上司が特定の部下のみに対して侮辱的管理を行うのは何故か

上司が突然部下を罵倒したり、人前で辱めたり、非物理的なかたちで敵意をあらわにするような行動を繰り返す侮辱的管理(abusive supervision)は、職場で頻繁に観察されるというわけではありませんが、特定の割合で発生していると考えられ、侮辱的管理の犠牲となる従業員は精神的、肉体的に大きなダメージを被ります。しかし、そのような問題行動をとる上司は、部下なら誰にでもそのような侮辱的管理をするのではなく、特定の部下をターゲットにする傾向があります。そのような現象は従業員をアンフェアに扱うことを示しており、フェア・マネジメントの視点から見ても深刻な問題です。では、どのような理由およびメカニズムで、上司が特定の部下に対して侮辱的管理を行うようになるのでしょうか。


Tepper, Moss, & Duffy (2011)は、この問題について「道徳的排除理論(moral exclusion theory)」を基本枠組みにしたモデルを提案しました。道徳的排除理論によれば、人は通常は対人的にも道徳的に振る舞う存在なのですが、例えば自分と敵対する人物など、特定の人物が自分の道徳的規範でカバーする人々の範囲外だと認識する場合には、意識的・無意識的に、その人に対して道徳的規範を外れた敵対的な行動すなわち非道徳的な行動をとってもよいだろうと判断する傾向があることを指摘します。Tepperらは、このようなメカニズムを誘発する出発点として、部下との深層的相違(deep-level similarity)をとりあげます。深層的相違は、外見など表面的な相違ではなく、平たく言えば「価値観の違い」です。


Tepperらのモデルは、自分と価値観が合わない部下がいる場合、その部下に対して侮辱的管理を行う可能性が高まるが、それは以下のような間接的なプロセスを通じて生じると説明します。まず、価値観が合わない部下とは、意見の相違などを通じて人間関係上のコンフリクトが発生すると考えられます。自分の考えに賛同しない、自分の言うとおりに行動しない、反抗的であるといった知覚が(客観的にではなく単なる妄想的な場合も含めて)、その部下を気に入らないと思う御ようになるため、人間関係上のコンフリクトの知覚に発展します。


次に、人間関係上のコンフリクトは、その部下の職務成果、業績を低く評価することにつながりがちです。つまり、自分と価値観の違う部下、かつ気に入らない部下に対しては、これも意識的・無意識的に、評価を低めてしまうわけです。そうなると、「あいつはダメな奴だ」というイメージが上司に焼きつくことになります。チームや部署の業績責任をもつ上司にとって、デキの悪い部下は、自分自身の社内での評判も下げてしまうことになります。よって、その部下は自分の足を引っ張る存在であり、自分に災いをもたらす、疎ましい存在になっていくわけです。つまり、「自分と価値観の合わない部下 → 気に入れない奴 → 業績も悪く、部署や自分の足を引っ張るまったくダメな存在」となっていくプロセスが発生すると考えられるわけです。


このように「デキが悪く、疎ましい存在で、自分を含め周りにも迷惑をかける」というイメージを持つ部下に対しては、他の部下に対しては道徳的に接している上司であっても、「別にないがしろに扱っても、攻撃的に扱ってもかまわない」という道徳的排除の判断が働き、それが侮辱的管理につながると考えられるわけです。ただし、先に述べたように、出発点である価値観の相違が侮辱的管理につながる可能性は多くが間接的であり、もし、上司がその部下の業績を低く評価しない場合には、侮辱的管理につながらないだろうということも論じています。価値観の相違があり、人間関係的なコンフリクトの対象となっている部下であっても、その部下が優秀で一目置く価値があるように上司が感じているならば、上司にとっての道徳的排除にはつながらないだろうという論理です。Tepperらは、こういったモデルを実証データを用いて検証し、おおむね仮説が支持される結果を得ました。


Tepperらの研究成果は、近年注目が集まる「ダイバーシティ(多様性)」の促進に注意を促す内容でもあります。なぜなら、組織のダイバーシティを高めるほど、異なる価値観を持つメンバーが増加する可能性が増え、そうすると上司と部下との価値観の不一致から侮辱的管理が発生する可能性も高まるからです。とりわけ、上司が道徳的な視野が狭い場合、自分の考えに固執して異なる意見に耳を傾けない場合、異なる価値観をもった人々への共感能力が低い場合などは、道徳的排除の対象を生み出し、侮辱的管理につながる可能性が高いので注意が必要です。そのような人物をリーダーとして選抜しないような仕組み、あるいはマネジャーに対するフェア・マネジメント研修の実施などを通じて、部下全員をフェアに扱い、侮辱的管理の発生を防止する策が企業に求められることでしょう。

文献

Tepper, B. J., Moss, S., & Duffy, M. K. (2011). Predictors of abusive supervision: Supervisor perceptions of deep-level dissimilarity, relationship conflict, and subordinate performance. Academy of Management Journal, 54, 279-294.