なぜダイバーシティ推進策が意図せざる結果を生み出してしまうのか

昨今、多くの企業が、自社組織のDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を促進するためのダイバーシティ推進策を実施しています。ダイバーシティ推進策が狙いとするところは、企業におけるマイノリティ従業員(女性や少数人種、少数民族など)の数を増やすことで「ダイバーシティ」を高めること、マイノリティ従業員が被るキャリア上の不公正や不利益(差別や阻害)を是正し「エクイティ」を高めていくこと、そしてマイノリティ従業員を組織に包摂することで「インクルージョン」の度合いを高めることです。しかし、企業が行うダイバーシティ推進策が、意図せざる結果を招いてしまうことがしばしば報告されています。Leslie (2019)は、なぜ企業のダイバーシティ推進策が意図せざる結果を生み出してしまうのかの既存の研究などを整理した上で、そのメカニズムを理解するための統合モデルを構築しました。

 

Leslieによれば、企業が行うダイバーシティ推進策には、組織内においてアンコンシャス・バイアスをなくしていくよう働きかけるような非差別的施策(ターゲットを特定しない施策)、特定のマイノリティ従業員に対する支援や機会を高めたりするリソース的施策(ターゲットが明らかになっている施策)、そして、ダイバーシティの達成状況を監視し、それに対して責任を持とうと働きかける責任施策などに分かれ、これらは、マイノリティ従業員に対する差別や不利益を是正し、組織内でのマイノリティ従業員の割合を高めていくことを狙いとしています。しかし、これらのダイバーシティ推進策は、推進主体としての組織のリーダーが意図していなかったようなシグナルを従業員に送ることになり、そのシグナルを感じ取った従業員がそれに反応することで、もともとダイバーシティ推進策が狙いとしていたこと(リーダーが意図していたこと)とは異なる結果をもたらしてしまうのだとLeslieは論じます。

 

Leslieのモデルでは、ダイバーシティ推進策がもたらす意図せざる結果を、それがネガティブなものかポジティブなものか、意図していたものに影響を与えるものか、意図していなかったことに影響を与えるものかによって4つに分類しています。1つ目は、「バックファイヤー(裏目)」というもので、ダイバーシティ推進策が逆にマイノリティ従業員への風当たりを強めてしまったりマイノリティ従業員の数を減らしてしまったりとダイバーシティ推進を阻害してしまう結果を指します。2つ目は「ネガティブな波及」で、これはダイバーシティ推進策がターゲットとしていないマジョリティ従業員のエンゲージメントを下げてしまうような意図していないものへの影響を指します。1つ目と2つ目は、ダイバーシティ推進策が生み出す意図せざるネガティブな結果です。3つ目は「ポジティブな波及」で、逆に、ターゲットとしていないマイノリティ従業員のエンゲージメントや倫理観を高めるといった影響を指します。4つ目は「間違った進歩」で、本質的な改善を伴うことなく、形だけ目標数値が達成されていくような状況を指します。3つ目と4つ目はダイバーシティ推進策が生み出す意図せざるポジティブな結果です。ただし4つ目は見た目だけポジティブで本質的にはポジティブといえません。

 

では、Leslieの統合モデルを用いて、ダイバーシティ推進策がどんな(意図せざる)シグナルを従業員に与え、その結果、どんな意図せざる結果が生み出されるのか説明しましょう。ダイバーシティ推進策が発するシグナルには4種類あります。1つ目は、「マイノリティ従業員は支援を求めている」というシグナルです。重要なのは、本当はマイノリティが支援を求めているかどうかは不明だし、組織のリーダーもそれを意図しているわけではないということで、あくまで、ダイバーシティ推進策を知った従業員がどのようなシグナルを感じ取っているかということなのです。組織の従業員がこのようなシグナルを感じ取ると、彼らは、マイノリティ従業員は脆弱であるという印象を持ってしまい、それが逆にマイノリティ従業員の実力も低いというバイアスにつながり、彼らに対する差別や、彼らのパフォーマンスを阻害してしまうのです。つまり、ダイバーシティ推進策が、「マイノリティ従業員は支援を求めている」というシグナルを介して、意図せざるバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下を促進し、ダイバーシティ推進を阻害する)結果になってしまうというのです。

 

ダイバーシティ推進策が与える2つ目のシグナルは、「マイノリティ従業員はこれから成功していくだろう」というものです。つまり、組織としてマイノリティ従業員を優遇し、マイノリティ従業員に優先的に機会を与えていくというシグナルであるわけです。これを受け取ったマジョリティ社員は、自分達の成功や機会が抑制されると感じ、この推進策が自分達の犠牲のもとに成り立っているという逆差別感、不公正感を抱くようになります。これは、マジョリティ従業員が組織に対するエンゲージメントを下げてしまう原因にもなるし、マイノリティ従業員に対してネガティブなイメージをもち、敵対的になったり辛く当たったりすることにもつながります。つまり、ダイバーシティ推進策が、「マイノリティ従業員はこれから成功していくだろう」というシグナルを介して、意図せざるネガティブな波及(マジョリティ従業員のエンゲージメントの低下)やバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下)につながり、ダイバーシティ推進を阻害してしまうのです。

 

ダイバーシティ推進策が与える3つ目のシグナルは、「当社は倫理観を大切にしている」というものです。これはまず、ダイバーシティ推進とは関係なく、マジョリティ従業員の倫理的な行動の促進につながっていきます。つまり、意図せざるポジティブな波及が起こりうるということです。一方、倫理性を大切にするというシグナルは、「表立ってはマイノリティ従業員を差別しない」というマジョリティ従業員の心理状態を高め、それは逆に、表立たない程度に些細な形でマイノリティ従業員を差別するという行為につながる可能性を高めます。ただ、些細な形の差別であっても、マイノリティ従業員に大きなダメージを与えうることはわかっているので、意図せざるバックファイヤーにつながるわけです。つまり、ダイバーシティ推進策が、「当社は倫理観を大切にしている」というシグナルを介して、意図せざるポジティブな波及(マジョリティ従業員の倫理的行動を高める)やバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下)につながるのです。

 

ダイバーシティ推進策が与える4つ目のシグナルは、「ダイバーシティ目標を高めていくことに価値がある」というものです。これは、ダイバーシティを高めるということが外発的動機付けとなり、「見た目のダイバーシティを高めていけさえすれば良いだろう」という発想につながってしまいがちです。外発的に動機付けられたマジョリティ従業員は、とりあえずマイノリティ従業員を昇進させておこう、といったように場当たり的もしくは小手先の方法で形だけダイバーシティを高めようとするので、実質的な改善を伴わない間違った進歩を招いてしまうのです。外発的動機付けは、内発的動機付けを阻害してしまう効果もあるので、マジョリティの従業員は、本質的に組織のダイバーシティの課題を改善していこうとする内発的動機を持たなくなってしまいます。つまり、ダイバーシティ推進策が、「ダイバーシティ目標を高めていくことに価値がある」というシグナルを介して、意図せざる間違った進歩(見た目だけダイバーシティを高め、実質的な改善を伴わない進歩)につながるのです。

 

さて、企業が行うダイバーシティ推進策にも色々ありますが、特定のマイノリティ従業員に対する支援や機会を高めたりするリソース的施策が多く含まれたダイバーシティ推進策は、「マイノリティ従業員が支援を必要としているから、マイノリティは優遇され、ゆえに当社で成功する」という強いシグナルを発することになりがちです。そうすると、意図せざるバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下を促進し、ダイバーシティ推進を阻害する)や、意図せざるネガティブな波及(マジョリティ従業員のエンゲージメントの低下)を誘発し、ダイバーシティ推進を阻害してしまう可能性を高めると言えます。一方、組織内においてアンコンシャス・バイアスをなくしていくよう働きかけるような非差別的施策(ターゲットを特定しない施策)が多く含まれたダイバーシティ推進策の場合には、「当社は倫理観を大切にしている」というシグナルを強く発することにつながり、それが意図せざるポジティブな波及(マジョリティ従業員の倫理的行動を高める)をもたらすと同時に、意図せざるバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下)にもつながると言えます。

 

さらに、ダイバーシティの達成状況を監視し、それに対して責任を持とうと働きかける責任施策が多く含まれている場合、「ダイバーシティ目標を高めていくことに価値がある」というシグナルを強く発するので、意図せざる間違った進歩(見た目だけダイバーシティを高め、実質的な改善を伴わない進歩)につながると言えます。今回説明したようように、ダイバーシティ推進策が、意図せざる結果につながる可能性と、なぜそうなるのかのメカニズムを組織のリーダーがあらかじめ知っておくことは、そういった意図せざる(とりわけネガティブな)結果を防ぎつつ、ダイバーシティ推進策が本来狙いとしている意図的な結果につなげるためのマネジメントを行う上で重要だと考えられます。

参考文献

Leslie, L. M. (2019). Diversity initiative effectiveness: A typological theory of unintended consequences. Academy of Management Review, 44(3), 538-563.