内発的モチベーション理論の新展開:目的ー手段融合モデルの革新性

ワーク・モチベーションの中でも、特に「内発的モチベーション」は、多くの研究者や実務家がその重要性を認識しているがゆえに、最も白熱するトピックだと言えましょう。一方で、内発的モチベーションをめぐるこれまでの研究や理論は、多くの人に混乱を与えているということも言えそうです。その発端となっていると思われるのが、外的報酬を与えると内発的モチベーションを低下させるという「アンダーマイニング効果」というもので、心理学者のデシらによって子供に対する実験結果などを通して提唱された、研究者や実務家によく知られている効果です。しかしその後、外的報酬は必ずしも内発的モチベーションを低下させないという研究結果も発表されるようになり、論争が巻き起こりました。

 

デシらは、最初は認知的評価理論という理論枠組みを使ってこのアンダーマイニング効果を説明していましたが、論争に対応する中で、自己決定理論というものに枠組みを修正し、モチベーションの分類も内発的・外発的という単純な二項対立からもう少し複雑な分類に修正しました。確かに人間の本質的な3つの欲求(自己決定、有能感、関係性)に着目する自己決定理論は妥当性の高い有効な理論だと思われますが、こと内発的モチベーションの理解については、逆に分かりにくくしてしまったと言えるかもしれません。デシらが認知的評価理論から自己決定理論への発展を通して展開した内発的モチベーションの理解が混乱を招いた原因は、1つ目として、内発的モチベーションを、外的報酬が存在しないのに生じるモチベーションだと理解したこと、2つ目として、人間が本来持っている内なる欲求から生じるモチベーションを内発的モチベーションだというようにモチベーションの内容に焦点を当てていることだと考えられます。

 

上記の問題提議を通して、内発的モチベーションを、別の視点から、あるいはもっとシンプルな方法で理解しようとしているのが、Fishbach、Kruglanski、Woolley、およびその共同研究者たちが主張する、「目的ー手段融合モデル」による内発的モチベーションの定義と理解です。Fishbachらの内発的モチベーションの定義は至ってシンプルです。それは、「目的や目標と、それを実現するための手段が、融合していると知覚されている時」が、内発的モチベーションが生じている時だということのみなのです。「手段が目的と化す」という表現がよく悪い事例として用いられますが、まさに、目的と手段が融合して、どちらがどちらか分からないような状態、あるいは、それ自体を目的として活動していることこそが、内発的モチベーションが高まっている状態と見なすのです。

 

上記のようなFishbachらのシンプルな内発的モチベーションの定義においては、外的報酬の存在とか、モチベーションそのものの内容、例えばやりがいがあるとか面白いとかいうことは一切関係ありません。例えば、ある仕事や活動にやりがいがあろうとなかろうと、ある仕事や活動が面白かろうが面白くなかろうが、本人にとって目的と手段が融合してしまっている場合には、内発的モチベーションが高まっているのだというわけです。Fishbachらによれば、このような「構造的な」内発的モチベーションの理解の方が、デシやその他の研究者の多くが採用する「内容に焦点を当てた」内発的モチベーションの理解よりも混乱が少ないし、かつ、モチベーションを高める施策も分かりやすく提案できるように思われます。では、本当にそうなのでしょうか。

 

繰り返しますが、Fishbachらの「目的ー手段融合モデル」による内発的モチベーションの理解では、外的報酬の有無は関係ありません。彼らは、アンダーマイニング効果を次のように批判します。確かに、外的報酬は内発的モチベーションを低下させるかもしれない。しかし、内発的モチベーションに干渉してそれを低下させるのは外的報酬だけではない。例えば、他に面白いことや興味関心のあることが生じたならば、それまでやっていた活動に対する内発的モチベーションは下がるだろう。これは外的報酬ではなく、別の内発的な興味関心なので、そもそも引き金となるものが外的であることは本質的には関係がない。引き金が外的であろうがなかろうが、その要素の登場によって本人の中でその活動と目的や目標が分離してしまうならば、内発的モチベーションが下がるということなのです。

 

また、外的報酬を用いることで内発的モチベーションは高まりうるとFishbachらは主張します。これも繰り返しですが、「目的ー手段融合モデル」では、外的報酬の有無とは関係なく、目的や目標と手段が融合して知覚されることさえ生じれば、内発的モチベーションは高まると理解するのです。例えば、お金を稼ぐことを目的としてある仕事をしているとしましょう。この場合は、目的や目標(お金を獲得すること)と、それを実現するための手段がクリアに分離しているので、内発的モチベーションは低いと解釈できます。しかし、お金を稼ぐことを目的としてパチンコやギャンブルをやっているときはどうでしょうか。これは、お金を獲得するという目的や目標と、その手段としてギャンブルをするという活動が一体化して経験されているので、パチンコやギャンブルをしている本人の内発的モチベーションが高まっていると言えるのです。外的な金銭的報酬が内発的モチベーションを高めているのです。

 

デシらの自己決定理論では、自己決定感、有能感、関係性の欲求を満たすものが内発的モチベーションを高めると主張しますし、それ以外にも好奇心・探究心や仕事のやりがいや面白さこそが内発的モチベーションを高めると主張する研究者もいます。逆に言えば、面白くない仕事、自由度のない仕事、やりがいのない仕事などでは内発的モチベーションは生じ得ないということになります。それに対して目的ー手段融合モデルでは、例えば自己決定が少ない状態とか面白くない仕事であっても内発的モチベーションが高まりうることを主張します。ある人が、上司に言われたことを忠実に実行することが求められるような自己決定感のの少ない、あるいはとりわけ面白いわけでもない仕事をしていたとしましょう。そのような人だって、仕事に没入して気がついたら時間が経つのを忘れていたというように、内発的モチベーションが高まることもありうるのだと主張するのです。なぜそのようなことが起こるかというと、その人の中では、目標とそれを達成するための活動が融合していたからなのです。

 

このように、目的ー手段融合モデルでは、外的報酬がないことを内発的モチベーションと考えることもしないし、仕事のやりがいや面白さを内発的モチベーションと結びつけることもしません。シンプルに、目的と手段が融合したような知覚を生み出すことが内発的モチベーションを高めることであって、その方策を考案して実施さえすれば人々の内発的モチベーションが上昇すると考えるのです。これだけシンプルだと混乱が少ないし、かつ、その方策が効果的であるという証拠が多くの実証研究から得られているという点で、実践的にも有効で革新的な内発的モチベーション理論だと言えるかもしれません。Fishbachらが目的ー手段融合モデルに基づいて提案する内発的モチベーションの向上策は、(1)即座にベネフィットにつながるような活動を選択させる、(2)活動をしたときに即座にそのベネフィットを得られるように活動を設計する、(3)その活動を行った際に即座に得られるベネフィットに注意を向けさせる、というものです。

 

ある活動をすることによって、即座にベネフィットが得られるのであれば、その活動をすること自体が目的や目標となります。仕事そのものが楽しいから(楽しみというベネフィットを即座に得られる)というのも当てはまりますし、活動によって即座に金銭的報酬が得られる(ギャンブルをすることでお金が獲得できる)というのも当てはまります。仕事や業務の中身や、外的報酬の有無を考える必要はありません。目的や目標と手段とが融合する策を考えるだけで良いのです。そうすることで、活動している本人は、ポジティブな感情を経験することができるし、エンゲージメントも高まると予想されます。これだけシンプルだと応用範囲も広そうですね。皆さんもぜひ、内発的モチベーションの目的ー手段融合モデルを用いたモチベーション向上策を考えてみてください。

参考文献

Fishbach, A., & Woolley, K. (2022). The structure of intrinsic motivation. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 9, 339-363.]

 

Kruglanski, A. W., Fishbach, A., Woolley, K., Bélanger, J. J., Chernikova, M., Molinario, E., & Pierro, A. (2018). A structural model of intrinsic motivation: On the psychology of means-ends fusion. Psychological Review, 125(2), 165.