AIの活用は従業員の創造性を高めるか

近年の急速なAIの発展とともに、将来AIが人間の仕事を奪っていくのか、それとも、AIと人間はお互いに協力していくようになるのかなど、さまざまな議論がなされています。そのような問いの1つに「AIを活用していくことによって従業員の創造性(クリエイティビティ)が高まるのだろうか」と言うものがあります。AIにできること、できないことを考えると、高度な計算、パターンの認識、構造化された業務、繰り返し業務などはAIが得意とするところですが、創造性が必要な仕事は、今の段階ではAIが単独で遂行するのは困難で、だからこそ、AIと人間が協業するパターンの1つだと考えられます。Jia, Luo, Fang, & Liao (2024)は、従来は人間がやってきた創造性が求められる仕事を、判断基準や方法が明確だが面倒で繰り返しが多い作業と、基準や方法が非標準的で創造性が求められるタスクとに分解できるとすると、前者をAIに任せ、人間は後者に専念することで、創造性が高まるかどうかの研究を行いました。

 

Jiaらは、上記のようなAIと人間の分業の場合、スキルの高い従業員のみがAIの恩恵を受け、創造性を高めることができ、それが実際の職務成果の向上に結びつくと考えました。創造性の理論や職務特性理論などを援用したJiaらの説明は次のとおりです。まず、個人の創造性の理論によれば、創造性を高める要素には、(1)その領域の専門的知識、(2)創造的に考えるスキル、(3)仕事への内発動機付け、があります。 AIによって、創造性をあまり必要としないタスクが業務から取り除かれると、残った部分は創造性が必要なタスクなわけですが、業務スキルの高い従業員の場合、その領域の専門知識が高いと思われるため、面倒で退屈で疲れる作業が取り除かれ、自分自身のリソースに余裕がある状態になると、そのリソースを創造的活動に費やすことで創造性が高まると考えられます。一方、業務スキルが低い従業員の場合、創造性に特化したタスクが与えられても、とりわけ領域の専門知識やそれと関連する形で創造的に考えるスキルも低いと思われ、かつ、それゆえに内発的動機付けも高まらないと思われます。よって、創造性は高まらないと予想されます。

 

職務設計理論によれば、人々は、困難だが自由度が高いような仕事には面白さを感じる、すなわち内発的動機付けが高まります。よって、AIによって面倒で退屈で疲れる作業が取り除かれれば、自分自身は自由に考えを巡らせるような創造的活動に特化できるため、困難ではあるが自由度も高く感じられ、ゆえに仕事の面白さ、内発的動機付けが高まると考えられます。ただし、これは業務スキルの高い人のみに当てはまると思われます。先に述べたように、業務スキルが低いと、困難な仕事を楽しめないし、だからこそ自由度が高いと思えない。むしろ、業務のプレッシャーやストレスが増えると考えられるからです。Jiaらは、このようなモデルおよび仮説を、フィールド実験とインタビュー調査を併用する形で検証しました。フィールド実験では、できるだけ厳密な実験を設計することで、上記で示した理論および仮説で示される変数間の因果関係を検証し、インタビュー調査では、その時に何が起こっていたのかを掘り下げて聞き取ることによって、フィールド実験で変数間の因果関係が明らかになった理論的なプロセスをより深めることを可能にしました。

 

フィールド実験は、テレマーケティング会社がクレジットカードを売り込むセールス部隊を利用しました。これらの従業員は全員、クレジットカードのセールスの経験がありませんでした。これらのほぼ均等な経験値をもつ従業員をランダムに2つに分け、業務の一部をAIが担当する実験群と、業務の全てを従業員が行う統制群とに分けました。クレジットカードのセールスには前段と後段があります。前段では、顧客に電話をかけ、クレジットカードの説明をし、興味があるかどうかを聞き出し、興味がありそうな顧客を保持し、そうでない顧客の電話を終了します。後段では、興味がありそうな顧客からさまざまな質問を受け付け、それに対応します。前段では、顧客がどんな反応するか、それに対してどう対応するかの基準が明確なので、実験群のみ、こちらをAIにやらせました。その際、顧客は相手がAIだと分からないくらい自然な会話で対応できました。統制群では前段は人間が行いました。後段では、顧客から予期せぬ質問が出てきて、その際に創造性が発揮された対応が求められました。それがうまくいけば、クレジットカードの契約に繋がりました。

 

フィールド実験の実験群では、クレジットカードのセールス業務の前段をAIが行い、後段を人間が行った一方、統制群では、前段も後段も人間が行った訳ですが、実験結果を分析したところ、スキルが高い従業員においてより顕著に、AIの活用が顧客からの突拍子のない質問に対して創造性を発揮して対処できることが明らかとなり、さらに、それが実際の売上に繋がっていることも確認されました。次に実験参加者からランダムに選ばれた従業員たちに対する非構造化インタビューを行った結果、AIと協業した従業員は、クレジットカードに関心はあるが、より難しい質問を投げかけてくる顧客への対応に専念することになり、スキルの高い従業員は、そこで彼らが持っているスキルを駆使して対応することに集中することができました。さらに、顧客からのフィードバックを創造性の発揮に用いたり、創造的な対応をする機会を捉えたり、顧客に対して柔軟に対応したり、その場で楽しみながら対応するなどによって創造性を発揮していたことがわかりました。また、それによりポジティブな気持ちになれ、士気も上がり、情熱も高まることも分かりました。これらの感情は創造性にもプラスの効果をもたらすものです。一方、スキルの低い従業員は、AIの活用によってプレッシャーの増加と士気の低下が起こっていることも分かりました。

 

以上をまとめると、AIの活用によって、スキルの高い従業員は、面倒な作業から解放され、自分自身の専門知識を駆使して仕事に取り組むことが可能となり、その結果、創造性が高まり、ポジティブな心理経験も生じ、それがさらに創造性にプラスの効果をもたらすといった良いことが沢山起こりました。それは、AIとの協働に対して肯定的にもなれる要因といえます。一方、AIの活用によって、スキルの低い従業員は、自分のスキルが発揮できないどころか、逆に重責に対するプレッシャーを受け、士気も下がってしまうことが分かりました。これはAIとの協働には否定的な態度につながると思われます。つまり、今後AIがどんどん業務に活用されていくと、スキルの高い人、専門性の高い人、能力の高い人はその恩恵を受けてどんどんハッピーになっていくのに対し、スキルの低い人、専門性のない人、能力が低い人は、どんどんアンハッピーになっていく可能性があることが示唆されます。

 

上記の通り、Jiaらの研究からAIの業務への活用に関する重要な示唆が得られます。創造性が求められるような仕事において、AI活用の恩恵を受けるのはスキルや専門知識が高い従業員で、AIとの協働の結果、面倒な作業から解放され、仕事が面白くなり、自分のスキルを活かして創造性を高めることができ、さらに精神的な健康にもプラスに働く一方で、スキルが低い従業員はAIの活用からあまり恩恵を受けることがなく、逆にAIの活用がストレス要因になりかねないので、精神的にも良くないということです。Jiaらの研究は、特定の業務、創造性が必要なタスクといったように、限定された文脈での発見ではありますが、AIを活用していくことのメリットとデメリットの両方を示すことができたいう点で、今後のAIの活用に対して有意味な示唆を与える研究だといえましょう。

参考文献

Jia, N., Luo, X., Fang, Z., & Liao, C. (2024). When and how artificial intelligence augments employee creativity. Academy of Management Journal, 67(1), 5-32.