本能・理性・能力感が絡む新しいモティベーション論

Kehrは、モティベーションを、(1)潜在的動機(implicit motives)、(2)顕在的動機(implicit motives)、(3)能力感(perceived abilities)の3つの要素によって構成されるものとして考えるモデル「補償モデル(compensatory model)」を提唱しています。


潜在的動機は、自分でも意識していない潜在的な欲求によって行動を駆り立てようとするものです。言ってみれば、本人が生得的に持っている本能的で情動的な動機です。例えば、何かを達成しよう、他者の上に立とう、仲間と仲良くしよう、といったものが含まれます。顕在的動機は、これは意識的に何かの行動の理由となりうるもので、言ってみれば、頭で考えた結果としての理性的な動機です。「これをしたい」「こうなりたい」と意識できるもので、社会的圧力や道徳規範などの影響も強く受けます。能力感は、特定のことをする能力がある(したがってこれをやりたい)と自分が思うものです。


Kehrの考えるモティベーションの3要素は、それぞれが独立して生起します。よって、すべてが合致する場合と、互いに相反する場合とがあります。潜在的動機・顕在的動機・能力感すべてが同じ行動や目的に合致している場合、人は、チクセントミハイのいう「フロー状態」を経験することができます。つまり、自分の本能も理性もその行動を欲しており、しかもその行動を成し遂げる能力も高いと感じている状態です。モティベーション的には最も理想的な状態と言えるでしょう。


しかし、すべてのケースにおいてモティベーションの3要素は合致するとは限りません。まず、潜在的動機と顕在的動機が相反する場合があります。例えば、頭ではこれをやりたいと思って取り組んでいても、本能や感情が無意識的にそれを嫌がっている状態。あるいは、頭ではこれをやりたいとは思っていないのに、本能や感情が特定の行動に自分を駆り立てている場合。これらは、理性と本能が齟齬を起こしている状態です。この状態を解決するためには、意志調整能力(volitional regulation)が必要になります。強い意志によって、本能や感情が嫌がっている状態を乗り越えたり、逆に、本能や感情がやりたがっていることを、頭の中で意志として整合化する方法です。


次に、潜在的動機もしくは顕在的動機に対して、能力感が不足している場合、この場合、やりたいことをスムーズにこなせないことが、モティベーションがたびたび取り乱させることになります。よって、意識的に困難な状況を乗り越えようと工夫する問題解決(problem solving)が必要となります。


Kehrのモデルによって、人々のモティベーションの状態を適切に診断し、モティベーションの改善、維持、向上に何が必要なのかについての示唆を得ることができるでしょう。

文献

Kehr, H. M. (2004). Integrating implicit motives, explicit motives, and perceived abilities: the compensatory model of work motivation and volition. Academy of Management Review, 29, 479-99