マネジメント・イノベーションの発生理論

ビジネスの世界では、技術や製品のイノベーションのみならず、経営管理の方法においてもイノベーションが起こります。これを、マネジメント・イノベーションと呼ぶことにしましょう。経営の歴史においては、経営管理の構造、プロセス、手法において様々なマネジメント・イノベーションが発生し、普及しました。事業部制の発明、TQMやトヨタ生産方式、近年では、DCF法、活動原価計算、シックスシグマ、EVA、オープン・イノベーションなど、経営管理の様々な分野においてイノベーションが起こっています。では、マネジメント・イノベーションは具体的にどのように発生するのでしょうか。Birkinshaw, Hamel & Mol (2008)は、マネジメント・イノベーションの発生についての理論を構築しました。


Birkingshawらによれば、マネジメント・イノベーションは「組織目標を実現するために、最新の経営管理の施策、プロセス、構造、技法、創造と実施すること」と定義されます。Birkinshawらは、マネジメント・イノベーションの発生プロセスを4つのフェーズに分けて考えます。ただしこの4つのフェーズは直線的ではなく、後戻りなどフェーズ間の行き来が伴います。その4つとは、(1)モチベーション、(2)発明、(3)導入、(4)理論化とネーミング、です。それぞれのフェーズにおいて、役員や社員など企業内部の人々(チェンジ・エージェント)と、財界関係者、ジャーナリスト、コンサルタントや研究者など企業外部の人々(チェンジ・エージェント)が関わります。


モチベーションフェーズは、企業が新しい経営管理の方法を欲する段階です。例えば、企業において新たな経営課題が生じた場合、その問題解決のために企業内部のエージェントが社内外の情報収集に走ります。問題解決のために企業内部で試行錯誤を実施する場合もあるでしょう。ここでマネジメント・イノベーションにとって重要なのは、企業内部のエージェントが問題を適切に設定できるか、企業が新たな経営管理の模索に対して支援的であるかです。企業外部のエージェントは、そのような企業経営の新たなトレンドや機会を探りあて、個別企業の経営課題を超え、抽象度を高めるかたちで新たな経営管理の方法を模索し、企業内部のエージェントと直接的もしくは間接的に接触します。


発明フェースでは、マネジメント・イノベーションへのモチベーションに基づいて様々な経営管理の方法が試され、その中から特定のものが選ばれていきます。企業内部のエージェントは、経営課題に基づいて新たな方法を探ったり、企業外部における情報やアイデアを自社の経営課題を結び付けて実験的に新たな手法を試したり、試行錯誤を行う中で偶発的に新たな経営管理手法に巡りあったりします。企業外部のエージェントは経営に関する知識を現在進行中の文脈に結び付けたり、既存の経営知識を洗練させたり、企業内部エージェントとの相互作用を通じて、新たな経営管理の方法を生み出します。


導入フェーズは、マネジメント・イノベーションが技術的に企業において導入されていく段階です。企業内エージェントは、新しく発明された経営管理の方法を、企業内での試行錯誤や実験的導入を通じて実施していきます。多くの場合、新たな経営の方法の導入は、企業内からの批判や不満にさらされます。よって、企業内部における肯定的な面と否定的な面の両者を受け入れたうえでそれらを超越したものを導入していくといった弁証法的な実施プロセスが考えられます。外部エージェントは、企業の内部エージェントが中心となる導入を側面から支援します。


理論化およびネーミングフェースは、短期的には実施成果が明確ではないマネジメント・イノベーションの企業内外における正当性を高めていく段階です。企業内部エージェントは、新たな経営管理の方法が、企業の経営方針と一致しており、企業が直面している問題を解決することを論理的に説明する方法を考え、社内から支持が得られるよう、新しい経営管理の方法の魅力的なネーミングを考え、伝達します。企業内で新しい経営管理の方法が獲得すべき正当性には、「実用的正当性(従業員にとってメリットがある)」「道徳的正当性(組織の方針や価値観と一致している)」「認知的正当性(導入効果が論理的に納得できる)」があります。外部エージェントは、企業に招かれて第三者の立場から新たな経営管理の方法の効果性を解説して認知的正当性を高めたり、個別企業を超え、ビジネス社会一般に同様の情報発信をしたりしながら、新たな経営管理の方法の魅力的なネーミングを図っていきます。


上記の4つのフェーズが行ったり来たりを繰り返しながら、マネジメント・イノベーションが発生していくのだとBirkinshawらは提唱したわけです。ただし、すべてのマネジメント・イノベーションが成功するわけではありません。失敗したり衰退して姿を消すものもあるでしょう。今後、ますますこの分野の研究の発展が望まれるところです。

参考文献

Birkinshaw, J., Hamel, G., & Mol, M. J. (2008). Management innovation. Academy of Management Review, 33(4), 825-845.