誰でもパワハラ上司になりうる。そしてそのカギは睡眠の質

パワハラは日本でもよく知られている用語ですが、ごく簡単に言えば「自らの権力(パワー)や立場を利用した嫌がらせ」で、主に上司が部下に対して行う行為を指します。組織行動学の分野では、パワハラと類似する概念として、侮辱的管理行動(abusive supervision)の研究が盛んです。侮辱的管理行動は、公の場で部下を辱めたり、貶めたりするような行動だと定義されます。今回は、侮辱的管理行動の研究を紹介しますが、分かりやすさを優先して、パワハラという言葉で統一します。


さて、一般的には、パワハラをする上司、パワハラをしない上司というように、パワハラという行為は、特定の個人が継続的に部下に対して行うように理解されがちでした。しかし、Barnes, Lucianetti, Bhave, & Christian (2015)はそれに異議を唱え、部下をもつ上司であれば誰もが部下に対してパワハラをする可能性があり、パワハラをしやすい日、パワハラをしにくい日といったように日や状況によって異なることを主張し、それを実証研究で示すことに成功しました。Barnesらは、このように、パワハラのしやすさに個人内変動があることを、自我消耗理論(ego depletion theory)を用いてモデル化しました。パワハラ的行動の個人内要因としてBarnesらが注目したのは、仕事ではなく家庭での睡眠の質と量です。家での睡眠の質や量が悪いと、その上司は次の日に部下に対してパワハラをしがちであり、その場合に、職場全体のエンゲイジメントが下がってしまうことも理論化しました。


そのメカニズムについて説明しましょう。まず、上司であれば、日々の業務において、パワハラをしたくなってしまうような状況が訪れることがあります。例えば、部下が思ったとおりに働いてくれない、部下が大きなミスをした、などが起これば、どんな上司でも多少は怒りがこみあげ、場合によっては部下を怒鳴りたくなることでしょう。部下の行動でなくても、ただでさえ忙しかったり業務上困難な状況に直面したりする管理職はストレスがたまりがちであり、そのストレスのはけ口として部下を侮辱するようなパワハラ的行動への誘惑が生じる可能性があります。しかし、私たちには自己制御(self-regulation)の機能が備わっているため、平時であれば、多くの上司の場合、パワハラ的行動には至らないでしょう。つまり、上司が様々な状況下でパワハラをしたくなる気分になっても、「そのような行動はしてはならない」という自制心が働いて、それを阻止するわけです。


しかし、睡眠の量や質が悪いと、この自己制御の機能が働かなくなります。これが自我消耗理論が示すところで、睡眠不足や睡眠障害によって人間の認知機能の働きが弱まり、自制が利かなくなることを意味します。つまり、昨日よく眠れなかったとか、眠りが浅くて寝た気がしないといった次の日は、全体的に頭が働かず、よって自己制御機能も働かなくなるため、先ほど述べたようなパワハラをやってしまいたくなるような気分に陥ったときに、自制心が利かずパワハラをしてしまうというわけです。よって、前日の睡眠の量と質が悪化すると、自我消耗が起こって自制心が低下し、その結果、部下に対してパワハラ的行動をしてしまう。そして、そのような場面に遭遇した部下ら職場全体としては、仕事に対する取組み姿勢やモチベーションに関連するエンゲイジメントが下がってしまうという一連のモデルを考案し、実証研究を行ったのです。


Barnesらは、上記のモデルを実証するために、百人近くの近くの上司とその部下たち数百人をサンプルとして、経験サンプリング法という方法を用いて10日間毎日調査に協力をしてもらいました。この方法だと、上司の睡眠の状態や自我消耗の状態、パワハラ的行動の状態、エンゲイジメントの状態などのデータを日時ベースで取得し、個人内でそれらの変数が日々どう変動するかを追跡して分析することが可能になります。例えば、睡眠の量と質については、よく眠れる日もあれば睡眠不足に陥る日もあるでしょう。パワハラ的行動についても、それをしない日としてしまう日があるでしょう。それらのデータをくまなく収集し、複雑な統計分析を用いてモデルを検証したのです。その結果、上司の家での睡眠の質(ぐっすり眠れたか、睡眠中にときどき目が覚めてしまったりしたか)が、本人の翌日の自我消耗につながり、それが部下の視点から部下が評価した上司のパワハラ的行動に影響を与え、その結果、部下らのエンゲイジメントが下がることが分かったのです。ただし、睡眠の量についてはこの研究でははっきりとした影響は確かめられませんでした。


Barnesらの研究の結果、上司のパワハラを理解するときに、パワハラをする上司、しない上司というように個人差で分けるよりも、上司であれば誰しもパワハラ的行動を起こす可能性があること、そして、睡眠の質が悪いときに、その翌日に自制心が落ちてパワハラ的行動が出現してしまう可能性が高いことが分かりました。このことから大事なのは、上司の人はパワハラは他人事ではなく自分もやってしまう可能性があることを認識し、そのうえで、常に自制心を保ってパワハラなどの望ましくない行動を起こさないようにするために、十分な休養をとったりストレス対策をとるなどして、自我消耗に陥らないようにすることでしょう。その中の1つの重要な要素が、家庭での睡眠の質ということなのです。逆に言えば、家での睡眠の質が落ちれば、それは仕事においてパワハラ的行動をしてしまうリスクを高め、その結果、職場のエンゲイジメント、業績、生産性などを落とすことにもつながりかねないので注意しなければならないということなのです。

参考文献

Barnes, C. M., Lucianetti, L., Bhave, D. P., & Christian, M. S. (2015). “You wouldn’t like me when I’m sleepy”: Leaders’ sleep, daily abusive supervision, and work unit engagement. Academy of Management Journal, 58(5), 1419-1437.