「包摂風土」の醸成が人材のダイバーシティを活かす

近年、人材のダイバーシティ・マネジメントの重要性がますます高まっています。ダイバーシティ・マネジメントの要諦は、性別、人種、国籍、文化などが異なる多様な人材を採用し、それに伴う多様性(ダイバーシティ)を、企業の強みに変換することです。ダイバーシティを高めることの利点は、多様な視点が得られることで、組織としてのクリエイティビティやイノベーション能力が高まり、それが企業競争力を高める可能性があることです。一方、ダイバーシティを高めることのデメリットとして、異なる価値観や文化的背景を持った人々が集まるがゆえに生じる、メンバー間の葛藤(コンフリクト)が、職場や組織の生産性を阻害することでしょう。


では、いかにして人材のダイバーシティを高める事によるデメリットを防ぎ、ダイバーシティのメリットを活かしていくことにつながるのでしょうか。この点に関して、Nishii (2013)は、組織や職場において「包摂風土(climate for inclusion)」が存在する事で、ダイバーシティのデメリットを防ぐことができるということを理論化し、実証的に示しました。


「包摂風土」とは、組織や職場において多数派(マジョリティー)と少数派(マイノリティ)が分離し、少数派にチャンスが得られないような状態ではなく、多様な人材のすべてが平等に組織や職場に参加していけるような組織風土を指します。これは、組織や職場が、多様な人材から学び、彼らを統合していこうとする雰囲気を有しているかどうかと関連しています。具体的にいえば、人々の属性(性別、人種、国籍)などに関わらず、すべての人々が平等・フェアに扱われ、お互いの考え方や価値観などが尊重され、そして組織や職場の重要な意思決定に彼らの意見が考慮されるような風土を指します。このように、包摂風土は、「全員が平等・フェアに扱われること」「異なった考え方が尊重され統合されること」「全員が意思決定に参加できること」の3次元からなると考えられています。


Nisiiは、男女のダイバーシティを題材とした実証研究において、職場でのダイバーシティが高まるほど一般的にはタスク・コンフリクトや人間関係コンフリクトが生じやすくなるが、職場において包摂風土が存在していれば、そういった関係は和らぐと予測しました。さらに、タスク・コンフリクトや人間関係コンフリクトが高まれば、一般的にはそれが職場全体としてのメンバーの満足度を低め、結果的に離職者を増加させるが、職場において包摂風土が存在していれば、そういった関係も弱まると予測しました。


Nishiiは、特定の組織における100部署、合計1324名の従業員を対象とした調査を行い、彼女の予測をおおむね確認しました。具体的には、包摂風土が高いほど、男女のダイバーシティが職場のタスク・コンフリクトおよび人間関係コンフリクトにつながる度合いが弱いこと、包摂風土が高いほど、職場における人間関係コンフリクトがメンバーの満足度を悪化させる度合いが弱いこと、そして職場メンバーの満足度が、彼らの離職率を予測することを確認しました。


Nishiiの研究から、組織や職場が包摂風土を醸成することによって、ダイバーシティが高まった職場において、メンバーが自分とは異なるタイプの人々に対して偏見やネガティブな印象を持つ可能性を抑え、かつ、コンフリクトが生じたとしてもそれを建設的に組織や職場の生産性の向上などに活かしていこうとする態度や行動につながることを示唆します。つまり、ダイバーシティが企業や組織のパフォーマンスの向上につながる可能性が高まることが示唆されるわけです。

参考文献

Nishii, L. H. (2013). The Benefits of Climate for Inclusion for Gender-Diverse Groups. Academy of Management Journal, 56(6), 1754-1774.