女性活躍推進が簡単には進まないメカニズム

日本の企業社会はかつてから男性社会だと言われ、ジェンダーギャップ指数においても世界中で最下層グループに属するなど、社会的に重要なジェンダー平等については不名誉な立場にあります。その挽回の狙いも含め、女性活躍推進の動きは加速しつつあるように思えます。しかし、世界全体で見てもとりわけ企業社会は男性優位の社会であることは間違いなく、労働者の割合的に男女が均衡している場合でも、管理職やトップに近づくほど女性が少ないという現状があります。ジェンダー平等が簡単には実現されない理由の根幹には、私たちが男性や女性を判断する際の心理的な働きである「ステレオタイプ」というものがあります。ジェンダーに関するステレオタイプが、いわゆる「アンコンシャス・バイアス」につながり、それが女性差別などにつながっていると考えられます。Heilman, Caleo & Manzi (2024)は、ジェンダーステレオタイプがバイアスや差別につながるメカニズムを以下の通りモデル化して解説しています。

 

Heilmanらの理論モデルでは、「男性はこうだ」「女性はこうだ」というように男女が本来有しているとイメージされる特徴を示す「記述的ステレオタイプ」と、「男性はこうあるべきだ」「女性はこうあるべきだ」という男女のあるべき姿や社会的な行動規範を示す「規範的ステレオタイプ」の2つがあります。それぞれが別ルートをたどって人々のバイアスのかかった評価や判断につながり。それがジェンダー差別を生み出すとされます。まず、「男性はこうだ」「女性はこうだ」という記述的ステレオタイプは、ビジネスや企業社会における職業や地位などのステレオタイプと比較され、その人が特定の職業や仕事に合っているか、向いているかがバイアスがかかった形で判断されがちです。女性の場合、特定の職業や仕事が男性的な特徴を持っているために、その仕事とフィットしないと判断され、その結果、採用時の判断、仕事での評価、昇進ための評価などで男性よりもネガティブに評価・判断され、それが女性が昇進できないといったガラスの天井などの差別につながります。

 

もう少し詳しく説明しましょう。記述的ステレオタイプの代表例は、男性は主体的であり、女性は共同的であるというものです。主体性のイメージをブレイクダウンすると、競争力がある、野心的である、支配的である、勤勉である、自立している、といった特徴が含まれます。共同性のイメージをブレイクダウンすると、温かみがある、倫理的である、誠実である、忠実である、気配りできる、社交的であるといった特徴が含まれます。大事なことは、特徴が異なるといっているだけで男性のステレオタイプがこのましく、女性のステレオタイプが好ましくないということではないということです。男性にも女性にもネガティブなステレオタイプがあります。例えば、男性のステレオタイプには、高慢、攻撃的、自己中心的といった特徴が、女性のステレオタイプには、受動的、文句が多い、媚を売るといった特徴があります。また、男性には共同性が欠けている、女性には主体性が欠けている、というステレオタイプもあります。重要なのは、特定の職業や地位、とりわけ社会的な地位が高い職業などに男性的なステレオタイプが張り付いているケースが多いために、男性とのフィット感が強く、女性とのミスフィット感が強くなりがちであるということです。

 

例えば、企業のトップ層、軍隊、科学・技術・工学・数学(STEM)、起業家などは、男性的なステレオタイプが付随しています。なぜならば、例えば企業のトップ層や起業家の仕事は、主体的で、権力志向・支配的で、野心的、自立、自信家といったイメージがありますし、STEMは男性が得意な科目であるというイメージがあります。軍隊も競争的で肉体的で力強いというイメージがあります。このような職業に女性が就くと、職業のステレオタイプと女性のステレオタイプがマッチしないために違和感を抱いてしまいます。単に男性ばかりで女性が少ないという職場でも、職場イメージが男性的ですから、そこに少数の女性が混じると、普通ではないという印象を与えてしまうのです。このようなミスフィット感によるバイアスの影響が強く出てしまうのは、その職業や仕事における評価基準が曖昧なときです。例えば、企業の採用、業績評価、昇進決定などにおいて、その基準が仕事の出来栄えや能力といったように明確であるならば、その基準によって判断すれば、男女間で大きな実力差がなければ、男女平等になるはずです。しかし、評価基準が曖昧な状況では、主観が大きく働いてしまい、(しばしばアンコンシャスに)女性はこの仕事とフィットしていないと思っているから「その女性は能力が低い、仕事ぶりが良くない、向いていない」という判断になってしまうわけです。

 

次に、ステレオタイプがバイアスや差別につながるもう1つのパスである、「男性はこうあるべきだ」「女性はこうあるべきだ」という「規範的ステレオタイプ」が影響するメカニズムについて説明しましょう。これについては、例えば、女性はこのように行動すべきだ(控えめであるべきだ、人当たりが良いべきだ、気配りができるべきだなど)といった規範的ステレオタイプに沿った行動を女性がとらない場合、その女性は社会的な規範に違反していると判断され、罰を受けることになります。これはバックラッシュと呼ばれます。同様に、女性はこのように行動すべきでない(野心的であるべきでない、断定的であるべきでない、威圧的であるべきでないなど)という行動を女性がとると、その女性も社会的な罰を受けます。また、男性的な職業や仕事において女性が活躍するだけでも、(しばしばアンコンシャスなレベルで)女性は活躍すべきでないという規範的ステレオタイプが発動して社会的に罰せられます。例えば、成功するための行動に男性的なイメージがつきまとう企業のトップマネジメントに女性が登り詰めてかつ成功を収めると、その女性は、女性がするべきことをせず、女性がするべきでないことをして成功したというようなバイアスによって否定的に捉えられ、嫉妬や妬みの対象にもなりやすくなります。能力を発揮して成功すると女性らしくないと批判され、能力を発揮できないと女性だから成功しないと批判されるような状況はダブルバインドと言われます。

 

以上をまとめると、ジェンダーに関する記述的ステレオタイプは、それが男性的なイメージがこびりついた多くの職業や仕事とのミスフィット感を生み出し、それが女性をネガティブに評価するバイアスにつながって実際に女性差別が生じるというメカニズムが存在します。一方、ジェンダーに関する規範的ステレオタイプは、女性がその職業や仕事に求められる行動をしたときに、女性がするべき、するべきでないという社会規範に沿った行動をしていないと判断され、それが女性を不当に扱う差別につながるというメカニズムが存在します。これらがあちこちで起こっているために女性活躍推進を妨げる障害として働くわけです。では、このようなメカニズムの理解を、女性活躍推進にどう活かしていけば良いでしょうか。それには、記述的・規範的ステレオタイプがバイアスや差別につながるメカニズムは、職業、仕事、職場の特徴や、仕事上求められる行動に男性的なイメージがつきまとっていることが大きな原因なので、それを取り除いていくことが肝要となります。例えば、単純に職場の女性の数を増やすだけでもその職場の男性的なイメージが払拭されていきます。また、それらの職業や仕事を記述するときに男性的な表現を使わない、逆に、女性的な要素を加えていく、といった方法も考えられます。さらに、採用、業績評価、昇進判断などでより客観的で明確な基準を設け、ステレオタイプが入り込む余地をなくしていくことも重要でしょう。

 

また、女性自身が、バックラッシュダブルバインドから自分の身を守るために、男性的なイメージのある行動と、女性的なイメージのある行動をうまく使い分け、適宜印象操作も行いながら、バランスをとっていくというのも考えられます。女性だけがそのような苦労をしなければいけないというのは理不尽かもしれませんが、男性社会がすぐには変化しない中で活躍していく女性が増えることで、結果的に男性社会の撲滅に寄与していくためには有効な行動だといえるかもしれません。

参考文献

Heilman, M. E., Caleo, S., & Manzi, F. (2024). Women at work: pathways from gender stereotypes to gender bias and discrimination. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 11, 165-192.