キャリア転換に重要なアイデンティティ・ワーク

現代のビジネス社会をめぐる環境変化はますます激しくなっています。そして、働く人々は、好む好まざるに関わらず、キャリア転換を経験する頻度が高まっています。それは、自分の意志で転職をするケースや、会社内の人事異動で予想外の職場に移る場合などを含みます。


このようなキャリア転換の前後では「自分は何者なのか」というアイデンティティを確認する作業が重要となります。なぜならば、少なからずともキャリアの連続性を損なうキャリア転換においては、これまでの職業生活における自分自身のアイデンティティと、これからの新しい職業、仕事を行っていく自分のアイデンティティとに齟齬を来たす可能性があるからです。われわれは常に自分の言動に一貫性を求めており、これまでの自分の性質とこれからの自分の性質が異なってしまうことで一貫性を失うと「アイデンティティの危機」に陥り、心身ともに望ましくない結果を導く可能性があるのです。


Ibarra & Barbulescu (2010)は、人々が職業人としての自分のアイデンティティを構築・再構築していくような作業を、アイデンティティ・ワークと呼んでいます。中でも「自分はいったい何者なのか、これまでどんなことをしてきて、これから何をやっていくのか」といった、自分自身のアイデンティティを意味づけるような物語を語る行為をさして、ナラティブ・アイデンティティ・ワークと呼んでいます。ナラティブ・アイデンティティ・ワークの前提となるのが、人間のアイデンティティは、物語(ストーリー)によって構成されるという考え方です。


そして、とりわけ人々のキャリアの転換期においては、ナラティブ・アイデンティティ・ワークを効果的に行うことで、過去の自分自身と、これからの自分自身をうまくつなげるという作業が重要かつ有用になってきます。仕事を通じて過去・現在・未来とつながる自分自身に一貫性があれば、私たちは安定した職業的アイデンティティを維持することができるからです。


例えば、一見すると非常に不連続なキャリア転換があるとします。まったく異なる分野への転職や人事異動などがそうです。しかし、ナラティブ・アイデンティティ・ワークの戦略を上手に用いることによって、そのような不連続なキャリアの中に、一貫して連続性を見出し、それを物語、ストーリーとしてつなげることによって、なぜ自分はこれまでとは異なった仕事をこれからしていくのかについての意味づけができるようになるのです。「自分はこのような人間で、このような人生目標を持っている。だから、これまでこういった活動、仕事をやってきた。そして、その続きとして、見た目は異なるが、このような仕事をこれからやっていくのである。そうすることによって、自分の目標に近づいていくのである」という、一貫した一連のストーリーを構築していく作業が重要だということです。

文献

Ibarra, H. & Barbulescu, R. 2010. Identity as narrative: A process model of narrative identity work in macro work role transition. Academy of Management Review, 35: 135-154.