企業内での諸施策の不透明性はなくならない。特定の施策において不透明性を無くそうとしても、不透明性の対象が他のものに移動するだけだということです。Wongらはさらに、このようなメカニズムは、集団主義が浸透している組織において特に顕著であると論じました。なぜならば、集団主義の組織ほど、メンバーは自分と同僚を比べて判断したり行動したりします。ですから、賃金制度の透明性が高まって組織内の賃金格差がなくなってくると、それに不満を持つメンバーは、是正して納得がいく分だけ処遇を高めてもらうような行動を表立ってはしにくいため、マネジャーに「こっそりと」特別扱いをお願いするようになりやすいと考えられるからです。

 

Wongらは、上記のようなメカニズムを、実験とフィールド調査によって検証し、理論や仮説を支持する結果を得ることができました。組織において透明感が大切だと言われつつも、不透明感が形を変えて移動するだけでなくならないのはなぜか、改めて整理しましょう。まず、組織やチームをマネジメントする側の立場からすると、メンバー間の待遇に差をつけて彼らの意欲や能力を引き出すために、基本方針からのちょっとした逸脱や例外を使いこなす「匙加減」は大切だと言えます。しかし、透明性を高めることで全ての手の内を明らかにしてしまうと、マネジャーは匙加減を用いたマネジメントがやりにくくなってしまいます。だから、不透明性とか、手の内を明かさないということは、マネジメントを行う上で保持しておきたいというのが本音なのです。不透明性を維持することで情報格差を生み出すことも、マネジャーがメンバーに影響を与える権力の源泉にもなるからです。マネジメントの全てオープンにしまうのは、経営の現実からすれば綺麗ごとなのかもしれません。

 

日本のような集団主義の職場ほど、この「不透明性」をうまく保持しながら、全てをクリアにせず、なんとなく曖昧に、だましだましマネジメントを行うことが多い、そしてそれでマネジメントがうまく回っていく、というWongらの研究結果からの含意も納得のいく指摘ではないでしょうか。物事をうまく進めるために、裏でコソコソやる、コッソリと何かをするための不透明性を温存する、というのは人間の本性なのかもしれません。

参考文献

Wong, M. N., Cheng, B. H., Lam, L. W. Y., & Bamberger, P. A. (2023). Pay transparency as a moving target: A multistep model of pay compression, I-deals, and collectivist shared values. Academy of Management Journal, 66(2), 489-520.