ニューサイエンスに学ぶ組織論2:生命体的組織観と自己組織化プロセス

ウィートリー(2009)は、私たちが組織や組織のマネジメントのためにニューサイエンスの成果から何を学ぶことができるのかについて、生物学、物理学、化学、そして複数の分野にまたがる進化論やカオス理論といった分野で蓄積が進んでいる知識を紹介しながら解説しています。今回は、古典的な力学が想定する無機質な機械のように組織を捉えるのではなく、ニューサイエンスが新たな知見を生み出しつつある有機的な生命体のように組織を捉える見方について考えてみましょう。機械も生命体も活動する物体ですが、閉鎖系としての機械と開放系としての生命体を比較するならば、活動し続けるメカニズムが全く異なることに気づくことでしょう。

 

そもそも私たちは、組織のマネジメントにおいて、不安定性を嫌い、秩序を維持し、安定性に活動することを可能にするようなマネジメントを目指しがちかもしれません。しかしこれは、組織を機械のように見立てた考え方が色濃く反映されており、古典的な物理学における熱力学第二法則で言うところの「平衡状態」に向かっていくようなプロセスだと言えそうです。平衡状態はある意味安定した状態ではあるのですが、古典的な物理学が想定している閉鎖系の進化の最終状態、すなわちシステムが変化する力を使い果たし、仕事を終え、生産力を無駄なエントロピーに散逸させてしまった状態、すなわち死の状態だと考えられるとウィートリーは指摘します。

 

ただ、熱力学第二法則は、機械のような孤立した閉鎖系にのみ当てはまる法則だと考えられます。そして、熱力学第二法則に逆らうようなプロセスを維持しているものに「生命体」があります。ニューサイエンスに基づく組織論は、このように、組織を生命体として見ることの重要性を示唆します。どういうことかというと、機械のような閉鎖系と異なり、生きているものは全て開放系であって、環境と関わり、成長し、進化し続けるという特徴を持っているということです。機械が安定した秩序を保っている代わりに環境変化に対して自分では対処できないのに対し、生命体は常に柔軟性と弾力性を維持することで環境に適応していきます。

 

このような柔軟かつ弾力的に環境に適応することで生命を維持するといったプロセスを理解する際に有用なのが、「非平衡」という状態すなわち不安定な状態の理解と「自己組織化」というプロセスです。これらの特徴の理解によって、生命を持った生き物がなぜ環境に適応しつつ生命を維持することができるのかの理解が深まり、その理解を、組織を生命を持った生き物になぞらえて考えることによって効果的な組織マネジメントに応用することが可能だと考えられます。

 

まず理解しておくべき重要なのが、生命体は、非平衡を保つことによって長期的な秩序を維持しているということです。生物学的に言えば、平衡状態になることが死を意味するのに対して、非平衡状態を維持することが生きることを意味します。そして、プリゴジン散逸構造、自己組織化能力の研究は、開放系のシステムがいかに非平衡を利用して衰退を避けるかの理解を可能にしました。システムが、有用なエネルギーとエントロピーを交換して、新しいエネルギーを内に取り込むというプロセスが存在するということなのです。

 

開放系では、生存能力を維持するために、システムが変化し、成長できるように自分自身のバランスを崩し、非平衡の状態を保ちます。これが自己組織化です。環境との開かれた交流に参加し、自分自身の成長のためにそこにあるものを利用します。その際に鍵となるのが、フィードバックの概念です。システムの状態を監視して、何か逸脱があればそれを修正して戻すというのが負のフィードバックであるのに対して、何か新しいものに気づき、それを変化させなければいけないというメッセージに増強させるような働きが正のフィードバックです。正のフィードバックループは、生命が環境に適応し、変化したするために不可欠な能力なのです。

 

正のフィードバックと非平衡、つまり不安定な状態がシステムの進化を促す役割を果たすのです。プリコジンはこれを散逸構造と呼びましたが、あらゆる生命は散逸構造をとっています。システムが環境に対して開かれていて、物質とエネルギーが交換され続ける限り、システムは平衡状態を回避し、「つかの間の構造」のままで「絶妙に秩序立てられた振る舞い」を見せるのです。つまり、開放系としての生命体は、環境との相互交流を通して常に自分自身を作りかえながら生き続けています。そのプロセスで命あるものはすべて、変化を受容する世界でバランスを崩しながら生きています。そして、あらゆる生命が自己組織化しているのです。

 

では、組織を生命体になぞらえ、そして自己組織化する開放システムであると考えることを、どのように組織マネジメントに活かすことができるでしょうか。自己組織化システムのいくつかの特徴に照らし合わせて考えてみましょう。まず、自己組織化システムは、柔軟で環境に対して開放的であるということです。機械のような堅牢な組織を作ろうとするのではなく、不安定さを受け入れ、変化を恐れないことです。そのために、自己組織化する生命体は、自分が何者で、何を必要とし、自分を取り巻く環境で何が要求されているのかをはっきりと知っていることが必要です。組織でいえば、存在意義としてのパーパスやアイデンティティが明確になっているということだと言えましょう。

 

次に、あらゆる自己組織化するシステムが有しているのは、自己準拠のプロセスであり、オートポイエイシスと呼ばれるものです。これは、環境が変わり、自分も変わる必要があるとシステムが気づく時、自己矛盾がないように自己を維持し、自己を創出することに専心するプロセスです。このことからも、組織が自分達が何者で、なぜ存在しているのかに関するアイデンティティやパーパスを確立していることが重要であるということに気づきます。アイデンティティやパーパスが明確な組織は、環境変化に対しては自己準拠プロセスを通じて聡明に対応できると言えましょう。

 

さらに、自己組織化システムは、長期に安定していると言えます。逆説的ですが、システム全体で起きているたくさんの部分的な変化と不安定の存在によって、長期的な安定が維持されるのです。ですから、組織マネジメントにおいては、変化を恐れる必要はなく、絶え間ない変化の中で自己組織化を促し、学習し、進化を志向すればよいということになります。組織内における秩序と自由、存在と生成など、一見矛盾するようなパラドクスが、渦を巻いて一体化し創造という螺旋模様を描くことで安定的に維持できるのです。

 

静止、バランス、平衡というものが組織にあったとしても、これらは一時的な状態にすぎず、持続するのはダイナミックなプロセス、適応のプロセス、創造のプロセスなのです。ですから、安定して作動する機械のような組織を作ることは、逆に環境適応力を失い、生命力を弱めます。むしろ、強い生命力を持った組織を作り、維持するためのマネジメントを実践するためには、自己組織化システムの生存能力と弾力性、すなわち必要に応じて適応し、その時に合った構造を創造する高い能力を発揮するようなプロセスを志向することが求められると言えましょう。

参考文献

マーガレット・J・ウィートリー 2009「リーダーシップとニューサイエンス」英治出版