2種類のキャリアの節目

人生やキャリアには、節目があるといいます。ここで節目とは、そこで大きな変化が起こるような転機のことを指します。


このようなキャリアの節目には、2種類あると考えられます。1つ目のキャリアの節目は、社会的な制度や、人間の発達的見地から、だいたいこのあたりで節目が訪れるとわかっているような節目です。例えば、学校を卒業して就職する時期は、間違いなく大きな節目でしょう。また、従来型の、年功序列的な大企業に勤めている場合、ある特定の年齢あたりで、ヒラ社員から管理職に選別される時期が訪れるでしょう。これも、あらかじめ予想できるキャリアの節目だといえます。


それに対して、2つ目のキャリアの節目は、自分から意識的もしくは無意識的に作り出す節目です。したがって、こちらは、社会的あるいは発達的に時期がわかっているようなものではありません。その人が、どのように考え、どのように行動するかによって、訪れるか否か、訪れる時期などが異なるものです。例えば、ある人は、現在の仕事に停滞感や危機感を覚え、大学院に進学して新たなスキルを身につけようとしたり、転職を決意することがあるでしょう。そうすることによって、その人はキャリアの節目を迎えるようになるわけです。あるいは、自分でも意図せざる転職の誘いがあったり、家庭上の出来事があったりして、それが仕事における転機につながることもあるでしょう。これも、意図せざることではありますが、自分から作り出したキャリアの節目といえましょう。


このように、キャリアの節目には、どのような種類の節目が、どのあたりで訪れるかがだいたいわかっているがゆえに、予測もしやすいものと、自らが作り出すものであって、人によっても種類や時期や回数も異なるものと2種類あるということを理解しておくのは重要だと思います。

仕事におけるアイデンティティ形成のメカニズム

人々にとって「私は何者であるのか」を定義することは重要です。私が何者であるのか理解できなければ、人格が分裂し、まともな生活は送れないでしょう。これを「自己同一性(アイデンティティ)」といいますが、仕事においても、私は何者であるのかという自己定義すなわちアイデンティティは重要であり、それが仕事への意欲や活力にも関係してきます。


しかし、仕事におけるアイデンティティのあり方には違いがあります。日本の場合、「私は○○社の社員である」というように、自分は会社の一員であるというような自己定義をする人が多いでしょう。それに対して、アメリカでは「私はエンジニアだ」というように、会社とは独立して、自分がどのような仕事をしているのかを中心に自己定義をする人が多いでしょう。中国ではどちらでもなく、血縁や仕事仲間などの人間関係の一員として自己定義を行う場合が多いといわれます。では、この違いはどこから生まれてくるのでしょうか。


これは、3つの異なる自己概念の志向性(self concept orientation)と関連があります。1つ目は、独立的自己概念志向であり、自分自身を、何らかの組織や他者とは独立した存在として定義しがちなタイプです。このタイプの人は、組織や他者への帰属意識をあまり持たず、仕事においても独立して自由であることを好むでしょう。2つ目は、集団的自己概念志向で、自分自身を、会社や組織など何か大きな集団の一部として定義しがちなタイプです。このタイプの人は、自分は会社の一員であるというように、会社や集団への帰属意識が高いといえます。会社や組織の都合を優先させ、社命に忠実に従うことをいとわないタイプでしょう。3つ目は、関係的自己概念志向で、自分自身を、他者との関係の中において定義しがちなタイプです。したがって、血縁や人間関係に自分自信を帰属させようとする傾向が強く、自分の知り合いならば手厚く援助するというような行動にもつながるでしょう。


働く個人がどのタイプなのかについては、多くの場合、国民文化や性差によって影響されると考えられます。先ほど紹介したようなアメリカ、日本、中国のアイデンティティの仕方の違いは、上記の3つの自己概念志向性の違いと対応しています。また、男性よりも女性のほうが、関係的自己概念志向であるとも言われています。

参考文献

Cooper, D., & Thatcher, S. M. B. (2010). Identification in organizations: The role of self-concept orientations and identification motives. Academy of Management Review, 35, 516-538.

アイデンティティ・ワークとセルフ・ナラティブ

Ibarra & Barbulescu (2010)は、自分自身のストーリーを物語る、セルフ・ナラティブは、キャリアの転換期におけるアイデンティティ・ワーク(自分とは何かについての再構築、再定義)の有効なツールであるといいます。以前の自分と、これからの自分の橋渡しをしてくれるというわけです。


ストーリー(物語)は、人々が、これからの自分自身を考えるのを助けます。過去と現在・未来をつなげ、調和のとれた一貫性を作り、自分が変わっていく未来に回りの人々をうまく巻き込んで行くこともできます。もし、キャリアの転機がそれほど劇的なものではなく、世間的にも自然なものであれば、ストーリー構築をしなくても適応できるでしょうが、これから劇的なキャリア・チェンジが行われる場合、あるいは世間的に見ても不自然な転換の場合には、ストーリー構築が重要な役割を担うのです。


ナラティブ・アイデンティティ・ワークが成功すれば、それは一貫して自己のアイデンティティが保持されるとともに、自分のキャリア転換が、正当で妥当なものであるという見解に到達できます。


アイデンティティ・ワークを成功させるための効果的なセルフ・ナラティブのありかたとは、まず、理路整然としていること(coherent)、すなわち、さまざまな職業的出来事が連続し、なんらかの目的、目標に向かって展開して行くストーリーが、無理なくわかりやすく理解できることがあげられます。次に、世間的・社会的通念に沿ったものであること。世間的、社会的に好ましくない、おかしいと思われるストーリーは再考しないといけません。そして、周りの人の参画、すなわち、ストーリーを語る相手など、周りの人にストーリー構築に共同参加してもらうことによって、ストーリーが鍛えられ、周りの人の支援も得ることができるようになることです。


通常、人々が持つ自分のストーリーは1つではなく、複数持っています。そして、語る相手や文脈に応じて、適切だと思われるものを取捨選択しています。例えば、家族や友達に話すストーリー、入社試験面接のときに話すストーリー、上司や部下に話すストーリーなどは多少なりとも異なるでしょう。たいてい、人々は過去に話したストーリーの中でうまくいったものや望ましいものを蓄積し、将来のセルフ・ナラティブで使うためのレパートリーや材料としてそのバリエーションを増やしていきます。ストーリーのバリエーションが豊富であればあるほど、将来それを組み合わせて、そのときそのときにあったストーリーを語ることができるでしょう。しかし、バリエーションが多すぎると、異なるれパートリー同士が齟齬を来たして一貫性がなくなるというリスクもあるでしょう。

文献

Ibarra, H. & Barbulescu, R. 2010. Identity as narrative: A process model of narrative identity work in macro work role transition. Academy of Management Review, 35: 135-154.

キャリア転換に重要なアイデンティティ・ワーク

現代のビジネス社会をめぐる環境変化はますます激しくなっています。そして、働く人々は、好む好まざるに関わらず、キャリア転換を経験する頻度が高まっています。それは、自分の意志で転職をするケースや、会社内の人事異動で予想外の職場に移る場合などを含みます。


このようなキャリア転換の前後では「自分は何者なのか」というアイデンティティを確認する作業が重要となります。なぜならば、少なからずともキャリアの連続性を損なうキャリア転換においては、これまでの職業生活における自分自身のアイデンティティと、これからの新しい職業、仕事を行っていく自分のアイデンティティとに齟齬を来たす可能性があるからです。われわれは常に自分の言動に一貫性を求めており、これまでの自分の性質とこれからの自分の性質が異なってしまうことで一貫性を失うと「アイデンティティの危機」に陥り、心身ともに望ましくない結果を導く可能性があるのです。


Ibarra & Barbulescu (2010)は、人々が職業人としての自分のアイデンティティを構築・再構築していくような作業を、アイデンティティ・ワークと呼んでいます。中でも「自分はいったい何者なのか、これまでどんなことをしてきて、これから何をやっていくのか」といった、自分自身のアイデンティティを意味づけるような物語を語る行為をさして、ナラティブ・アイデンティティ・ワークと呼んでいます。ナラティブ・アイデンティティ・ワークの前提となるのが、人間のアイデンティティは、物語(ストーリー)によって構成されるという考え方です。


そして、とりわけ人々のキャリアの転換期においては、ナラティブ・アイデンティティ・ワークを効果的に行うことで、過去の自分自身と、これからの自分自身をうまくつなげるという作業が重要かつ有用になってきます。仕事を通じて過去・現在・未来とつながる自分自身に一貫性があれば、私たちは安定した職業的アイデンティティを維持することができるからです。


例えば、一見すると非常に不連続なキャリア転換があるとします。まったく異なる分野への転職や人事異動などがそうです。しかし、ナラティブ・アイデンティティ・ワークの戦略を上手に用いることによって、そのような不連続なキャリアの中に、一貫して連続性を見出し、それを物語、ストーリーとしてつなげることによって、なぜ自分はこれまでとは異なった仕事をこれからしていくのかについての意味づけができるようになるのです。「自分はこのような人間で、このような人生目標を持っている。だから、これまでこういった活動、仕事をやってきた。そして、その続きとして、見た目は異なるが、このような仕事をこれからやっていくのである。そうすることによって、自分の目標に近づいていくのである」という、一貫した一連のストーリーを構築していく作業が重要だということです。

文献

Ibarra, H. & Barbulescu, R. 2010. Identity as narrative: A process model of narrative identity work in macro work role transition. Academy of Management Review, 35: 135-154.