なぜダイバーシティ推進策が意図せざる結果を生み出してしまうのか

昨今、多くの企業が、自社組織のDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を促進するためのダイバーシティ推進策を実施しています。ダイバーシティ推進策が狙いとするところは、企業におけるマイノリティ従業員(女性や少数人種、少数民族など)の数を増やすことで「ダイバーシティ」を高めること、マイノリティ従業員が被るキャリア上の不公正や不利益(差別や阻害)を是正し「エクイティ」を高めていくこと、そしてマイノリティ従業員を組織に包摂することで「インクルージョン」の度合いを高めることです。しかし、企業が行うダイバーシティ推進策が、意図せざる結果を招いてしまうことがしばしば報告されています。Leslie (2019)は、なぜ企業のダイバーシティ推進策が意図せざる結果を生み出してしまうのかの既存の研究などを整理した上で、そのメカニズムを理解するための統合モデルを構築しました。

 

Leslieによれば、企業が行うダイバーシティ推進策には、組織内においてアンコンシャス・バイアスをなくしていくよう働きかけるような非差別的施策(ターゲットを特定しない施策)、特定のマイノリティ従業員に対する支援や機会を高めたりするリソース的施策(ターゲットが明らかになっている施策)、そして、ダイバーシティの達成状況を監視し、それに対して責任を持とうと働きかける責任施策などに分かれ、これらは、マイノリティ従業員に対する差別や不利益を是正し、組織内でのマイノリティ従業員の割合を高めていくことを狙いとしています。しかし、これらのダイバーシティ推進策は、推進主体としての組織のリーダーが意図していなかったようなシグナルを従業員に送ることになり、そのシグナルを感じ取った従業員がそれに反応することで、もともとダイバーシティ推進策が狙いとしていたこと(リーダーが意図していたこと)とは異なる結果をもたらしてしまうのだとLeslieは論じます。

 

Leslieのモデルでは、ダイバーシティ推進策がもたらす意図せざる結果を、それがネガティブなものかポジティブなものか、意図していたものに影響を与えるものか、意図していなかったことに影響を与えるものかによって4つに分類しています。1つ目は、「バックファイヤー(裏目)」というもので、ダイバーシティ推進策が逆にマイノリティ従業員への風当たりを強めてしまったりマイノリティ従業員の数を減らしてしまったりとダイバーシティ推進を阻害してしまう結果を指します。2つ目は「ネガティブな波及」で、これはダイバーシティ推進策がターゲットとしていないマジョリティ従業員のエンゲージメントを下げてしまうような意図していないものへの影響を指します。1つ目と2つ目は、ダイバーシティ推進策が生み出す意図せざるネガティブな結果です。3つ目は「ポジティブな波及」で、逆に、ターゲットとしていないマイノリティ従業員のエンゲージメントや倫理観を高めるといった影響を指します。4つ目は「間違った進歩」で、本質的な改善を伴うことなく、形だけ目標数値が達成されていくような状況を指します。3つ目と4つ目はダイバーシティ推進策が生み出す意図せざるポジティブな結果です。ただし4つ目は見た目だけポジティブで本質的にはポジティブといえません。

 

では、Leslieの統合モデルを用いて、ダイバーシティ推進策がどんな(意図せざる)シグナルを従業員に与え、その結果、どんな意図せざる結果が生み出されるのか説明しましょう。ダイバーシティ推進策が発するシグナルには4種類あります。1つ目は、「マイノリティ従業員は支援を求めている」というシグナルです。重要なのは、本当はマイノリティが支援を求めているかどうかは不明だし、組織のリーダーもそれを意図しているわけではないということで、あくまで、ダイバーシティ推進策を知った従業員がどのようなシグナルを感じ取っているかということなのです。組織の従業員がこのようなシグナルを感じ取ると、彼らは、マイノリティ従業員は脆弱であるという印象を持ってしまい、それが逆にマイノリティ従業員の実力も低いというバイアスにつながり、彼らに対する差別や、彼らのパフォーマンスを阻害してしまうのです。つまり、ダイバーシティ推進策が、「マイノリティ従業員は支援を求めている」というシグナルを介して、意図せざるバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下を促進し、ダイバーシティ推進を阻害する)結果になってしまうというのです。

 

ダイバーシティ推進策が与える2つ目のシグナルは、「マイノリティ従業員はこれから成功していくだろう」というものです。つまり、組織としてマイノリティ従業員を優遇し、マイノリティ従業員に優先的に機会を与えていくというシグナルであるわけです。これを受け取ったマジョリティ社員は、自分達の成功や機会が抑制されると感じ、この推進策が自分達の犠牲のもとに成り立っているという逆差別感、不公正感を抱くようになります。これは、マジョリティ従業員が組織に対するエンゲージメントを下げてしまう原因にもなるし、マイノリティ従業員に対してネガティブなイメージをもち、敵対的になったり辛く当たったりすることにもつながります。つまり、ダイバーシティ推進策が、「マイノリティ従業員はこれから成功していくだろう」というシグナルを介して、意図せざるネガティブな波及(マジョリティ従業員のエンゲージメントの低下)やバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下)につながり、ダイバーシティ推進を阻害してしまうのです。

 

ダイバーシティ推進策が与える3つ目のシグナルは、「当社は倫理観を大切にしている」というものです。これはまず、ダイバーシティ推進とは関係なく、マジョリティ従業員の倫理的な行動の促進につながっていきます。つまり、意図せざるポジティブな波及が起こりうるということです。一方、倫理性を大切にするというシグナルは、「表立ってはマイノリティ従業員を差別しない」というマジョリティ従業員の心理状態を高め、それは逆に、表立たない程度に些細な形でマイノリティ従業員を差別するという行為につながる可能性を高めます。ただ、些細な形の差別であっても、マイノリティ従業員に大きなダメージを与えうることはわかっているので、意図せざるバックファイヤーにつながるわけです。つまり、ダイバーシティ推進策が、「当社は倫理観を大切にしている」というシグナルを介して、意図せざるポジティブな波及(マジョリティ従業員の倫理的行動を高める)やバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下)につながるのです。

 

ダイバーシティ推進策が与える4つ目のシグナルは、「ダイバーシティ目標を高めていくことに価値がある」というものです。これは、ダイバーシティを高めるということが外発的動機付けとなり、「見た目のダイバーシティを高めていけさえすれば良いだろう」という発想につながってしまいがちです。外発的に動機付けられたマジョリティ従業員は、とりあえずマイノリティ従業員を昇進させておこう、といったように場当たり的もしくは小手先の方法で形だけダイバーシティを高めようとするので、実質的な改善を伴わない間違った進歩を招いてしまうのです。外発的動機付けは、内発的動機付けを阻害してしまう効果もあるので、マジョリティの従業員は、本質的に組織のダイバーシティの課題を改善していこうとする内発的動機を持たなくなってしまいます。つまり、ダイバーシティ推進策が、「ダイバーシティ目標を高めていくことに価値がある」というシグナルを介して、意図せざる間違った進歩(見た目だけダイバーシティを高め、実質的な改善を伴わない進歩)につながるのです。

 

さて、企業が行うダイバーシティ推進策にも色々ありますが、特定のマイノリティ従業員に対する支援や機会を高めたりするリソース的施策が多く含まれたダイバーシティ推進策は、「マイノリティ従業員が支援を必要としているから、マイノリティは優遇され、ゆえに当社で成功する」という強いシグナルを発することになりがちです。そうすると、意図せざるバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下を促進し、ダイバーシティ推進を阻害する)や、意図せざるネガティブな波及(マジョリティ従業員のエンゲージメントの低下)を誘発し、ダイバーシティ推進を阻害してしまう可能性を高めると言えます。一方、組織内においてアンコンシャス・バイアスをなくしていくよう働きかけるような非差別的施策(ターゲットを特定しない施策)が多く含まれたダイバーシティ推進策の場合には、「当社は倫理観を大切にしている」というシグナルを強く発することにつながり、それが意図せざるポジティブな波及(マジョリティ従業員の倫理的行動を高める)をもたらすと同時に、意図せざるバックファイヤー(マイノリティ従業員に対する差別やパフォーマンス低下)にもつながると言えます。

 

さらに、ダイバーシティの達成状況を監視し、それに対して責任を持とうと働きかける責任施策が多く含まれている場合、「ダイバーシティ目標を高めていくことに価値がある」というシグナルを強く発するので、意図せざる間違った進歩(見た目だけダイバーシティを高め、実質的な改善を伴わない進歩)につながると言えます。今回説明したようように、ダイバーシティ推進策が、意図せざる結果につながる可能性と、なぜそうなるのかのメカニズムを組織のリーダーがあらかじめ知っておくことは、そういった意図せざる(とりわけネガティブな)結果を防ぎつつ、ダイバーシティ推進策が本来狙いとしている意図的な結果につなげるためのマネジメントを行う上で重要だと考えられます。

参考文献

Leslie, L. M. (2019). Diversity initiative effectiveness: A typological theory of unintended consequences. Academy of Management Review, 44(3), 538-563.

 

女性活躍推進が簡単には進まないメカニズム

日本の企業社会はかつてから男性社会だと言われ、ジェンダーギャップ指数においても世界中で最下層グループに属するなど、社会的に重要なジェンダー平等については不名誉な立場にあります。その挽回の狙いも含め、女性活躍推進の動きは加速しつつあるように思えます。しかし、世界全体で見てもとりわけ企業社会は男性優位の社会であることは間違いなく、労働者の割合的に男女が均衡している場合でも、管理職やトップに近づくほど女性が少ないという現状があります。ジェンダー平等が簡単には実現されない理由の根幹には、私たちが男性や女性を判断する際の心理的な働きである「ステレオタイプ」というものがあります。ジェンダーに関するステレオタイプが、いわゆる「アンコンシャス・バイアス」につながり、それが女性差別などにつながっていると考えられます。Heilman, Caleo & Manzi (2024)は、ジェンダーステレオタイプがバイアスや差別につながるメカニズムを以下の通りモデル化して解説しています。

 

Heilmanらの理論モデルでは、「男性はこうだ」「女性はこうだ」というように男女が本来有しているとイメージされる特徴を示す「記述的ステレオタイプ」と、「男性はこうあるべきだ」「女性はこうあるべきだ」という男女のあるべき姿や社会的な行動規範を示す「規範的ステレオタイプ」の2つがあります。それぞれが別ルートをたどって人々のバイアスのかかった評価や判断につながり。それがジェンダー差別を生み出すとされます。まず、「男性はこうだ」「女性はこうだ」という記述的ステレオタイプは、ビジネスや企業社会における職業や地位などのステレオタイプと比較され、その人が特定の職業や仕事に合っているか、向いているかがバイアスがかかった形で判断されがちです。女性の場合、特定の職業や仕事が男性的な特徴を持っているために、その仕事とフィットしないと判断され、その結果、採用時の判断、仕事での評価、昇進ための評価などで男性よりもネガティブに評価・判断され、それが女性が昇進できないといったガラスの天井などの差別につながります。

 

もう少し詳しく説明しましょう。記述的ステレオタイプの代表例は、男性は主体的であり、女性は共同的であるというものです。主体性のイメージをブレイクダウンすると、競争力がある、野心的である、支配的である、勤勉である、自立している、といった特徴が含まれます。共同性のイメージをブレイクダウンすると、温かみがある、倫理的である、誠実である、忠実である、気配りできる、社交的であるといった特徴が含まれます。大事なことは、特徴が異なるといっているだけで男性のステレオタイプがこのましく、女性のステレオタイプが好ましくないということではないということです。男性にも女性にもネガティブなステレオタイプがあります。例えば、男性のステレオタイプには、高慢、攻撃的、自己中心的といった特徴が、女性のステレオタイプには、受動的、文句が多い、媚を売るといった特徴があります。また、男性には共同性が欠けている、女性には主体性が欠けている、というステレオタイプもあります。重要なのは、特定の職業や地位、とりわけ社会的な地位が高い職業などに男性的なステレオタイプが張り付いているケースが多いために、男性とのフィット感が強く、女性とのミスフィット感が強くなりがちであるということです。

 

例えば、企業のトップ層、軍隊、科学・技術・工学・数学(STEM)、起業家などは、男性的なステレオタイプが付随しています。なぜならば、例えば企業のトップ層や起業家の仕事は、主体的で、権力志向・支配的で、野心的、自立、自信家といったイメージがありますし、STEMは男性が得意な科目であるというイメージがあります。軍隊も競争的で肉体的で力強いというイメージがあります。このような職業に女性が就くと、職業のステレオタイプと女性のステレオタイプがマッチしないために違和感を抱いてしまいます。単に男性ばかりで女性が少ないという職場でも、職場イメージが男性的ですから、そこに少数の女性が混じると、普通ではないという印象を与えてしまうのです。このようなミスフィット感によるバイアスの影響が強く出てしまうのは、その職業や仕事における評価基準が曖昧なときです。例えば、企業の採用、業績評価、昇進決定などにおいて、その基準が仕事の出来栄えや能力といったように明確であるならば、その基準によって判断すれば、男女間で大きな実力差がなければ、男女平等になるはずです。しかし、評価基準が曖昧な状況では、主観が大きく働いてしまい、(しばしばアンコンシャスに)女性はこの仕事とフィットしていないと思っているから「その女性は能力が低い、仕事ぶりが良くない、向いていない」という判断になってしまうわけです。

 

次に、ステレオタイプがバイアスや差別につながるもう1つのパスである、「男性はこうあるべきだ」「女性はこうあるべきだ」という「規範的ステレオタイプ」が影響するメカニズムについて説明しましょう。これについては、例えば、女性はこのように行動すべきだ(控えめであるべきだ、人当たりが良いべきだ、気配りができるべきだなど)といった規範的ステレオタイプに沿った行動を女性がとらない場合、その女性は社会的な規範に違反していると判断され、罰を受けることになります。これはバックラッシュと呼ばれます。同様に、女性はこのように行動すべきでない(野心的であるべきでない、断定的であるべきでない、威圧的であるべきでないなど)という行動を女性がとると、その女性も社会的な罰を受けます。また、男性的な職業や仕事において女性が活躍するだけでも、(しばしばアンコンシャスなレベルで)女性は活躍すべきでないという規範的ステレオタイプが発動して社会的に罰せられます。例えば、成功するための行動に男性的なイメージがつきまとう企業のトップマネジメントに女性が登り詰めてかつ成功を収めると、その女性は、女性がするべきことをせず、女性がするべきでないことをして成功したというようなバイアスによって否定的に捉えられ、嫉妬や妬みの対象にもなりやすくなります。能力を発揮して成功すると女性らしくないと批判され、能力を発揮できないと女性だから成功しないと批判されるような状況はダブルバインドと言われます。

 

以上をまとめると、ジェンダーに関する記述的ステレオタイプは、それが男性的なイメージがこびりついた多くの職業や仕事とのミスフィット感を生み出し、それが女性をネガティブに評価するバイアスにつながって実際に女性差別が生じるというメカニズムが存在します。一方、ジェンダーに関する規範的ステレオタイプは、女性がその職業や仕事に求められる行動をしたときに、女性がするべき、するべきでないという社会規範に沿った行動をしていないと判断され、それが女性を不当に扱う差別につながるというメカニズムが存在します。これらがあちこちで起こっているために女性活躍推進を妨げる障害として働くわけです。では、このようなメカニズムの理解を、女性活躍推進にどう活かしていけば良いでしょうか。それには、記述的・規範的ステレオタイプがバイアスや差別につながるメカニズムは、職業、仕事、職場の特徴や、仕事上求められる行動に男性的なイメージがつきまとっていることが大きな原因なので、それを取り除いていくことが肝要となります。例えば、単純に職場の女性の数を増やすだけでもその職場の男性的なイメージが払拭されていきます。また、それらの職業や仕事を記述するときに男性的な表現を使わない、逆に、女性的な要素を加えていく、といった方法も考えられます。さらに、採用、業績評価、昇進判断などでより客観的で明確な基準を設け、ステレオタイプが入り込む余地をなくしていくことも重要でしょう。

 

また、女性自身が、バックラッシュダブルバインドから自分の身を守るために、男性的なイメージのある行動と、女性的なイメージのある行動をうまく使い分け、適宜印象操作も行いながら、バランスをとっていくというのも考えられます。女性だけがそのような苦労をしなければいけないというのは理不尽かもしれませんが、男性社会がすぐには変化しない中で活躍していく女性が増えることで、結果的に男性社会の撲滅に寄与していくためには有効な行動だといえるかもしれません。

参考文献

Heilman, M. E., Caleo, S., & Manzi, F. (2024). Women at work: pathways from gender stereotypes to gender bias and discrimination. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 11, 165-192.

 

AIの活用は従業員の創造性を高めるか

近年の急速なAIの発展とともに、将来AIが人間の仕事を奪っていくのか、それとも、AIと人間はお互いに協力していくようになるのかなど、さまざまな議論がなされています。そのような問いの1つに「AIを活用していくことによって従業員の創造性(クリエイティビティ)が高まるのだろうか」と言うものがあります。AIにできること、できないことを考えると、高度な計算、パターンの認識、構造化された業務、繰り返し業務などはAIが得意とするところですが、創造性が必要な仕事は、今の段階ではAIが単独で遂行するのは困難で、だからこそ、AIと人間が協業するパターンの1つだと考えられます。Jia, Luo, Fang, & Liao (2024)は、従来は人間がやってきた創造性が求められる仕事を、判断基準や方法が明確だが面倒で繰り返しが多い作業と、基準や方法が非標準的で創造性が求められるタスクとに分解できるとすると、前者をAIに任せ、人間は後者に専念することで、創造性が高まるかどうかの研究を行いました。

 

Jiaらは、上記のようなAIと人間の分業の場合、スキルの高い従業員のみがAIの恩恵を受け、創造性を高めることができ、それが実際の職務成果の向上に結びつくと考えました。創造性の理論や職務特性理論などを援用したJiaらの説明は次のとおりです。まず、個人の創造性の理論によれば、創造性を高める要素には、(1)その領域の専門的知識、(2)創造的に考えるスキル、(3)仕事への内発動機付け、があります。 AIによって、創造性をあまり必要としないタスクが業務から取り除かれると、残った部分は創造性が必要なタスクなわけですが、業務スキルの高い従業員の場合、その領域の専門知識が高いと思われるため、面倒で退屈で疲れる作業が取り除かれ、自分自身のリソースに余裕がある状態になると、そのリソースを創造的活動に費やすことで創造性が高まると考えられます。一方、業務スキルが低い従業員の場合、創造性に特化したタスクが与えられても、とりわけ領域の専門知識やそれと関連する形で創造的に考えるスキルも低いと思われ、かつ、それゆえに内発的動機付けも高まらないと思われます。よって、創造性は高まらないと予想されます。

 

職務設計理論によれば、人々は、困難だが自由度が高いような仕事には面白さを感じる、すなわち内発的動機付けが高まります。よって、AIによって面倒で退屈で疲れる作業が取り除かれれば、自分自身は自由に考えを巡らせるような創造的活動に特化できるため、困難ではあるが自由度も高く感じられ、ゆえに仕事の面白さ、内発的動機付けが高まると考えられます。ただし、これは業務スキルの高い人のみに当てはまると思われます。先に述べたように、業務スキルが低いと、困難な仕事を楽しめないし、だからこそ自由度が高いと思えない。むしろ、業務のプレッシャーやストレスが増えると考えられるからです。Jiaらは、このようなモデルおよび仮説を、フィールド実験とインタビュー調査を併用する形で検証しました。フィールド実験では、できるだけ厳密な実験を設計することで、上記で示した理論および仮説で示される変数間の因果関係を検証し、インタビュー調査では、その時に何が起こっていたのかを掘り下げて聞き取ることによって、フィールド実験で変数間の因果関係が明らかになった理論的なプロセスをより深めることを可能にしました。

 

フィールド実験は、テレマーケティング会社がクレジットカードを売り込むセールス部隊を利用しました。これらの従業員は全員、クレジットカードのセールスの経験がありませんでした。これらのほぼ均等な経験値をもつ従業員をランダムに2つに分け、業務の一部をAIが担当する実験群と、業務の全てを従業員が行う統制群とに分けました。クレジットカードのセールスには前段と後段があります。前段では、顧客に電話をかけ、クレジットカードの説明をし、興味があるかどうかを聞き出し、興味がありそうな顧客を保持し、そうでない顧客の電話を終了します。後段では、興味がありそうな顧客からさまざまな質問を受け付け、それに対応します。前段では、顧客がどんな反応するか、それに対してどう対応するかの基準が明確なので、実験群のみ、こちらをAIにやらせました。その際、顧客は相手がAIだと分からないくらい自然な会話で対応できました。統制群では前段は人間が行いました。後段では、顧客から予期せぬ質問が出てきて、その際に創造性が発揮された対応が求められました。それがうまくいけば、クレジットカードの契約に繋がりました。

 

フィールド実験の実験群では、クレジットカードのセールス業務の前段をAIが行い、後段を人間が行った一方、統制群では、前段も後段も人間が行った訳ですが、実験結果を分析したところ、スキルが高い従業員においてより顕著に、AIの活用が顧客からの突拍子のない質問に対して創造性を発揮して対処できることが明らかとなり、さらに、それが実際の売上に繋がっていることも確認されました。次に実験参加者からランダムに選ばれた従業員たちに対する非構造化インタビューを行った結果、AIと協業した従業員は、クレジットカードに関心はあるが、より難しい質問を投げかけてくる顧客への対応に専念することになり、スキルの高い従業員は、そこで彼らが持っているスキルを駆使して対応することに集中することができました。さらに、顧客からのフィードバックを創造性の発揮に用いたり、創造的な対応をする機会を捉えたり、顧客に対して柔軟に対応したり、その場で楽しみながら対応するなどによって創造性を発揮していたことがわかりました。また、それによりポジティブな気持ちになれ、士気も上がり、情熱も高まることも分かりました。これらの感情は創造性にもプラスの効果をもたらすものです。一方、スキルの低い従業員は、AIの活用によってプレッシャーの増加と士気の低下が起こっていることも分かりました。

 

以上をまとめると、AIの活用によって、スキルの高い従業員は、面倒な作業から解放され、自分自身の専門知識を駆使して仕事に取り組むことが可能となり、その結果、創造性が高まり、ポジティブな心理経験も生じ、それがさらに創造性にプラスの効果をもたらすといった良いことが沢山起こりました。それは、AIとの協働に対して肯定的にもなれる要因といえます。一方、AIの活用によって、スキルの低い従業員は、自分のスキルが発揮できないどころか、逆に重責に対するプレッシャーを受け、士気も下がってしまうことが分かりました。これはAIとの協働には否定的な態度につながると思われます。つまり、今後AIがどんどん業務に活用されていくと、スキルの高い人、専門性の高い人、能力の高い人はその恩恵を受けてどんどんハッピーになっていくのに対し、スキルの低い人、専門性のない人、能力が低い人は、どんどんアンハッピーになっていく可能性があることが示唆されます。

 

上記の通り、Jiaらの研究からAIの業務への活用に関する重要な示唆が得られます。創造性が求められるような仕事において、AI活用の恩恵を受けるのはスキルや専門知識が高い従業員で、AIとの協働の結果、面倒な作業から解放され、仕事が面白くなり、自分のスキルを活かして創造性を高めることができ、さらに精神的な健康にもプラスに働く一方で、スキルが低い従業員はAIの活用からあまり恩恵を受けることがなく、逆にAIの活用がストレス要因になりかねないので、精神的にも良くないということです。Jiaらの研究は、特定の業務、創造性が必要なタスクといったように、限定された文脈での発見ではありますが、AIを活用していくことのメリットとデメリットの両方を示すことができたいう点で、今後のAIの活用に対して有意味な示唆を与える研究だといえましょう。

参考文献

Jia, N., Luo, X., Fang, Z., & Liao, C. (2024). When and how artificial intelligence augments employee creativity. Academy of Management Journal, 67(1), 5-32.

 

 

心理的安全性が高いと業績を悪化させる危険性:それを防ぐ条件は?

近年、心理的安全性というコンセプトが一世を風靡し、数多くの企業が職場の心理的安全性を高める施策について頭を巡らせています。心理的安全性は、一般的には「自分の思った通り発言したり行動しても危険が及ばない(安全な)チームの風土」というように定義されます。この心理的安全性という概念は、学術的には1990年代の終わりにエイミー・エドモンドソンが博士論文のテーマとして取り上げた頃から経営学分野で広がりつつありましたが、これほどまでに実務家の間で心理的安全性に注目が集まったきっかけとなったのが、2012年にグーグルが「効果的なチームの条件」を調査した結果として発表した「プロジェクト・アリストテレス」でしょう。そこで、チーム業績を高める一貫した条件として示されたのが心理的安全性だったのです。学術研究でも、それをサポートするエビデンスを蓄積する研究が増加し、心理的安全性が高い職場では、従業員の学習やプロアクティブ行動、探索行動、建設的な発言を増加させ、その結果、職場のクリエイティビティ、イノベーション、学習が高まることが示されてきました。

 

しかし、現在の「心理的安全性を高めればチームにとって、そして企業にとって数々の良い結果が生み出され、業績が向上する」といういわゆる「心理的安全性信奉」に一石を投じ、心理的安全性を高めることの危険性を指摘したのがEldor, Hodor & Cappelli (2023)による研究です。Eldorらは、高い心理的安全性はむしろ業績を悪化させる可能性があると指摘し、それを5つの実証調査で示しました。誤解が生じないようにもう少し丁寧に言うと、Eldorらは、心理的安全性が高い職場では、定型業務(標準化された業務、ルーチンワーク)の職務遂行状況が悪くなり、定型業務での成果が下がってしまうと指摘します。そして、ほとんどの業務には定型的・標準的なタスクが多かれ少なかれ含まれているし、企業全体で見ても、提携業務の割合はかなりあります。よって、論理的に考えれば、企業全体で見ても、企業風土としての心理的安全性が高すぎると業績が悪化する危険性があるというのです。もちろん、後述するように、Eldorは、この高すぎる心理的安全性がもたらす弊害を弱める条件も提示しています。

 

Eldorらは、心理的安全性が低いほど業績が高まると言っているわけではありません。心理的安全性の高い風土は、メンバーが対人関係リスクを恐れることなく新しいアイデアや既存業務の問題点を指摘したりすることを可能にします。ですから、クリエイティビティ、イノベーション、環境変化や技術変化への対応がとりわけ重要な業務であれば、心理的安全性が高いほど新しいアイデアや問題解決策が共有されやすくなるのでプラスの効果がありますし、定型業務であっても、ある程度の改善点が必要だったりしますから、適度な心理的安全性はプラスの効果をもたらします。しかし、心理的安全性がとても高い場合、メンバーの関心が定型業務から外れてしまうとという問題があることをEldorは指摘するのです。言わずもがなですが、定型業務は、標準化されたタスクを規則にしたがってきちんと遂行することで業績が高まります。しかし、心理的安全性が高い職場では、メンバーが新しいことを提案したり試してみたり、ブレインストーミング的に色々と議論したり、多少の失敗は許容して試行錯誤したりすることに注意が向きすぎて、決められたことを間違いなく着実に遂行することへの注意関心が薄れてしまうのです。

 

つまり、多くの業務の場合、従業員の認知リソースとか注意リソースを、定型業務としての標準化されたタスクとクリエイティビティやプロアクティビティが求められるタスクに配分する必要がありますが、心理的安全性がとても高い職場だと、後者へのリソース配分が優先され、前者へのリソース配分が疎かになりがちです。繰り返しますが、どんな業務でも定型タスクと非定型タスクがありますし、組織全体で見てもそうですから、定型タスクが大きな割合を占めるような業務の場合や、定型業務がかなりの割合を占める企業全体をみた場合は、高い心理的安全性が業績を悪化させる要因となるわけです。この論理に従うと、高い心理的安全性が業務を悪化させることを防ぐ条件についても理解することが可能です。それはすなわち、従業員が定型タスクから気持ちが外れてしまったり定型タスクを軽視しないような環境を作ることが有効だということになります。Eldorらは、「集団的説明責任(collective accountability)」を、高い心理的安全性の業績への弊害を防ぐ境界条件であると論じました。これは、自分達がやるべきことをきちんとやっているかの説明責任をチーム全体で共有することです。そうすることで、定型業務による業績を疎かにしない体制が維持できます。

 

これまでの議論から得られる心理的安全性の法則性を一旦まとめましょう。心理的安全性が高い職場では、クリエイティビティやイノベーション、環境変化への対応、チーム全体としての学習を促進するような従業員の行動が望めます。これを定型業務に当てはめて考えると、業務の改善を可能にするための話し合いなどにはプラスの効果があるので、心理的安全性が低いよりは、ある程度の心理的安全性が確保されている方が業績にプラスの効果をもたらします。しかし、そのレベルを超えて心理的安全性が高まりすぎると、今度は業務の改善や試行錯誤、失敗からの学習、イノベーティブな業務改革の提案などに従業員の意識や活動が引っ張られ、標準的なタスクを決められた規則に従ってきちんと遂行することが疎かになりがちとなり、その結果、定型業務の業績を下げるネガティブな効果を生み出してしまいます。企業の日々の活動を考えても、業務全体の半分以上は提携業務でしょうから、企業全体の風土として心理的安全性が高すぎる場合は、同様の論理によって業績が悪化する危険性を高めます。ただし、チームメンバー全体として定型業務の遂行と業績に責任を持つ説明責任が共有されていれば、このようなネガティブな効果を和らげることが可能です。

 

Eldorらは、5つの調査を通じて注意深く、上記の理論が妥当であるかを検証しました。Study 1では、知識労働者による役割内パフォーマンス(提携的な業務)を上司によって評価されたデータを用いました。Study 2では、病院勤務の看護師を対象に、病院に記録されている業績評価のデータを用いました。Study 3では、バイオ医療業界の従業員による役割内パフォーマンスを上司によって評価されたデータを用いました。Study 4では、ハイテク企業のユニットレベルで、ユニットレベルの業績の評価データを用いた分析を行いました。Study 5では、小売業界から各小売店のデータを4年間にわたって収集し、小売店のビジネス業績のデータを用いて分析しました。Study 1と2では、心理的安全性と業績との関係を、Study 3から5では、それに加えて集団的説明責任の調整効果を含めた関係を分析しました。その結果、心理的安全性が高まるにつれて業績は向上するが、一定のレベルを超えて心理的安全性が高まると、逆に業績が悪化していくという関係性が確認されました。

 

Eldorらの研究は、心理的安全性は万能であり、心理的安全性を高めることこそがどんな組織、どんな職場、どんな業務でも有効であるという「誤った」認識に釘を刺すものです。特に実務家の場合、表面的な効果、メディアなどによって誇張された効果に踊らされ、短絡的な思考で心理的安全性を高めようと躍起になってしまう危険性があります。学術研究も然りで、これまでの心理的安全性の学術研究は、心理的安全性のポジティブな側面のみに脚光を当ててきたきらいがあります。学術も実務も、特定のコンセプトや考え方を盲信することなく、常に批判的な態度で接し、物事の本質を理解し、その理解に基づいた正しい実践を行おうと努力することが結果的には業績を高める良い実践につながると思われます。

参考文献

Eldor, L., Hodor, M., & Cappelli, P. (2023). The limits of psychological safety: Nonlinear relationships with performance. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 177, 104255.

 

 

戦略・事業・人材を連動させる組織能力開発とは

近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)を初めとして、時代が大きく変化していく中で生き残っていくために組織を変革させていく必要性が高まっています。そこで欠かせない視点が、経営戦略・事業戦略・人材戦略の連動であり、それを実現するための組織能力開発です。デジタルトランスフォーメーション(DX)であろうが一般的な組織開発であろうが、戦略・組織・人材が連動していない状態から連動する状態に組織を変革していくのが、組織能力開発というわけです。土井(2023)は、この組織能力開発を「活動システムマップ(Capabilitiy & System Map; CASM)」を基軸として推進する方法について紹介しています。

 

まず土井は、ドン・ウォリックによる「組織開発とは、組織の健全性(health)、効果性(effectiveness)、自己革新力(self-renewing capabilities)を高めるために、組織を理解し、発展させ、変革してく、計画的で協働的な過程である」という定義を紹介し、企業が適切な戦略を持ち、その戦略の実行に際して前向きなエネルギーを引き出す組織の健全性が重要だと説きます。とりわけ、外部環境の激しい変化の中で、顧客を維持し、競合他社に負けないたえに絶え間ない自己刷新が求められることを強調します。とりわけ、組織は個人個人の集合体であるため、組織の能力は一人ひとりの社員に何ができるかに左右されます。事業開発、マネジメント、課題解決など、企業の成長に不可欠な人材を活かしきれなければ、組織全体がもつポテンシャルは十分に発揮できないのだと土井はいうのです。

 

組織能力開発では、とりわけ経営戦略、事業戦略、人材戦略の連動が不可欠です。土井によれば、会社全体として何を目指すのか、パーパスやビジョンを設定し、その実現に向けて事業ポートフォリオの組み換えを考えていくのが経営戦略です。組織能力は一人ひとりの力の総和であるから、個人のベクトルの合力であるといえます。つまり、一人ひとりのベクトルの向きをそろえることが大切です。そのためには、パーパスやミッション、ビジョンなど企業の理念を言語化して組織の目的や進むべき方向性を明確にすることが大切なのです。それと同時に、ベクトルの一本一本を長くすることも組織能力を高めるうえで重要です。効果的なトレーニングやリスキリングで能力を高めたり、エンゲージメント、成長意欲、貢献意欲を高めることも重要なのです。

 

経営戦略・事業戦略・人材戦略の連動の次のステップとして、自社の経営戦略から、それぞれの事業戦略に合わせた人材戦略を実現できるよう、各事業において人材戦略と事業戦略を連動させます。事業戦略では、各事業部がそれぞれの事業領域においてターゲット顧客と提供価値を言語化します。そこから必要な人材要件も導かれますが、事業に必要な人材の要件モデルの策定、募集、採用、育成、配置、処遇、代謝という人材のマネジメントサイクルに関して、事業部側と人事部側がそれぞれ検討する範囲をしっかりと定めることが極めて重要だと土井は強調します。

 

経営戦略、事業戦略、人材戦略を連動させるカギとなるのが、活動システムマップだと土井はいいます。そもそも、経営戦略、事業戦略を実現するために必要となるのが、組織能力とそれを発揮するための活動です。ターゲット顧客とターゲット顧客に対する提供価値を言語化し、自社独自の価値を顧客に提供するために行う一連の活動や必要な組織能力を活動システムマップに書き出していくわけです。活動システムマップの作成は新たな価値提供に必要な組織能力と活動を言語化・可視化するきわめて重要な作業だといえます。

 

活動システムマップを作成した次のステップは、一連の活動を現場で実践し新しい組織能力を社内に定着させることだと土井はいいます。つまり、新たな組織能力の開発と実装です。社員一人ひとりが確実に成果をあげられるよう、成果につながる行動(コンピテンシー)を開発するのが人材育成であるとすれば、組織として確実に成果をあげられるよう、戦略と紐づいた一連の活動を開発するのが組織能力開発であるというわけです。一連の活動を促進する組織の諸要素とは、業務プロセス・構造とガバナンス・情報と測定基準・人材と報酬・継続的改善の仕掛け・リーダーシップと組織文化であり、この6つを、パーパス、ミッション、ビジョンから導いた一貫した思想のもとに設計し、現場に落とし込むことで、世の中の変化に対応できる新たな組織能力を開発することができるのだと土井はいいます。

 

繰り返しになりますが、企業を変革していくためには、変革しようとする方向に組織の構成員一人ひとりの活動のベクトルをそろえる必要があります。新たなビジョンに向かって、戦略と一人ひとりの行動と、組織の仕組みが連動した状態を作ることが組織能力開発で、新たに必要となった組織能力と、組織能力を獲得するための活動を可視化・言語化するのが活動システムマップなのでです。組織能力開発によって、活動システムマップを基に組織を自走させるようにすることが重要であることを土井は示唆するのです。

参考文献

土井哲 2023「成果を出す企業に変わる 組織能力開発」幻冬舎

 

内発的モチベーション理論の新展開:目的ー手段融合モデルの革新性

ワーク・モチベーションの中でも、特に「内発的モチベーション」は、多くの研究者や実務家がその重要性を認識しているがゆえに、最も白熱するトピックだと言えましょう。一方で、内発的モチベーションをめぐるこれまでの研究や理論は、多くの人に混乱を与えているということも言えそうです。その発端となっていると思われるのが、外的報酬を与えると内発的モチベーションを低下させるという「アンダーマイニング効果」というもので、心理学者のデシらによって子供に対する実験結果などを通して提唱された、研究者や実務家によく知られている効果です。しかしその後、外的報酬は必ずしも内発的モチベーションを低下させないという研究結果も発表されるようになり、論争が巻き起こりました。

 

デシらは、最初は認知的評価理論という理論枠組みを使ってこのアンダーマイニング効果を説明していましたが、論争に対応する中で、自己決定理論というものに枠組みを修正し、モチベーションの分類も内発的・外発的という単純な二項対立からもう少し複雑な分類に修正しました。確かに人間の本質的な3つの欲求(自己決定、有能感、関係性)に着目する自己決定理論は妥当性の高い有効な理論だと思われますが、こと内発的モチベーションの理解については、逆に分かりにくくしてしまったと言えるかもしれません。デシらが認知的評価理論から自己決定理論への発展を通して展開した内発的モチベーションの理解が混乱を招いた原因は、1つ目として、内発的モチベーションを、外的報酬が存在しないのに生じるモチベーションだと理解したこと、2つ目として、人間が本来持っている内なる欲求から生じるモチベーションを内発的モチベーションだというようにモチベーションの内容に焦点を当てていることだと考えられます。

 

上記の問題提議を通して、内発的モチベーションを、別の視点から、あるいはもっとシンプルな方法で理解しようとしているのが、Fishbach、Kruglanski、Woolley、およびその共同研究者たちが主張する、「目的ー手段融合モデル」による内発的モチベーションの定義と理解です。Fishbachらの内発的モチベーションの定義は至ってシンプルです。それは、「目的や目標と、それを実現するための手段が、融合していると知覚されている時」が、内発的モチベーションが生じている時だということのみなのです。「手段が目的と化す」という表現がよく悪い事例として用いられますが、まさに、目的と手段が融合して、どちらがどちらか分からないような状態、あるいは、それ自体を目的として活動していることこそが、内発的モチベーションが高まっている状態と見なすのです。

 

上記のようなFishbachらのシンプルな内発的モチベーションの定義においては、外的報酬の存在とか、モチベーションそのものの内容、例えばやりがいがあるとか面白いとかいうことは一切関係ありません。例えば、ある仕事や活動にやりがいがあろうとなかろうと、ある仕事や活動が面白かろうが面白くなかろうが、本人にとって目的と手段が融合してしまっている場合には、内発的モチベーションが高まっているのだというわけです。Fishbachらによれば、このような「構造的な」内発的モチベーションの理解の方が、デシやその他の研究者の多くが採用する「内容に焦点を当てた」内発的モチベーションの理解よりも混乱が少ないし、かつ、モチベーションを高める施策も分かりやすく提案できるように思われます。では、本当にそうなのでしょうか。

 

繰り返しますが、Fishbachらの「目的ー手段融合モデル」による内発的モチベーションの理解では、外的報酬の有無は関係ありません。彼らは、アンダーマイニング効果を次のように批判します。確かに、外的報酬は内発的モチベーションを低下させるかもしれない。しかし、内発的モチベーションに干渉してそれを低下させるのは外的報酬だけではない。例えば、他に面白いことや興味関心のあることが生じたならば、それまでやっていた活動に対する内発的モチベーションは下がるだろう。これは外的報酬ではなく、別の内発的な興味関心なので、そもそも引き金となるものが外的であることは本質的には関係がない。引き金が外的であろうがなかろうが、その要素の登場によって本人の中でその活動と目的や目標が分離してしまうならば、内発的モチベーションが下がるということなのです。

 

また、外的報酬を用いることで内発的モチベーションは高まりうるとFishbachらは主張します。これも繰り返しですが、「目的ー手段融合モデル」では、外的報酬の有無とは関係なく、目的や目標と手段が融合して知覚されることさえ生じれば、内発的モチベーションは高まると理解するのです。例えば、お金を稼ぐことを目的としてある仕事をしているとしましょう。この場合は、目的や目標(お金を獲得すること)と、それを実現するための手段がクリアに分離しているので、内発的モチベーションは低いと解釈できます。しかし、お金を稼ぐことを目的としてパチンコやギャンブルをやっているときはどうでしょうか。これは、お金を獲得するという目的や目標と、その手段としてギャンブルをするという活動が一体化して経験されているので、パチンコやギャンブルをしている本人の内発的モチベーションが高まっていると言えるのです。外的な金銭的報酬が内発的モチベーションを高めているのです。

 

デシらの自己決定理論では、自己決定感、有能感、関係性の欲求を満たすものが内発的モチベーションを高めると主張しますし、それ以外にも好奇心・探究心や仕事のやりがいや面白さこそが内発的モチベーションを高めると主張する研究者もいます。逆に言えば、面白くない仕事、自由度のない仕事、やりがいのない仕事などでは内発的モチベーションは生じ得ないということになります。それに対して目的ー手段融合モデルでは、例えば自己決定が少ない状態とか面白くない仕事であっても内発的モチベーションが高まりうることを主張します。ある人が、上司に言われたことを忠実に実行することが求められるような自己決定感のの少ない、あるいはとりわけ面白いわけでもない仕事をしていたとしましょう。そのような人だって、仕事に没入して気がついたら時間が経つのを忘れていたというように、内発的モチベーションが高まることもありうるのだと主張するのです。なぜそのようなことが起こるかというと、その人の中では、目標とそれを達成するための活動が融合していたからなのです。

 

このように、目的ー手段融合モデルでは、外的報酬がないことを内発的モチベーションと考えることもしないし、仕事のやりがいや面白さを内発的モチベーションと結びつけることもしません。シンプルに、目的と手段が融合したような知覚を生み出すことが内発的モチベーションを高めることであって、その方策を考案して実施さえすれば人々の内発的モチベーションが上昇すると考えるのです。これだけシンプルだと混乱が少ないし、かつ、その方策が効果的であるという証拠が多くの実証研究から得られているという点で、実践的にも有効で革新的な内発的モチベーション理論だと言えるかもしれません。Fishbachらが目的ー手段融合モデルに基づいて提案する内発的モチベーションの向上策は、(1)即座にベネフィットにつながるような活動を選択させる、(2)活動をしたときに即座にそのベネフィットを得られるように活動を設計する、(3)その活動を行った際に即座に得られるベネフィットに注意を向けさせる、というものです。

 

ある活動をすることによって、即座にベネフィットが得られるのであれば、その活動をすること自体が目的や目標となります。仕事そのものが楽しいから(楽しみというベネフィットを即座に得られる)というのも当てはまりますし、活動によって即座に金銭的報酬が得られる(ギャンブルをすることでお金が獲得できる)というのも当てはまります。仕事や業務の中身や、外的報酬の有無を考える必要はありません。目的や目標と手段とが融合する策を考えるだけで良いのです。そうすることで、活動している本人は、ポジティブな感情を経験することができるし、エンゲージメントも高まると予想されます。これだけシンプルだと応用範囲も広そうですね。皆さんもぜひ、内発的モチベーションの目的ー手段融合モデルを用いたモチベーション向上策を考えてみてください。

参考文献

Fishbach, A., & Woolley, K. (2022). The structure of intrinsic motivation. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 9, 339-363.]

 

Kruglanski, A. W., Fishbach, A., Woolley, K., Bélanger, J. J., Chernikova, M., Molinario, E., & Pierro, A. (2018). A structural model of intrinsic motivation: On the psychology of means-ends fusion. Psychological Review, 125(2), 165.

 

 

組織の一体感を高めるリーダーシップが常に有効とは限らない:連合型リーダーシップの可能性

リーダーシップといえば、組織やチームのメンバーを、組織やチームの目的を実現する方向に動かしていく(動機づける)プロセスとして理解できます。そして、多くの場合、組織であればメンバーの組織との一体感を高めることの重要性がしばしば指摘されます。これは、学術的に言えば。メンバーの「組織アイデンティフィケーション(組織との同一化)を高めることだと言えます。リーダーシップ理論の中でも、カリスマ型リーダーシップ、変革型リーダーシップ、ビジョナリーリーダーシップは、トップであるリーダーが勇気のあるストーリーやビジョンを語ったりそれに沿った行動をすることによってメンバーからの強い求心力を獲得するリーダーシップですが、そこでは、メンバーが組織との一体感を覚え、組織のために献身的に活動したいと思わせる力を喚起するというプロセスが介在しています。

 

しかし、現実の組織には階層や部門やグループがあり、異なるタイプの機能を担う人材や異なる職業が同居していたりしますので、必ずしもメンバー全員が、自分たちは組織の同じメンバーだというように、組織が一枚岩になる場合ばかりではありません。例えば、異なる部署やグループ感で競合、競争関係になりやすい構造になっていたり、異なる職業間で競合、対立関係になっていたりする構図が典型的な場合もあります。その場合は、「私達は同じ組織で働いており、グループが違えどもすべて同じ仲間だ」だと考えるというよりは「同じ組織で働いていても、私達とあの人たちは違う」というアイデンティティを持つことが自然と発生することが多いことでしょう。そもそも、人間の特性として、自分の属するグループを優遇し、自分が属さない外のグループには冷たくなったり敵対的になる(内集団びいき)という人間として本源的な特徴を持っています。よって、組織内の集団間で対立やぎすぎすが起こったりするものです。

 

これに関して、Hogg, Van Knippenberg, & Rast III (2012)は、組織の一体感を重視する従来型のリーダーシップ理論に意を唱え、とりわけ集団間で対立や葛藤が生じやすいような組織で、これら集団間の協力関係が組織の成功に必要不可欠である場合は、新しい別のタイプのリーダーシップが必要だと唱えました。つまり、このような組織においては、組織の一体感を高めようとするようなリーダーシップは効果を発揮しないばかりか、「私たちとは本質的に異なるあちらのグループと一体化したくない」といったようにメンバーからの反発を買ってうまくいかないケースもあることを示唆するのです。例えば、EUを考えた場合、国の違いを無視して「私達はヨーロッパ人として皆同じだから1つの共同体だ」と主張することはさすがに無理があるでしょう。それぞれの国民はEUとしてである前に参加国の国民として同一化するはずですから。組織のレベルでHoggらが想定するのは、例えば、病院組織や出版社です。

 

病院では、医師は医師としての独自のアイデンティティを持っており、医師グループとしての同一化しやすいのに対し、看護師は看護師としての独自のアイデンティティを持っており、看護師グループとして同一化しやすく、どちらのグループも、自分たちは病院にはなくてはならない存在だと自負しているはずですが、病院のメンバーが、「医師も看護師も区別なくわれわれは病院として一体だ」という意識を持つことは困難です。出版社には、書籍部門と学術雑誌の部門があり、それぞれ出版社内での目的や役割が異なり、異なる建物や職場で社員が働いており、相互交流があまりありません。交流が少なければ、それぞれの部門が、自分たちこそが組織を支えているのだという自負心を持ち、相手側に対してライバル意識をもつかもしれません。そのため、部門間で分離して場合によっては対立関係に発展しかねないわけです。

 

では、Hoggらが提唱する新しいリーダーシップとはどのようなものなのでしょうか。これを考えるうえでカギになるのが、メンバーの自己概念、アイデンティティです。従来型のリーダーシップは、メンバーのアイデンティティを組織と同一化させることでメンバーを組織の共通目的の実現に駆り立てることを主眼としてきましたが、Hoggらが提唱する「連合型リーダーシップ(英語では、intergroup leadership)」では、無理にメンバーのアイデンティティを組織と一体化させるのではなく、メンバーのアイデンティティは彼らが属するグループと一体化させることを許容しつつ(例、医師は医師グループ、看護師は看護師グループ)、それぞれのグループが対立ではなく協力することを促すことで組織の目標を実現させることに主眼を置きます。

 

連合型リーダーシップの構成要素は主に3つです。1つ目は、メンバーが、組織内グループが連合した形としてのアイデンティティを形成させることを促すこと、2つ目は、組織内でグループ間を橋渡しする役割を担うこと、3つ目は、異なるグループから出自するリーダー達による連合政権のようなリーダーシップを発揮することです。まず、1つ目ですが、これは、リーダーが「私達は一体だ、皆で力を合わせて組織目標を実現しよう」と呼びかけるのではなく「私達は、異なるグループの連合体だ。異なるグループが協力しあい、力を合わせることで組織目標を実現しよう」と呼びかけることを意味します。リーダーのストーリー構築やビジョンが従来型のリーダーシップとは異なり、メンバーのアイデンティティには彼らが属する組織内グループが存在することをしっかりと意識したものになっています。そのことで、メンバーの頭の中に、自分が属するグループを含めた複数のグループが協力しあう組織の姿を植え付けるわけです。

 

組織内のグループ間の競合や対立は起こりやすく、これを防ぎつつ、グループ間の協力を促すためには、1つ目のリーダーによる連合体としてのストーリーやビジョン形成だけでは不十分です。リーダーは、それを実現するために自らの行動をもってグループ間の協力関係の構築に貢献しなければなりません。これを可能にするのが、2つ目の、グループ間の橋渡し行動で、組織の壁を超えるバウンダリースパニング行動とよく呼ばれます。リーダー自らが橋渡し役となってグループ間の協力関係を促進するのです。しかし、自分とは異なるグループ出身のリーダーに組織を牛耳られているという感覚をメンバーが持つと、そのグループの人々は、自分たちの立場が脅かされるかもしれないという不安感やリーダーに対する不信感にさいなまれ、組織がまとまりにくくなります。そこで、3つ目の要素が重要になります。

 

つまり、それぞれのグループからリーダーを出してもらい、それらのリーダーが連合政権を組むような形でリーダーシップを発揮してもらう方法です。そうするならば、どのグループも不当に扱われないという安心をメンバー間で生み出すことが可能で、それがさらにグループ間の協力関係を促進すると考えられるのです。異なるグループが協力することで組織目標を実現していくという姿を、それぞれのグループを代表するリーダーたちが見本として身を持って示すわけです。

 

今回紹介した、Hoggらが提唱する連合型リーダーシップは、従来型のリーダーシップが組織内の集団間関係の調整というリーダーの役割に十分な焦点を当ててこなかったことを批判しつつ、集団間関係において、とりわけ異なるグループが対立しやすいような構造になっており、グループ間の協力関係が組織の目的を実現する際に必要不可欠な組織の場合には、連合型リーダーシップのほうが威力を発揮することを主張するのです。

参考文献

Hogg, M. A., Van Knippenberg, D., & Rast III, D. E. (2012). Intergroup leadership in organizations: Leading across group and organizational boundaries. Academy of Management Review37(2), 232-255.