感情はクリエイティビティにどう影響するか

ビジネスや経営においては、新しい製品や新たな仕組みを生み出す「クリエイティビティ(創造性)」がより重要になってきています。研究者やクリエイターのような明らかにクリエイティビティが業績に直結するような職業でなくても、日々の業務において創意工夫を凝らして地道に業務やマニュアルを改善していくというクリエイティビティも重要です。


クリエイティビティと感情(気分、ムード)は大きな関わりがあると思われます。ここでは、様々な感情の中でもムード(気分)に絞って考えることにします。直感的には、ポジティブなムードがクリエイティビティを高めるように思えますし、それを支持する研究成果もあります。ネガティブなムードはクリエイティビティにとってはマイナスであるとも思えます。しかし、ムードとクリエイティビティの関係はもっと複雑なものであることが近年の研究で明らかになってきています。例えば、ポジティブなムードもネガティブなムードもクリエイティビティにとっては重要な役割を果たしうると考えられるわけです。


ムードとクリエイティビティの関係を理解するうえで鍵となる理論枠組みの一つが、De Dreu, Baas,& Nijstad (2008)によって提唱された「二重経路(dual-pathway)モデル」です。このモデルによれば、クリエイティビティは2つの経路によってもたらされます。1つめの経路は、ブレークスルーを可能とするような柔軟な思考による経路、もう1つは、狭い範囲の内容について継続的にいろいろと考えをめぐらす粘り強さによる経路です。分かりやすく言えば、クリエイティビティには「やわらか頭」と「しつこさ」の2つが必要だということです。


To, Fisher, Ashkanasy, & Rowe (2012)は、ムードをポジティブ軸とネガティブ軸だけではなく、活性軸も考慮に入れたうえで、ムードとクリエイティビティの関係を解説しています。活性軸も考慮すると、活性化されたポジティブムード(ワクワク感、興奮など)が、不活性なポジティブムード(リラックス、落ち着きなど)よりもクリエイティビティに関連しており、活性化されたネガティブムード(不安、憤りなど)のほうが、不活性なネガティブムード(がっかりした、疲れたなど)よりもクリエイティビティに関連していると指摘します。


Toらによれば、活性化されたポジティブなムードがクリエイティビティにとって重要だと考えられる理由は、二重経路モデルにおける1つ目の経路である柔軟な思考や発想につながるからです。活性化されたポジティブなムードのときは、脳内にあるポジティブな記憶や事象にも注意が行きます。これらの記憶や事象は広範であって多様です。多様な記憶や事象が脳内でアクセスされて、それらが結びつけば、クリエイティビティに繋がるというわけです。また、活性化されたポジティブなムードのときは、クリエイティビティに対するモチベーションも高まりますし、現状が安全であるという認識のもと、現状や制約条件にとらわれない自由な発想を促し、散漫ではあるが発散的な発想につながります。こういった思考が、クリエイティビティをもたらすと考えられるわけです。


一方、活性化されたネガティブなムードがクリエイティビティにとって重要だと考えられる理由は、二重経路モデルにおける2つ目の経路である持続性や粘り強さにつながるからです。活性化されたネガティブなムードのときは、現状に対する不満や問題意識、危機感などに注意が向かっており、それの解決に向けて努力しようという姿勢につながります。活性化されたネガティブムードのときは、本人は現状が深刻な問題を抱えていると感じており、不満もあるため、不快な原因であるそういった問題に注意を集中させ、それらを解決したいと思います。それが集中して物事に真剣に取り組む姿勢につながります。粘り強く真剣に物事に取り組むことによって、新しい発見を得られることができる(クリエイティビティが高まる)と考えられるわけです。

文献

De Dreu, C. K. W., Baas, M., & Nijstad, B. A. (2008). Hedonic tone and activation level in the mood–creativity link: Toward a dual pathway to creativity model. Journal of Personality and Social Psychology, 94, 739–756.

To, M. L., Fisher, C. D., Ashkanasy, N. M., & Rowe, P. A. (2012). Within-person relationships between mood and creativity. Journal of Applied Psychology, 97, 519-612.