アイデンティティ・ワークとセルフ・ナラティブ

Ibarra & Barbulescu (2010)は、自分自身のストーリーを物語る、セルフ・ナラティブは、キャリアの転換期におけるアイデンティティ・ワーク(自分とは何かについての再構築、再定義)の有効なツールであるといいます。以前の自分と、これからの自分の橋渡しをしてくれるというわけです。


ストーリー(物語)は、人々が、これからの自分自身を考えるのを助けます。過去と現在・未来をつなげ、調和のとれた一貫性を作り、自分が変わっていく未来に回りの人々をうまく巻き込んで行くこともできます。もし、キャリアの転機がそれほど劇的なものではなく、世間的にも自然なものであれば、ストーリー構築をしなくても適応できるでしょうが、これから劇的なキャリア・チェンジが行われる場合、あるいは世間的に見ても不自然な転換の場合には、ストーリー構築が重要な役割を担うのです。


ナラティブ・アイデンティティ・ワークが成功すれば、それは一貫して自己のアイデンティティが保持されるとともに、自分のキャリア転換が、正当で妥当なものであるという見解に到達できます。


アイデンティティ・ワークを成功させるための効果的なセルフ・ナラティブのありかたとは、まず、理路整然としていること(coherent)、すなわち、さまざまな職業的出来事が連続し、なんらかの目的、目標に向かって展開して行くストーリーが、無理なくわかりやすく理解できることがあげられます。次に、世間的・社会的通念に沿ったものであること。世間的、社会的に好ましくない、おかしいと思われるストーリーは再考しないといけません。そして、周りの人の参画、すなわち、ストーリーを語る相手など、周りの人にストーリー構築に共同参加してもらうことによって、ストーリーが鍛えられ、周りの人の支援も得ることができるようになることです。


通常、人々が持つ自分のストーリーは1つではなく、複数持っています。そして、語る相手や文脈に応じて、適切だと思われるものを取捨選択しています。例えば、家族や友達に話すストーリー、入社試験面接のときに話すストーリー、上司や部下に話すストーリーなどは多少なりとも異なるでしょう。たいてい、人々は過去に話したストーリーの中でうまくいったものや望ましいものを蓄積し、将来のセルフ・ナラティブで使うためのレパートリーや材料としてそのバリエーションを増やしていきます。ストーリーのバリエーションが豊富であればあるほど、将来それを組み合わせて、そのときそのときにあったストーリーを語ることができるでしょう。しかし、バリエーションが多すぎると、異なるれパートリー同士が齟齬を来たして一貫性がなくなるというリスクもあるでしょう。

文献

Ibarra, H. & Barbulescu, R. 2010. Identity as narrative: A process model of narrative identity work in macro work role transition. Academy of Management Review, 35: 135-154.