ジングル・ジャングルの誤謬にご用心

組織や人事の分野に限らず、様々な場面において議論が嚙み合わないということがあります。例えば、人事の分野では、成果主義が本当に企業業績を高めるのか、ダイバーシティをどう推進していくのか、などについて活発な議論がなされるものの、賛成派と反対派の議論が噛み合わず、すっきりとした結論が出ないままうやむやになるということがあります。このような議論がかみ合わない原因の1つに、「ジングル・ジャングルの誤謬(jingle-jungle fallacies)」があると思われます。


「ジングル・ジャングルの誤謬」とは、実際は異なるものなのに、それらに同じ名前が付いているために、同じものであると錯覚してしまうこと(ジングルの誤謬)と、実際は同じものなのに、違う名前が付いているために異なるものであると錯覚してしまうこと(ジャングルの誤謬)を指します。なぜそうなるのかというと、私たちは、同じ名前ならば同じもの、違う名前ならば違うものだと当然のことに思っているのですが、現実の世界では、同じものに違う名前がついたり(例、関東のきつねうどんと関西のたぬきそば)、違うものに同じ名前(例、ぜんざい)がついたりすることがあるからです。


人事の世界において「ジングル・ジャングルの誤謬」によって議論がかみ合わないケースについて、いくつか例を挙げてみましょう。まず、冒頭にあげた「成果主義」です。これは、異なるものを同じ名前で呼ぶという「ジングルの誤謬」が当てはまりそうです。成果主義においては、そもそも成果主義が企業業績を高めるのかという論争があり、賛成派は、成果主義が企業業績を高めるのだから企業は成果主義を導入すべきだという考えを押し通し、反対派は、成果主義は企業業績を損ねるから企業は成果主義を導入すべきではないという論陣を張っていました。ところが、賛成派と反対派の議論を見ても、どうも噛み合っておらず、結局結論が出る前に。成果主義ブームが終焉してしまいました。


どこに問題があったのでしょうか。実は、成果主義反対派は、主に「成果に応じて個人の処遇(賃金など)を変動させること」を成果主義と理解していたようで、その理解に基づいて「成果主義は限られた報酬資源をめぐって個人間の競争を誘発しチームワークを阻害するので、企業業績を損ねる」と主張したのでした。しかし、成果主義賛成派は、それに対する反論として、成果主義を「企業が成果を高めるために従業員の意識を向けさせること」と理解し、その理解に基づいて「成果主義はチームワークを阻害することなく、従業員の行動を成果志向にするために企業業績を高める」と反論したのでした。年功的な賃金体系をとっているのに、成果に意識を向けさせる施策を行っていれば成果主義だといえるというような解釈も出てきたりしたのです。これでは議論が噛み合うはずがありません。なぜならが、彼らが主張している「成果主義」は、異なるものを想定しているからです。結局、成果主義という言葉を外せば、双方の言い分はお互いに合意しているものであり、論争にはなっていないことがわかります。お互い同じ考え方なのに、成果主義の意味が異なっているだけのために、表面上の意見が正反対になっているだけの話だったのです。


ダイバーシティの推進といったトピックも、同様に「ジングルの誤謬」が絡んでいるように思えます。例えば、異なるスキル、異なる価値観、異なる人種や国籍といった人材を多用に採用し、シナジー効果がでるようにマネジメントしようとすることを「ダイバーシティ施策」と考えている人々がいる一方で、例えば男性と女性の雇用機会均等、女性の活躍推進のためのワークライフバランスの普及を指して「ダイバーシティ施策」と考えている人々がいますが、この2種類の人々どうしが、「どのようにすれば望ましいダイバーシティマネジメントが実現するか」を議論しても、議論が嚙み合わないのは明らかでしょう。結局、同じ言葉で、異なる内容のものを想定しているからです。


同じものを異なるものだと考えてしまう「ジャングルの誤謬」については、これも人事の世界では以前おおいに流行った「コンピテンシー・マネジメント」が当てはまるかもしれません。コンピテンシーあるいはコンピタンシーとは、日本では「成果を生み出す行動特性」と訳し、従業員のパフォーマンスを高めるためには、コンピテンシーに注目した採用や評価を行う必要があるという主張から、「コンピテンシー・マネジメント」が提唱され、多くの企業が、コンサルティング会社を雇ってコンピテンシーマネジメントの制度設計に取り組みました。しかし、「コンピテンシー」は、直訳すれば「能力」であり、昔から使われていた「職務遂行能力」とどれだけ違う概念なのか、真剣に議論されてきたようには見えません。むしろ、無理やり、違う理由を並べて、「職務遂行能力とは違うものであるコンピテンシー」を普及させようとしていたように思います。ですが、職務遂行能力もコンピテンシーも、仕事で成果を出すための能力であることに違いはなく、ひょっとしたら、これは同じものに対して異なる名前をつけただけであり、ただ前者が古臭く、後者が恰好いいという理由で流行しただけなのかもしれません。いや、もしかしたらお互いに違う概念なのかもしれませんが、実際の運用において、両者を明確に区別できていたかは疑問です。「職務遂行能力に基づく人事管理よりも、コンピテンシーに基づく人事管理のほうがうまくいく」という主張は単なる詭弁だったのかもしれないのです。


今回は「ジングル・ジャングルの誤謬」が人事の世界で起こる例として、「成果主義」「ダイバーシティ」「コンピピテンシー」を挙げましたが、近年叫ばれている「グローバル人材」など、いわゆる流行りものについては議論が白熱するのが世の常ですが、そのような議論に参加するさいには、自分は「ジングル・ジャングルの誤謬」に陥っていないかどうかをチェックしたほうがよいでしょう。