なぜ従業員は積極的に発言しないのか

最近の組織行動学でもっとも多く研究がなされているトピックの1つが、従業員の発言(ボイス: voice)です。これは、職場における様々な事柄、例えば、業務上の新たなアイデア、業務の改善提案、職場での課題や問題点の指摘などの意見を、上司や同僚に対して言うことを指します。企業が業績を高めていくためには、従業員が単に言われたことを黙々とこなすのではなく、積極的に業績を高めるための工夫や提案を行っていくことが重要なので、従業員が積極的に発言することは大切なことです。


従業員が、発言すべきことがあっても積極的に意見を言わない場合、それを「沈黙(silence)」と呼びます。そして、本来、従業員が職場で積極的に発言するのが望ましいのにも関わらず、発言したいことがあっても黙ってしまうという事態が多くの職場で起こっていると考えられます。「ここがおかしい」「こうすればよいのに」と思っていても上司や同僚に言わないのです。深刻な問題を「見て見ぬ振りをする」というのもそうでしょう。なぜ、従業員は、業務上の改善すべき点や問題点を認識していながら、積極的に発言しようとしないのでしょうか。逆にいえば、従業員はどんな条件のもとで、積極的に発言をするようになるのでしょうか。


上記の点に関して、Morrison(2011, 2014)が近年の研究をレビューしているので、それを用いて理解していきましょう。まず、ここでいう「発言」という行動は、従業員が公式にすべき仕事ではなく、あくまで自発的に行うものです。発言しなくても、やるべきことをしっかりとやっていれば、いちおうは業務上の責任を果たしているといえます。したがって、従業員が真に職場のことを考え、職場にとって良いと思われることをするべきだという責任感がなければ、発言はしないでしょう。つぎに、ここでいう「発言」は、職場になんらかの変化をもたらす提案を指します。問題点の指摘や改善提案は、それを実行してもらうことで職場を変えてほしいという意図が含まれています。そして、これは必ずしも成功するとは限りません。


とりわけ組織の下層に位置する従業員にとって、成功するかどうかわからない提案をすることは勇気がいります。うまくいかなかった場合には責任を追及される可能性もあります。よって、よほど発言内容に自信がないと、安易に意見したりしようとはしないかもしれません。また、組織の上層部や上司は、一般的には「耳の痛い」ことは聞きたくないものです。従業員からの「発言」は、それが組織や職場にとって重要な問題の指摘であったとしても、自分たちへの批判ととらえかねません。つまり、従業員にとってみれば、提案や問題点の指摘といった発言行動は、組織上層部や上司に対する批判や挑発と取られかねないので、リスキーであり慎重にならざるを得ない行動ということになるわけです。


これまでの内容から、簡単に以下のような見解が導かれます。まず、従業員が働く職場において、問題点の認識や改善提案などの発言機会、アイデアがあることを前提としましょう。その場合、発言行動は、職務上の責務の範囲外の行動なので、ほんとうに職場を良くしたいという責任感やモチベーションがなければ起こらないでしょう。次に、従業員が発言するか、それとも沈黙するかを決める要素は大きく2つあるでしょう。1つは、発言内容に自信があるかどうか、もう1つは、発言行動自体がリスキーであるか安全であるか。すなわち、自分が発言することがおおむね正しかったり、実際に組織や職場を良くする可能性が高いと思えること、そして、発言することによって自分が逆境に陥るような危険がなく、発言を好意的に受け止めてくれる状況にあるかどうかということになります。


もちろん、発言するか沈黙するかには、個人差もあるでしょう。例えば、どんな状況でも積極的に発言をするような人もいれば、逆に、どのような状況におかれても常に沈黙を守るような人もいるでしょう。また、人間の心理プロセスとしては、上記のように、発言することによって起こる状況の予測や損得を考えて発言するか沈黙するかを決めるのみならず、反射的に発言してしまったり、逆に無意識的に発言を止めようとするプロセスも存在するでしょう。従業員が黙り込んでしまう要因には、論理的・理性的なプロセスのみならず、直感的・感情的(恐れなど)なプロセスなども介在していると考えられます。


組織や職場が、従業員から積極的な発言を引き出して、それを業績の向上に結びつけようとしたいのであれば、上記のような従業員の発言行動、沈黙行動のメカニズムをよく理解し、従業員が発言しやすいような環境を作っていく必要があるといえましょう。

参考文献

Morrison, E. W. (2011). Employee voice behavior: Integration and directions for future research. The Academy of Management Annals, 5(1), 373-412.
Morrison, E. W. (2013). Employee Voice and Silence. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1.