科学的証拠に裏付けられた「心理資本」に投資して組織や個人の成功を勝ち取ろう

組織ではたらく個人が自分の持っている能力を最大限に発揮することで、組織としても競争力が最大化します。このもっとも基本的な原理原則を実現するために、できるだけ科学的証拠に裏付けられた、すなわちエビデンスベースの知識を活用していきたいものです。今回は、それを可能にする鍵となる、Fred Luthansらによる学術的研究によって生み出された「心理資本」(心理的資本あるいはポジティブ心理資本)という概念を紹介します。英語では、Psycholgoical Capital、略してPsyCapと呼ばれています。個人や組織が心理資本に投資することで、それがポジティブな結果をもたらすことが理論的にも実証的にも確認されているのですから、これを実践しない手はありません。では、そのような心理資本とはどのような概念なのでしょうか。Luthans, Youssef-Morgan & Avolio (2015)は、心理資本を以下のように定義しています。

以下の4つの特徴を持つ個人のポジティブな心理的状態の開発。その特徴とは、(1)挑戦的なタスクを成功させるために必要な努力を注ぐことを可能にする自信(効力感)、(2)現在そして未来の成功に対する肯定的な状況判断の視点(楽観性)、(3)成功するために、必要であれば道筋を変えてでも目標を実現させようとする辛抱強さ(希望)、(4)問題や逆境に直面しても態勢を維持し、立ち直り、さらにそれらをバネにして成功を勝ち取ろうとする粘り強さ(レジリエンス


つまり、心理資本は、効力感(Efficacy)、楽観性(Optimism)、希望(Hope)、レジリエンス(Resilience)からなる開発可能な心理状態(資源・リソース)です。心理資本や個人の固定されたパーソナリティではなく、トレーニングなどによって開発可能なので、資本として投資の対象となり得るわけです。また、4つの頭文字を並び替えると(HERO)となります。まさに物語の英雄(ヒーロー)です。さまざまな物語の英雄(ヒーロー)が、なぜ英雄たるのか考えてみましょう。おそらく、英雄は、高い心理資本(自信、希望、楽観、粘り強さ)を獲得したからこそ、成功を勝ち取る英雄としての資格を得たのだといえるのでしょう。ですので、心理資本に投資することは、英雄が持っている心理的強さを獲得すること、あるいは、自分自身を物語の英雄に仕立て、そのために必要なこころの力(自信、希望、楽観、粘り強さ)を具備していくことで成功のためのリソースを獲得することだと言ってもいいかもしれません。


では、心理資本が実際に個人や組織を成功に導くポテンシャルを持っていることを示す理論的・実証的根拠について説明しましょう。まず、心理資本の概念は、マーティン・セリグマンらによる「ポジティブ心理学」の流れを汲んで開発された概念です。ポジティブ心理学とは、人間心理における問題や不適応に注意を向けてそれを直すこと(問題解決)に注力するばかりではなく、幸福や成功につながるポジティブな側面を伸ばすことに焦点を当てる学術的視点です。Luthansらがこれを経営学の組織行動論に適用したのが、ポジティブ組織行動論であり、その中の中核的概念が心理資本というわけです。心理資本には4つの特徴があるわけですが、すべてに共通しており、よって心理資本として集約する特性が、(1)自分の内面にある、主体的、コントロール可能的、志向性の感覚、(2)努力への意欲や持続性に基づき、環境や成功可能性を肯定的に捉える傾向です。


では、心理資本が(自信、希望、楽観、粘り強さ)の4つの特徴(リソース)からなる根拠は何かというと、これら4つの要素は、エビデンスベースなポジティブ組織行動論の基準を満たしていることです。その基準とは、まず1つ目に、これらの特徴は、直すべき問題、克服すべき課題といったネガティブな側面ではなく、それらを伸ばすことが成功につながるというポジティブな側面を持った特徴だということです。2つ目は、それが質問紙などによって測定可能であるということです。測定可能だということは、現状を把握し、さらに伸ばしていくなどのマネジメントが可能だということでもあり、その要素が本当に業績を高めるのかの科学的実証研究が可能だということです。3つ目は、それが人の性格のように固定され変化しないものではなく、開発可能な可塑的なものであるということです。投資をして開発可能であるからこそ、それが成功のための重要なリソースとなるわけですから実践的な意義もあります。そして4つ目が、これらの特徴が実際に業績に結び付く科学的エビデンスがあるということです。


Luthansらは、心理的資本をあくまでエビデンスベースの科学的証拠に裏付けされた概念として扱っています。そして、心理資本を構成する4つの特徴について詳しい学術的研究の知見を解説し、その有用性を力説しています。また、どのようにして心理資本を高めていけばよいのかについても解説しています。さらに、この4つの心理的資本の構成要素以外にも、今後、学術的研究が進展すれば心理的資本の他の構成要素として含めることができる可能性のある概念も紹介しています。それらは、創造性、フロー、マインドフルネス、感謝の気持ち、寛容さ、感情知性(EQ)、スピリチュアリティ、オーセンティシティ、勇気です。これらの概念はまだ組織行動論における研究としては新しく、研究も発展途上なため、心理的資本の構成要素として組み込むにはまだ時期尚早だとLuthansらは考えているようです。