複数の顔を持つ組織のマネジメント

組織アイデンティティとは、一言でいえば、組織として「私たちはいったい何者なのか」の答えとなるものです。何が私たちの組織を形作る中心となっているのか、何が他の組織と違うのか、何が一貫しているのか、などについての答えでもあります。これに関していえば、私たち個人が、「自分自身は何者なのか」という問いについて、自分は父親だとか部長だとか複数の答えが出せるように、組織についても複数の答えが出せるでしょう。つまり、組織はしばしば「複数の顔を持つ存在」でもあるわけです。これを、「多重組織アイデンティティ」と呼ぶことにしましょう。


複数の顔を持つ組織すなわち多重組織アイデンティティの例としては、多くの大学では、研究機関としての顔と、教育機関という顔を持ち合わせています。そしてしばしばこの2つがお互いに葛藤を起こすことがあります。また、ある特定の病院は、治療を通じて患者に奉仕する組織という顔と、サービスのクオリティを高めるために効率性を追求する組織としての顔も持ち合わせているでしょう。また、公共性の強い民間企業などでは、社会や人々に安全を提供するというアイデンティティと、企業である以上、利益を追求するべきというアイデンティティは、両立させるのが難しい場合がしばしばあります。安全を第一に考えるあまりに利益が犠牲になったり、利益を追求するあまり安全性が損なわれるということが起こりうるからです。


では、組織が複数の異なるアイデンティティを持つことは常によくないことなのでしょうか。Pratt & Forman (2000)は、組織の多重アイデンティティの度合いは適切にマネジメントすることが可能で、組織にとって最適なレベルの多重アイデンティティを作り出すことによって多くのメリットが享受できると唱えます。Pratt & Foremanは、多重組織アイデンティティのマネジメントのあり方を、多重性次元とシナジー次元とに分けて考えます。多重性次元は、組織がどれだけ異なるアイデンティティを持つかということです。多重性次元を高めるほど、組織はいろんな顔を持つことになります。シナジー次元は、異なるアイデンティティを相互に関連させて、シナジーを生み出そうとする度合いです。シナジー次元が低ければ、組織はお互いに相容れないような顔を同時に持ち合わせることになります。多重性とシナジーの2次元の高低によって、組織アイデンティティのマネジメントの方法は以下の4タイプに分類されることになります。


まず、既存の組織が複数の異なるステークホルダーから協力に支持されており、政治的に複数のアイデンティティを維持することが組織にとってメリットがあり、組織リソースも豊富で、なおかつ異なるアイデンティティの関連が薄いときには、多重性を高め、シナジーを低めるCompartmentalization(分裂型)のマネジメントが最適であるといいます。つまり、複数の顔を状況に応じて使い分けるような組織アイデンティティマネジメントが適切だということです。多くの組織リソースを必要としますが、得られるメリットも大きくなります。


次に、前者と異なり、複数の異なるステークホルダーから支持されているわけでもなく、複数のアイデンティティが政治的にも重要でなく、組織リソースも限られており、かつ異なるアイデンティティの関連が薄い場合には、多重性次元、シナジー次元ともに低めるDeletion(消去)のマネジメントが最適だであるといいます。つまり、アイデンティティの数を増やすことのメリットがあまりないので、多重アイデンティティの数を減らして、複数の顔を持たないようにするということです。


前者と同様、複数のステークホルダーからの支持や多重アイデンティティの政治的重要性が低く、組織リソースが限られているが、複数のアイデンティティの関連性が強いという場合には、多重性次元は低め、シナジー次元を高めるIntegration(統合)のマネジメントが最適となります。いたずらにアイデンティティを増やすことなく、少数の異なるアイデンティティをうまく相互に関連させてシナジーを生み出していくことが組織にとってメリットが大きいということです。


最初のケースと同様に、複数のステークホルダーからの強力な支持や多重アイデンティティ維持の政治的重要性が高く、組織リソースも豊富で、なおかつ異なるアイデンティティ間の関連性が高い場合には、多重性次元およびシナジー次元ともに高めるAggregation(集合)のマネジメントが最適となります。つまり、多くの顔を合わせもちあわせつつ、それぞれを相互にうまく関連させて多くのメリットを享受しようというようなマネジメントになるわけです。

文献

Pratt, M. G., & Foreman, P. O. (2000). “Classifying managerial responses to multiple organizational identities.” Academy of Management Review, 25(1), 18-42.