起業を成功させるに詳細なビジネスプランは必要か

起業は大変チャレンジングな活動です。起業家は、ビジネスの発明家であり、投資家であり、会計担当者でもあり、管理者であり、リーダーであり、技術専門家であり、マーケターであり、セールスパーソンであるなど、1人もしくは数人で何役もこなす必要があるのです。そして、起業プロセスにおいて欠かせないのが「ビジネスプラン(事業計画)」でしょう。そもそもビジネスプランなしには、投資家を説得することはできないでしょう。そこで問題になるのが、起業を成功させるためには、どの程度詳細なビジネスプランが良いのかという問いです。詳細なビジネスプランとは、事業計画をしっかりと練り込んでいる計画を指します。


Frese & Gielnik(2014)によれば、起業家が成功するために詳細なビジネスプランが必要かどうかという点しては、賛成派の考えと反対派の考えがあります。例えば、賛成派の考え方は、ビジネスプランが持つ3つのメリットを強調します。1つ目は、ビジネスプランが持つ「象徴性」や「正当性」です。ビジネスプランは、起業家がそれにコミットするという意志の表れであり、詳細なビジネスプランであるほど実現性が高いと判断され、正当性を得る可能性が高まります。2つ目は「学習効果」です。起業家がビジネスプランの作成を通じて念入りに準備し、情報収集を怠らないことで、当該ビジネスを成功に導くための学習が促進されるという視点です。3つ目が「効率性」で、詳細なビジネスプランであるほど、実行がスムーズであるということです。


一方、起業の成功には詳細なビジネスプランは必要ないばかりかデメリットも多いとする考え方もあります。1つ目の理由は、ビジネスプランを詳細に作成することは「時間がかかりすぎる」ということです。ビジネスアイデアがあるのであれば、準備や計画を多大な時間をかけて慎重に行うよりも、早く行動に移したほうがよいという考えです。2つ目は、詳細なビジネスプランの作成は、実行における「柔軟性を奪う」ということです。そもそも起業プロセスというのは想定外のことが起こりがちであるため、状況に応じた柔軟な対応が求められるにも関わらず、詳細なビジネスプランの存在はそれに制限をかけてしまいかねないということです。起業家プロセスには事前の計画にこだわらない即興性も求められるのです。それに関連して3つ目は、起業の不確実性が高く将来予測もままならないなかで詳細なプランを立てても無駄であるという考えです。


賛成派も反対派もそれぞれ説得力があるのですが、起業プロセスにおけるビジネスプランの役割については、どのように結論づければよいのでしょうか。戦略論的視点でビジネスプランを理解するならば、「走りながら考える」ことが求められる起業プロセスで、詳細なビジネスプランは「絵に書いた餅」になりかねないというような議論になりがちです。それに対し、Frese & Gielnikによる心理学的分析に基づけば、ビジネスプランは「起業家のアクションに影響を与える機能」を持っていると理解できます。この視点からみれば、起業家のアクションに好影響を与える、すなわち起業家が成功するために必要な行動を促進するようなビジネスプランは良いビジネスプランだといえます。


では、起業家が成功するための行動はどのようなものなのでしょうか。Frese & Gielnikによれば、無計画、場当たり的、受動的な行動は、起業を失敗に導く可能性が高いことが分かっています。よって、計画を立てることは重要なのですが、とりわけ、起業家が、これから起業していくにあたって進むべきプロセスや起こりうる出来事を頭の中でシミュレーションできるような準備は有効です。そして、起業プロセスの中でも、要所をしっかりと計画しておき、そうでない部分は状況を見て判断するという方法も効果的だと言われています。想定外のことが起こることを念頭に置き、悪いことが起きればダメージを最小限に食い止め、思わぬ機会が訪れればそれを決して逃さないなど、その都度その都度、もっとも適切なアクションをとれるようにしておくことが肝要だといえましょう。さらに大切なことは、起業家が、起業するうえでのビジョンや目標をしっかりと持ち、その目標を必ず実現するのだという強い意志を持ち続け、目標実現のために状況に応じて計画を柔軟に変更していくことだといわれています。


すなわち、起業家がビジネス目標を明確に持ち、計画をたてて実行し、目標を実現するという強い意志を持ち続け、そのためには状況に応じて柔軟に計画を変更していく。このような行動を促進するようなビジネスプランであれば、良いビジネスプランだといえましょう。どれだけ詳細なビジネスプランが必要なのかという問いに対しては、起業家がビジネスの目標を見失ったり、柔軟な対応を阻害するような意味での詳細さは望ましくないといえるでしょう。

参考文献

Frese, M., & Gielnik, M. M. (2014). The psychology of entrepreneurship. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1.