グローバル本社と日本本社

近年、日本企業のグローバル化が急務となっていますが、なかなか真のグローバル企業に脱皮できない日本企業が多いという話をよく耳にします。経営は依然として日本人社員が中心で、日本語で行われ、日本的な経営から脱却できないというような話です。そして、真のグローバル企業をめざすのならば、海外部門といったように付加的に海外市場をとらえた組織構造ではダメで、グローバルにボーダーレスな組織にしないといけないという声もあります。その一環として、外国人の本社採用の増加、英語の公用語化などを推進する企業もあるようです。


しかし、見方を少し変えると、必ずしも日本と海外を切り離すような組織運営が良くないとはいえないように思えます。むしろ、積極的に日本を中心に見ていく本社と、海外のみを見ていく部門を切り離した方が、日本企業にとっては真のグローバル化が実現するかもしれません。無理して日本本社をグローバル化する必要などないということも考えられます。これは、テュルパン・ 高津(2012)が紹介しているJTの取り組みからヒントを得ることができます。JTでは、日本・中国以外の地域については、スイスのジュネーブに拠点を置くJTIが運営していると言います。そしてJTIでは、50カ国以上の国籍の多様な人材が働き、役員クラス17名の国籍は12カ国と、日本企業でも例外的なグローバル企業となっているというのです。


つまりこういうことです。かつての日本企業がやっていたような海外のみを担当する海外部門の発展形としてグローバル本社を設けます。グローバル本社は、日本以外の場所で、グローバルな視野で戦略を推進し、地球レベルで事業を統括しやすい場所、世界級の人材を獲得しやす場所に設置します。そして、日本以外のグローバル地域の事業すべてをグローバル本社が統括するのです。一方、日本本社は、日本市場、日本の顧客を相手に、日本の事業のみを中心に受け持ちます。ですから、日本人中心で、日本語によって運営していけばよいのです。いっぽう、グローバル本社のほうは、日本以外のすべての地域を担当するので、役員も社員も多国籍化し、日本人はほとんどいないか少数派で、公用語はもちろん英語となります。


このように、グローバル本社と日本本社にわけた後は、それぞれの守備範囲の成長度合いに応じて経営資源を配分していけばよいでしょう。自然な流れとしては、日本以外の海外市場の重要性はこれからもますます高まっていくために、グローバル本社がマネジメントする範囲は拡大し、日本本社の守備範囲は縮小していくことになるでしょう。そのような役割分担にすることによって、経営のグローバル化はむしろスムーズに実現していくかもしれません。

地球規模での会社経営に必要な人材マネジメント

チュルパンと高津(2012)は、グローバル経営すなわち「地球規模での会社経営」で必要なのは、「地球規模の幅広い視野を持ち、長期的に事業を構想する力」と、「文化や言語を超えてその構想を実現するマネジメント力」だといいます。そして残念ながら日本企業にはその力が欠けてしまったと指摘します。


例えば日本企業には「ものづくり」「高品質」などの「こだわり」はあっても、地球規模の長期戦略は曖昧で取り組みが遅れていたと言います。そして、地球規模に見ても生産現場以外のマネジメントがうまくできなかったと言います。地球規模の会社経営で重要なのは、現地のホワイトカラー人材を高度に活用し、彼らの持つ現地市場に関する知識や情報を引き出し、形にしていくマネジメントが必要だというわけです。


つまるところ、グローバルなマインドセットを持ったリーダーが育たず、かつ日本人(男性)中心で多様性の低い人材マネジメントをしてきたことにより、地球規模でみて本当に必要な土俵での戦略的な取り組みができていないという視野狭窄に陥っているとチュルパンと高津は指摘するのです。では、地球規模での会社経営にはどのような人材マネジメントが必要なのでしょうか。


まずチュルパンと高津は、先進企業の取り組みとして、パスポートの色を問わないグローバルな人材活用を例として挙げています。また、成長に人が追い付かない新興国企業では、貪欲にあらゆる手段をとって世界級人材を集める努力をしていることを紹介しています。またチュルパンと高津は、地球規模で活躍できる若い人材を育てると同時に上層部も思い切って改革していく「同時多発的なグローバルHRM」も提唱します。地球規模での戦略の構築を行えるようにするため、外国人役員を加えた役員会改革が必要だというのです。

インド企業に学ぶ人材マネジメント

飛躍的成長を遂げていながら、その経営手法があまり注目されてこなかった企業として、インド企業があります。シンほか(2011)は、成長を支えるインド企業の経営を「インド・ウェイ」と名付けて紹介しています。今回はその中でも、インド企業の人材マネジメントについて紹介してみたいと思います。


シンらは、インド企業の人材マネジメントの特徴を「従業員とのホリスティック・エンゲージメント」という言葉で表現しています。インド企業にとって、企業の成功はトップマネジメントの戦略眼やリーダーシップにあるのではなく、従業員の前向きな態度と行動にその源流があると考えます。モチベーションが高くコミットメントが強い従業員は、自分の利害関係を超えた組織に対する使命感や社会的目的を基礎に、手ごわい問題を解決するために粘り強く取り組みます。それを可能にするのが「従業員とのホリスティック・エンゲージメント」だというのです。


「従業員とのホリスティック・エンゲージメント」を簡単にいえば、企業と労働者との相互主義の感覚を作ることによって、従業員コミットメントを生み出すということです。企業が従業員やその家族が大切にしていることの面倒を見ることによって、従業員が企業の利益を大事にするという関係です。例えば、HCLという会社が掲げている「従業員第一、顧客第二」という経営思想です。また、HCLは目標の達成に応じた業績給や出来高給を用いる代わりに、目標を達成することを期待して(従業員を信頼して)全額支払うという「トラスト・ペイ」という方法を取っているとシンらは紹介しています。


インドの企業は米国企業と比較しても人材マネジメントにより多くの注意を払っているとシンらは指摘します。とりわけ重視しているのは、従業員の現在の仕事と昇進に向けた投資、自分で意思決定し問題解決できる権限と自律性の付与、会社の利益の視点から活動できる組織文化の創造だといいます。例えば、インド・ウェイを実践する企業では従業員は家族的な感覚で包みこまれるといいます。インドのビジネスライフでは家族的文化があり、個人的な絆を重視する姿勢が浸透しているからです。そして、インド企業は従業員をエンパワーするといいます。


そして、インド・ウェイにおいては、人材マネジメントが企業のビジネス戦略と一体化していることだとシンらは結論付けています。なぜなら、戦略は内部的なコンピテンシーに基づいて構築され、最終的には従業員の行為と努力に由来するからだということです。

日本企業が目指すべき経営・人事のグローバル化とは

近年、企業経営のグローバル化、および人材のグローバル化が頻繁に叫ばれるようになってきました。以前から、多くの企業がグローバルなレベルで競争していかざるをえないことはわかっていたことであり、ここ数年で急激に経営や人事のグローバル化がキーワードになってきたことは、遅きに失する部分もあります。それはさておき、今回は、日本企業がグローバル化を目指す場合、とりわけ人材面や経営管理面でグローバル化を推進していく場合にどのような点に留意すればよいのかについて、識者や経営者の著作を参考にしながら考えてみたいと思います。


まず、日本企業がグローバル化するにあたって、お手本とする企業はあるかどうかです。例えば、グローバル化の先を走っているのは欧米多国籍企業だという先入観があるかもしれません。となれば、日本企業は、欧米多国籍企業を見習って、自社の経営も欧米化する必要があるのでしょうか。また、その一環として企業の公用語を英語にすることはどうなのでしょうか。おそらく、欧米企業を真似ることについては間違っているといえるでしょう。


企業のグローバル化は、企業が欧米化することでも、ましてや無国籍化することでもないと考えられます。むしろ、グローバル化するからこそ、日本らしさが求められるのではないでしょうか。波頭・冨田(2011)は、グローバルで成功している会社は実はローカルくさい、あるいは「その国くさい」と言います。日本でいえば、業績が好調でうまく国際化が進んでいる企業の典型は、都会っぽくない会社が多いと指摘しています。たとえば、YKKコマツはどちらも北陸に本社があり、トヨタもずっと豊田市に本社を構える地方の会社といえるでしょう。成功しているフランスの会社は、アングロサクソンのルールにのっていても、フレンチくさいし、フィリップスはいたってオランダくさい。エリクソンだってノキアだって北欧くさい。GEはほんとうに米国くさいし、IBMだって体臭プンプンだというのです。


また、柳井(2011)によると、ファーストリテイリング・グループでは2010から「民族大移動」と銘打った人事清濁をスタートしています。これは、海外のグループ企業も含めた国境を越えた人事交流を活発化させ、10年後には、日本の本部社員の半分以上は外国籍の人たちが占めるようにするというものです。しかし、こうした施策は決して欧米流の経営を目指しているからではないと柳井は言います。そうではなく、日本人の、日本のDNAという長所を生かしたかたちで「日本の新しい会社」になろうとしているのだというのです。「組織の一員として仕事をする忠誠心」「勤勉さ」「清潔で、きれい好き」「異質のものを受け入れて自分のものにする包容力」。ユニクロは、こういった日本の持つ良さ、DNAに磨きをかけることによって、世界で勝負しようとしているわけでしょう。


また、柳井はユニクロにおける英語の社内公用語化に触れ、それはユニクロにとっては必然のことだからと言います。今後はさらに海外に出て行ってグローバルに戦うのであり、社内に外国籍の社員が増えるわけだから、ビジネス・コミュニケーションのツールとして英語を使うのは当たり前というわけである。そうしなければ、外国人にとって働きやすい会社にならないのです。しかし、これは決して経営を欧米化しようとしているわけではありません。あくまで、ユニクロは日本で生まれ、日本で育った企業であり、日本のDNAを捨てるつもりは全くないと言います。英語はコミュニケーションの手段であり、外国人も、日本の会社としてのユニクロのDNAや商売の考え方をじっくりと学んでもらうと柳井は言うのです。


以上のようなことからヒントを得るならば、日本企業が目指すグローバル化とは、あくまで日本らしさ、日本で生まれ、育った会社としての強みを磨くことによって、さらにその会社の独自性すなわち「ウェイ」を強化、浸透させることによって、グローバルな舞台で勝負するというのが理想的な姿なのではないでしょうか。