仕事におけるアイデンティティ形成のメカニズム

人々にとって「私は何者であるのか」を定義することは重要です。私が何者であるのか理解できなければ、人格が分裂し、まともな生活は送れないでしょう。これを「自己同一性(アイデンティティ)」といいますが、仕事においても、私は何者であるのかという自己定義すなわちアイデンティティは重要であり、それが仕事への意欲や活力にも関係してきます。


しかし、仕事におけるアイデンティティのあり方には違いがあります。日本の場合、「私は○○社の社員である」というように、自分は会社の一員であるというような自己定義をする人が多いでしょう。それに対して、アメリカでは「私はエンジニアだ」というように、会社とは独立して、自分がどのような仕事をしているのかを中心に自己定義をする人が多いでしょう。中国ではどちらでもなく、血縁や仕事仲間などの人間関係の一員として自己定義を行う場合が多いといわれます。では、この違いはどこから生まれてくるのでしょうか。


これは、3つの異なる自己概念の志向性(self concept orientation)と関連があります。1つ目は、独立的自己概念志向であり、自分自身を、何らかの組織や他者とは独立した存在として定義しがちなタイプです。このタイプの人は、組織や他者への帰属意識をあまり持たず、仕事においても独立して自由であることを好むでしょう。2つ目は、集団的自己概念志向で、自分自身を、会社や組織など何か大きな集団の一部として定義しがちなタイプです。このタイプの人は、自分は会社の一員であるというように、会社や集団への帰属意識が高いといえます。会社や組織の都合を優先させ、社命に忠実に従うことをいとわないタイプでしょう。3つ目は、関係的自己概念志向で、自分自身を、他者との関係の中において定義しがちなタイプです。したがって、血縁や人間関係に自分自信を帰属させようとする傾向が強く、自分の知り合いならば手厚く援助するというような行動にもつながるでしょう。


働く個人がどのタイプなのかについては、多くの場合、国民文化や性差によって影響されると考えられます。先ほど紹介したようなアメリカ、日本、中国のアイデンティティの仕方の違いは、上記の3つの自己概念志向性の違いと対応しています。また、男性よりも女性のほうが、関係的自己概念志向であるとも言われています。

参考文献

Cooper, D., & Thatcher, S. M. B. (2010). Identification in organizations: The role of self-concept orientations and identification motives. Academy of Management Review, 35, 516-538.