ジョブ・クラフティングを促進する要因は何か

Wrzesniewski & Dutton (2001)は、従業員が、自ら主体的に担当する仕事を再設計するような行動を「ジョブ・クラフティング」と定義しました。クラフティングとは、工芸品を手作りでつくりあげていくような意味ですが、従業員が主体となって行うジョブ・デザインといってもよいでしょう。では、どういった要素が従業員のジョブ・クラフティングを誘発するのでしょうか。Wrzesniewski & Duttonは、従業員が、自分の仕事をデザインしたいと動機付けられ、実際に彼らが主体的に仕事をデザインできると感じるときに、ジョブ・クラフティングがなされると論じます。さらに、ジョブ・デザインは従業員の就労観やモチベーションといった個人差の影響を受けるといいます。


ジョブ・クラフティングを誘発するモチベーションの源泉としは、(1)自分の担当する仕事を自分でコントロールしたいという欲求、(2)その仕事をしている自分に対する誇りや自己イメージを高く維持したいという欲求、(3)仕事を通じて他者と交流したいという欲求といった、大きく3つの欲求によると考えます。こういった欲求を満たすために、従業員は担当職務を自らの手でデザインしたいと考えるのです。


従業員が、自らによるジョブ・クラフティングが可能であると知覚するか否かを左右するのは、職務の相互依存性と職務の自由度だと考えられます。職務の相互依存性が高ければ、その職務は他の人が行う職務を絡み合っているため、仕事のやり方を変えたりするならば、周りの人々にも影響を与え、時には面倒や迷惑をかけることにつながります。よって、職務の相互依存度が低く、独立しているほど、ジョブ・クラフティング可能であると知覚すると考えられます。また、担当する職務の自由度が高いほど、従業員は自らの手で担当職務をデザインしなおすことが可能であると知覚するでしょう。同様の意味で、上司からの監視が強くないこともジョブ・クラフティング機会の知覚を高めるでしょう。


ジョブ・クラフティングに対する個人差に関しては、ジョブ・クラフティングの仕方が、就業観によって異なると考えられます。金儲け志向の従業員は、自分への報酬が高まるように担当職務をデザインしたがるでしょう。出世志向の従業員は、権力者に近づいたり親密になれるように担当職務をデザインしたがるでしょう。天職志向の従業員は、働き甲斐が高まるように担当職務をデザインしたがるでしょう。また、一般的には、外発的動機付けよりも内発的動機付けの高い従業員ほど、ジョブ・クラフティングへのモチベーションが高いと考えられるのです。

文献

Wrzesniewski, A., & Dutton, J. E. (2001). Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of Management Review, 26, 179-201.

主体的に仕事をデザインする「ジョブ・クラフティング」

職場の心理学において有名な理論に、ジョブ・デザイン理論(職務設計理論)というものがあります。これは、人々をモチベートさせるのにもっとも重要なの要素の1つは仕事そのものであるとの前提に立ち、人々のモチベーションや生産性、満足感を高めるような仕事を設計するべきであると説く考え方です。職務設計理論の基礎となる職務特性モデルにおいて、HackmanとOldhamは、スキル多様性、スキル完結性、スキル有意義性、職務自由度、フィードバックといった職務特性を形成する5つの中核次元の肯定が、従業員のモチベーション、生産性、満足度などに影響を与えると論じます。これらの中核的職務特性が高い仕事を設計すればするほど、モチベーション、生産性、満足度などが向上すると考えるわけです。


働く人々のモチベーションや生産性にとって、外的報酬や懲罰なども大切ではあるが、仕事そのものが重要であるという考え方は非常に的を得た考え方でしょう。しかし、過去の工業社会とは異なる現代の仕事のあり方、働き方を考慮にいれた場合、ジョブ・デザイン理論には、1つ、改善すべき前提があると考えられます。それは、「人々は、与えられた(設計された)仕事を受動的にこなす」という前提です。だから、マネージャーが中心になって仕事を設計し、それを従業員に与えるべきだという考え方になってしまうのです。


それに対し、近年ではこの「受動的な従業員像」に異を唱える研究者が増加してきました。Grant & Parker(2009)もそういった研究者たちです。彼らが主張するのは「プロアクティビティ(主体性)」であり、従業員は決して受動的に与えられた仕事をこなす存在なのではなく、自ら仕事に対して主体的に働きかけ、場合によっては自分で仕事を再設計するのだと考えるのです。このように、主体的に仕事を設計する行動は、主体的ジョブデザイン行動、もしくは「ジョブ・クラフティング」と呼ばれます。ジョブ・クラフティングを最初に概念化したのは、レズネスキーらの研究グループです。


ジョブ・クラフティングは「従業員が自ら積極的に担当する仕事をデザインすることによって、生産性の向上や仕事のやりがいや動機づけを高めようとする行動」だと定義づけられますが、これは大きく3つの行動にわかれます。1つ目は、担当業務やその範囲を調整したり変更したりする行動です。つまり、自分の仕事のやり方や境界線を引きなおすような行動です。2つ目は、仕事にかかわる人間関係の性質や範囲を調整する行動です。仕事をしていくうえで、誰と連携するのか、誰にコンタクトをとるのか、誰の助けを得るのかといった、人間関係を変えていくような行動です。3つ目は、仕事や作業に内在する意味あるいは意義の再構築です。担当職務の目的を見直したりすることによって、楽しくないと思える仕事を、有意義な仕事だと思えるようにしていくような行動です。

文献

Grant, A. M., & Parker, S. K. 2009. Redesigning work design theories: The rise of relational and proactive perspectives. Academy of Management Annals, 3: 317-375.

モティベーション・プロセスにおける感情経験の直接・間接効果

人間のモティベーションを要素に分解するとするならば、(1)方向性(何を選択するのか、何を行うのか)、(2)強度(どれほどの努力を注ぎ込むのか)、(3)持続性(どれだけ維持するか)に分けることができるでしょう。


このようなモティベーションの特徴に大きく影響するのが、人間の認知的側面です。人間は、目標を設定し、その目標の達成のために自分を律するという認知的プロセスを、自己規律(self regulation)と呼び、モティベーション理論の根幹をなす理論的フレームワークです。ここでは、努力をした場合に結果がよくなる期待(主観的確率)の高さが、目標設定の高さに影響し、モティベーションの強度に影響すると考えます。また、期待の高さは直接的に、行動の選択や志向性(生成的[generative]か、防衛的[defensive]かに影響を与えると考えます。努力の結果得られる便益についての知覚は、目標へのコミットメントを高め、モティベーションの強度に影響を与えると考えます。また、便益の知覚は、直接的に行動の選択や志向性に影響を与えると考えます。そして、進捗状況の判断が、モティベーションの持続性に影響を与えると考えます。進捗状況が順調であれば、モティベーションを維持しつづけるということです。


Seoらは、この認知的なモティベーション理論に、感情経験の理論を統合させたフレームワークを提示しています。つまり、人々の感情経験は、モティベーションの認知的プロセスに影響を与えることによって、間接的にモティベーションに影響を与えると同時に、そのような認知プロセスを介さず、直接的にもモティベーションに影響を与えるというものです。


まず、なんらかの原因によって引き起こされる感情経験を、ざっくりと「快」か「不快」かに分類してみます。感情が「快」の状態にあるとき、物事の期待やその結果がもたらす便益を楽観的に見積もることにつながります。よって、新たな可能性を探るような生成的なモティベーションにつながると予想されます。同様に、楽観的な見積もりから、高い目標を設定しそれにコミットしがちなので、努力水準も高くなると考えられます。つまり、モティベーションの強度が高まるということです。さらに、快な状態にあるときは、あまり頻繁に進捗をチェックせず、しかも、進捗をチェックするときも楽観的に、進展しているように感じるので、モティベーションの持続性も高まります。一方、感情が「不快」な状態にあるときは、期待や便益を悲観的に見積もるようになるので、守りに入るような防衛的なモティベーションにつながると予想されます。


さらに、感情経験は直接的にモティベーションに影響を及ぼすと予想されます。感情経験が「快」であれば、前向き、生成的なモティベーションになりやすいと考えられます。また、快・不快を問わず、感情経験が強く活性化されているほど、モティベーションの強度が高まると予想されます。最後に、感情経験が「快」である場合に、モティベーションの持続性が高まると予想されるのです。

文献

Seo, M..G., Barrett, L. F., & Bartunek, J.M. (2004). The role of affective experience in work motivation. Academy of Management Review, 29, 423–439.

本能・理性・能力感が絡む新しいモティベーション論

Kehrは、モティベーションを、(1)潜在的動機(implicit motives)、(2)顕在的動機(implicit motives)、(3)能力感(perceived abilities)の3つの要素によって構成されるものとして考えるモデル「補償モデル(compensatory model)」を提唱しています。


潜在的動機は、自分でも意識していない潜在的な欲求によって行動を駆り立てようとするものです。言ってみれば、本人が生得的に持っている本能的で情動的な動機です。例えば、何かを達成しよう、他者の上に立とう、仲間と仲良くしよう、といったものが含まれます。顕在的動機は、これは意識的に何かの行動の理由となりうるもので、言ってみれば、頭で考えた結果としての理性的な動機です。「これをしたい」「こうなりたい」と意識できるもので、社会的圧力や道徳規範などの影響も強く受けます。能力感は、特定のことをする能力がある(したがってこれをやりたい)と自分が思うものです。


Kehrの考えるモティベーションの3要素は、それぞれが独立して生起します。よって、すべてが合致する場合と、互いに相反する場合とがあります。潜在的動機・顕在的動機・能力感すべてが同じ行動や目的に合致している場合、人は、チクセントミハイのいう「フロー状態」を経験することができます。つまり、自分の本能も理性もその行動を欲しており、しかもその行動を成し遂げる能力も高いと感じている状態です。モティベーション的には最も理想的な状態と言えるでしょう。


しかし、すべてのケースにおいてモティベーションの3要素は合致するとは限りません。まず、潜在的動機と顕在的動機が相反する場合があります。例えば、頭ではこれをやりたいと思って取り組んでいても、本能や感情が無意識的にそれを嫌がっている状態。あるいは、頭ではこれをやりたいとは思っていないのに、本能や感情が特定の行動に自分を駆り立てている場合。これらは、理性と本能が齟齬を起こしている状態です。この状態を解決するためには、意志調整能力(volitional regulation)が必要になります。強い意志によって、本能や感情が嫌がっている状態を乗り越えたり、逆に、本能や感情がやりたがっていることを、頭の中で意志として整合化する方法です。


次に、潜在的動機もしくは顕在的動機に対して、能力感が不足している場合、この場合、やりたいことをスムーズにこなせないことが、モティベーションがたびたび取り乱させることになります。よって、意識的に困難な状況を乗り越えようと工夫する問題解決(problem solving)が必要となります。


Kehrのモデルによって、人々のモティベーションの状態を適切に診断し、モティベーションの改善、維持、向上に何が必要なのかについての示唆を得ることができるでしょう。

文献

Kehr, H. M. (2004). Integrating implicit motives, explicit motives, and perceived abilities: the compensatory model of work motivation and volition. Academy of Management Review, 29, 479-99

テンポラル・モティベーション理論

モティベーション研究で有名な古典的な理論として、期待理論があります。期待理論は端的に言えば、努力した結果、望ましいものが手に入る主観的な確率が、その人のモティベーションの強度を決定するというものです。最近、この期待理論をサブコンポーネントとして含み、かつ時間概念や欲求概念など、より複雑な要因をも組み込んだ統合理論が考えられました。


その統合理論の提唱者であるSteelとKonigは、テンポラル・モチベーション理論(temporal motivation theory: TMT)と呼んでいます。この理論は、微小時間経済学(picoeconomics)、期待理論(expectancy theory)、蓄積的プロスペクト理論(cumulative prospect theory: CPT)、欲求理論(need theory)を統合したものです。そのときそのときのモチベーションの度合いを決定付ける要因を理解するための理論です。


テンポラルモティベーションは、期待および価値、時間的遅延、利得と損失、欲求の要素によって構成されています。ある特定時点でのモティベーションは、その人が何か行動をしたときに起こりうる結果の主観的確率とその人がその結果に見出す価値によって増大するが、その結果が起こる時間が遅延することが見込まれればモティベーションは減少し、かつ、起こりうる結果が利益なのか損失なのかによってモティベーションの変動の仕方は異なるというものです。


もう少し詳しく説明しましょう。まず、期待理論が示すように、ある行動を起こした場合に結果が起こりうる主観的確率と、その結果に見出す価値によって、モティベーションは増減します。例えばある行動を起こしたときに、自分にとって利益となる結果が得られる確率が高まればやる気が出るし、低ければやる気がでません。また、自分にとって損失となる確率が高まると、その行動を回避しようとするモティベーションが高まります。


そこに、時間的要素が絡んできます。行動経済学や微小時間経済学が示すように、その行動によって起こる結果が遅延すれば、同じ価値の結果であっても魅力度が低減します。例えば、いま努力しても、得られる利益が1年後であったりすると、1ヵ月後に同じ価値の利益が得られる場合と比べて、モティベーションは下がるわけです。


ある行動によって引き起こされる可能性のある結果には、自分の利益となる結果もあれば、損失となる結果もあります。モティベーションの決定場面で、これらの両方が考慮される場合、プロスペクト理論が示すように、行動の結果、利益が得られるケースと、損失が得られるケースでは、モティベーションに与える影響の変動のパターンが異なります。基本的に、利益が増加していく予想に対しては、モティベーション増大の感度が下がります。損失が拡大していく予想に対しては、それを回避しようとするモティベーションの感度が鈍くなります。


また、欲求理論から、時間の遅延に対するモティベーションの低減効果には個人差が出てくることが反映されます。


テンポラル・モティベーション理論によって、これまで以上にモティベーションに関する理解が深まりそうです。例えば、なぜ学生が期末レポートづくりのモティベーションが上がらず、十分早い時期から採りかかれないか。締切り間際になってモティベーションが高まることがわかっているのに。また、従来の目標設定理論以上に、どのような目標を設定するのが望ましいかの議論にも示唆を与える可能性があるでしょう。

文献

Steel, P.,& Konig, C.J. (2006). Integrating theories of motivation. Academy of Management Review, 31, 889-913.