両利きの組織をどうやってつくるのか

両利きの経営とは何でしょうか。加藤、オライリー、シェーデ (2020)によれば、両利きの経営とは、既存事業の「深堀り」(exploit)と新しい事業機会の「探索」(explore)を両立させる経営のことを指します。一般的に事業にはライフサイクルがあり、勃興、成長、成熟、衰退というS字カーブを描いた道をたどります。よって、企業が長期的に生き残り繁栄し続けるためには、個々の事業のS字カーブをうまくつなぎ、成長の波に乗っていかなければなりません。つまり、既存事業が衰退期に入る前の踊り場で、次の新たな成長事業を生み出さなければならないのです。このような経営は、オライリーの言葉を借りれば、「同じ屋根の下で、異なる成長段階の事業が同居している経営」だと言えます。これを可能にするために必要なのが両利きの経営だということなのです。


両利きの経営は簡単なことではなく、これを実現するためには、両利きの組織を作る必要があります。特に、既存事業と新規事業の両立は現実は口で言うほど簡単ではないと加藤らは指摘します。その理由は、既存事業を深堀りする活動と、新規事業を探索する活動とでは、求められる組織能力が異なり、この2つはしばしば相容れないものであるからです。つまり、両利きの経営を実現するためには、既存事業を深堀する組織能力と、新しい事業機会を探索する組織能力、さらにこれら2つの相矛盾する組織能力を併存させる組織能力という3つの組織能力の獲得が必要になるのです。そのためには、各々の能力形成を可能とする組織カルチャー(仕事のやり方)をマネジメントすることが大切なのだと加藤らは指摘します。つまり、両利きの組織の核心は、異なる組織能力の形成と並存なのです。


では、どうすれば両利きの組織を作ることができるのでしょうか。そもそも、組織能力とは何でしょうか。加藤らによれば、組織能力とは、組織内の人のつながり方・機能の組み合わせによって生まれる、組織の実行力のことです。組織および組織能力を読みとく視点として加藤らが用いるのが、コングルエンス・モデルです。コングルエンス・モデルでは、ダイナミックな活動体である組織を、KSF(成功の鍵)、人材、公式の組織、組織カルチャーの4つの基本要素で表します。そして、4つの要素が互いに矛盾なくフィットしている(アラインメントが取れている、うまく噛み合って結びつき、調和がとれている)関係になって組織はスムーズに機能します。さらに、4つの基本要素の背景に、その組織が採用している戦略があり、経営のリーダーシップがあります。コングルエンス・モデルを用いることで、組織の現状を読み解き(診断し)、組織の理想の姿(組織ビジョン)を描き出すことができると加藤らは説明します。


組織は生き物のようなものであるので、組織は4つの要素のダイナミックなせめぎあいによる均衡状態として存在します。そして、環境が変化するなかで組織が生存し続けるためには、組織は新しい環境に適応できるよう均衡状態を更新する必要があります。しかし、多くの場合、過去に成功してきた組織は成功の罠とかサクセスシンドロームとも言われる慣性の力に陥ってしまい、環境の変化に適応できなくなってしまいます。事業環境が変化しつつあるにも関わらず、既存のアラインメントを変えられない(新しいアラインメントを形成できない)という現象に陥ってしまうわけです。これでは両利きの経営など実現できません。


ではどうすれば、組織を成功の罠である慣性の力から解放し、両利きの組織にできるのか。その核心は、事業環境に応じて、経営者(経営チーム)がリーダーシップを発揮し、戦略を策定し、戦略を実行できる組織をどう作るか、つまり、その事業に適したアライメントの形成ができるかどうかだと加藤らは論じます。特に、経営者が意図的な支援と保護をしない限り、探索事業は既存事業の組織カルチャーに殺されてしまう(駆逐されてしまう)というリアルな実態があります。組織カルチャーとは、その組織で観察される特有の「行動パターン」のことで、既存事業の深堀りを中心とする守りに偏った行動パターンが、新規事業の探索に必要な攻めの行動パターンを駆逐してしまうというわけです。ですから、そういった障害を打破する必要があるのです。


その鍵を握る概念が「組織進化」です。これは、組織がアラインメントを作り直していくプロセスだと言い換えることができます。組織進化を促進し、両利きの組織にするためには、「存在目的」「戦略」「組織」(何のために、何を、どうやって)というトライアングルを組織マネジメントの基本に据え、戦略と組織の間の循環作用を促すことが大切です。つまり、戦略を実行できる組織を作り、その組織から新たな戦略が生まれる。この循環作用の中で、組織内の人のつながり方を示すその企業独自の組織能力が形成されるといいます。両利きの組織を作るためには、既存事業の深掘りを中心とするこれまでのアラインメントと、新事業を探索する、新たな事業環境下でのアラインメントを共存させることが必要です。その中で、それぞれに適した組織能力、この2つを共存させる組織能力を構築していく必要があるのです。


これまで、両利きの組織を作るためのポイントについて説明してきましたが、加藤らは、能力を形成するプロセスは自分たちの「組織アイデンティティ」を問い直すプロセスでもあると言います。つまり、組織進化の過程においては、新しい組織能力が生まれ、その背後には必ず組織アイデンティティの更新があります。組織アイデンティティの更新は、企業の存在目的にも影響を及ぼします。このように、組織変革の大きな流れは、存在目的から始まり、戦略、組織、組織能力、組織アイデンティティとつながり、再び存在目的に戻ってくるわけです。組織アイデンティティと組織の存在目的を問い直しながら、両利きの組織の実現に向けた複数のアラインメントを共存させするための舵取りを行うことが重要だといえましょう。


加藤雅則, チャールズ・A・オライリー, ウリケ・シェーデ 2020「両利きの組織をつくる――大企業病を打破する「攻めと守りの経営」英治出版