主体的に仕事をデザインする「ジョブ・クラフティング」

職場の心理学において有名な理論に、ジョブ・デザイン理論(職務設計理論)というものがあります。これは、人々をモチベートさせるのにもっとも重要なの要素の1つは仕事そのものであるとの前提に立ち、人々のモチベーションや生産性、満足感を高めるような仕事を設計するべきであると説く考え方です。職務設計理論の基礎となる職務特性モデルにおいて、HackmanとOldhamは、スキル多様性、スキル完結性、スキル有意義性、職務自由度、フィードバックといった職務特性を形成する5つの中核次元の肯定が、従業員のモチベーション、生産性、満足度などに影響を与えると論じます。これらの中核的職務特性が高い仕事を設計すればするほど、モチベーション、生産性、満足度などが向上すると考えるわけです。


働く人々のモチベーションや生産性にとって、外的報酬や懲罰なども大切ではあるが、仕事そのものが重要であるという考え方は非常に的を得た考え方でしょう。しかし、過去の工業社会とは異なる現代の仕事のあり方、働き方を考慮にいれた場合、ジョブ・デザイン理論には、1つ、改善すべき前提があると考えられます。それは、「人々は、与えられた(設計された)仕事を受動的にこなす」という前提です。だから、マネージャーが中心になって仕事を設計し、それを従業員に与えるべきだという考え方になってしまうのです。


それに対し、近年ではこの「受動的な従業員像」に異を唱える研究者が増加してきました。Grant & Parker(2009)もそういった研究者たちです。彼らが主張するのは「プロアクティビティ(主体性)」であり、従業員は決して受動的に与えられた仕事をこなす存在なのではなく、自ら仕事に対して主体的に働きかけ、場合によっては自分で仕事を再設計するのだと考えるのです。このように、主体的に仕事を設計する行動は、主体的ジョブデザイン行動、もしくは「ジョブ・クラフティング」と呼ばれます。ジョブ・クラフティングを最初に概念化したのは、レズネスキーらの研究グループです。


ジョブ・クラフティングは「従業員が自ら積極的に担当する仕事をデザインすることによって、生産性の向上や仕事のやりがいや動機づけを高めようとする行動」だと定義づけられますが、これは大きく3つの行動にわかれます。1つ目は、担当業務やその範囲を調整したり変更したりする行動です。つまり、自分の仕事のやり方や境界線を引きなおすような行動です。2つ目は、仕事にかかわる人間関係の性質や範囲を調整する行動です。仕事をしていくうえで、誰と連携するのか、誰にコンタクトをとるのか、誰の助けを得るのかといった、人間関係を変えていくような行動です。3つ目は、仕事や作業に内在する意味あるいは意義の再構築です。担当職務の目的を見直したりすることによって、楽しくないと思える仕事を、有意義な仕事だと思えるようにしていくような行動です。

文献

Grant, A. M., & Parker, S. K. 2009. Redesigning work design theories: The rise of relational and proactive perspectives. Academy of Management Annals, 3: 317-375.