組織アイデンティフィケーション:人は2つの組織に同時に同一化できるのか

組織アイデンティフィケーション(組織への同一化)とは、従業員が、所属する組織との間に感じる一体感や帰属意識で、組織の一員としての自分を定義づけるような傾向を指します。簡単に言えば「組織との一体感」「組織への帰属意識」です。


人々は、所属する組織に自己を同一化し、一体感を感じることによって、自分自身に誇りを持つことができ(自尊心の高揚)、将来への不安や不確実性が少ない安定した自己の状態を保つことができ(不確実性の低減)、自分は何者なのかを確認することができ(自己確認)、親和もしくは社会的な欲求を満たすことができます。したがって、組織への同一化は、従業員の精神上の安定や健康にもつながり、組織目標を実現するために働くモチベーションも高まるなど、さまざまなポジティブな効果が見込めると考えられます。過去の日本の企業は、社員の組織への帰属意識が強かったことが、人材面での企業競争力につながったという見方もされます。


しかし、人は同時に複数の組織に属していたり、活動をしていたりすることがあります。研究者でいえば、研究機関と学会に同時に属しています。派遣社員であれば、派遣元に属していながら、派遣先で仕事をしています。このような場合、人は同時に複数の組織に同一化することができるのでしょうか。George & Chattopadhyay (2005)は、アメリカにおける業務委託社員(contract workers)を対象する調査を行うことによってこの問いに関する答えを明らかにしようとしました。業務委託社員は、業務委託会社で雇用されておりながら、日々の業務は、受注元であるクライアント企業で働いています。日本の派遣社員と似たような三角関係の就業構造を持っています。


上記の問題を考えるためには、まず組織アイデンティフィケーション(同一化)が、どのような要素によって引き起こされるかを理解する必要があります。過去の研究から、組織への同一化をもたらす原因は、非人間的要素(組織そのものがもつ特徴)と、人間関係的要素(人間関係的要素)に分かれると考えられています。非人間的要素は、組織の評判やステイタス、組織の持つ独自性、および組織が持つ価値システム(価値観)です。人は、ステイタスの高い組織に属すことで誇りが持てますし、独自性を持った組織に属することで自分自身が何者であるかもはっきりしてきますし、自分の価値観とあった組織に属することで自己の一貫性を保つことができます。一方、人間関係的要素は、職場における上司や同僚との関係やマネジメントへの信頼で、人間関係が親密であるほど、マネジメントを信頼できるほど、自分がその職場の一員だという意識が高まり、組織への同一化につながると考えられます。


上記の考え方を考慮しながら、George & Chattopadhyayは、業務委託社員に対して調査を行い、以下のような発見を得ました。まず、業務委託社員にとって、自分が属している(しかしそこで実際に働いているわけではない)雇用主(業務委託会社)に対する同一感は、非人間的要素および人間関係的要素の両方の影響を受けることがわかりました。具体的には、自分の雇用主がステイタスのある会社であり、独自性が強く、共感できる価値観を持っている場合に、そしてその会社に仲のよい同僚がいたりマネジメントが信頼できる場合に、組織への同一化が高まりました。一方、実際に働くクライアント企業への同一化については、主に、人間関係的要素のみが同一化に影響を与えていました。さらにいうならば、非人間的要素が与える影響は、雇用主への同一化に対して強く、人間関係的要素が与える影響は、クライアント企業への同一化に対して強いことが明らかになりました。


上記の結果が出た理由としては、まず、本人にとってクライアント企業はあくまで一時的に配属されている職場にすぎないため、ステイタスや価値観といった非人間的要素は自分にとってそれほど重要でないからだと思われます。一方、日々一緒に働く人々は、クライアント企業への同一化を高めるうえでは重要だと思われます。本人の雇用主である業務委託会社は、そもそも本人はその会社の発展のために一時的にクライアント企業で働いているわけですから、その企業の非人間的な要素(ステイタス、独自性、価値観)は、その組織への一体感を感じるうえでは重要な要素だと考えられるわけです。それと同時に、仲の良い同僚やマネジメントへの信頼といった人間関係的要素もそれなりに影響を与えるのでしょう。


さて、今回のメインテーマである「人は2つの組織に同時に同一化できるのか」に対する答えとしてGeorge & Chattopadhyayが結論づけたのは、「それは可能だ」ということです。ただし条件があります。それは、2つの組織(彼らの調査では業務委託会社とクライアント企業)の特徴が似ているということです。例えば、本人が所属する2つの異なる組織が同じようなステイタスや同じような価値観を持っているならば、その2つに同時に自分自身を同一化させることは、特に一貫性を阻害しません。それは自分が感じるステイタス(誇り)や自分が確認したい自己(価値観など)に同じように影響を与えるからです。


しかし、2つの組織の特徴が異なっている場合、その2つの組織に対して同時に同一化することは困難です。なぜなら、そうすれば一貫性を失い、自分自身が何者かがわからなくなり、自己が安定しなくなるからです。例えば、ステイタスの高い組織と低い組織、異なる価値観の組織に同時に同一化すれば、そもそも自分はどれだけ価値のある人間なのか、どのような価値観を大切にしているのかについて一貫性が保てません。したがって、George & Chattopadhyayの研究結果は、人は同時に複数の組織に同一化することは可能ではあるが、人が特徴の異なる複数の組織に属している場合、1つの組織に対して強く同一化(一体感を感じる)ことは、別の組織に対する同一化(一体感)は弱いはずであるということを示唆するのです。

文献

George, E., & Chattopadhyay, P. 2005. One foot in each camp: The dual identification of contract workers. Administrative Science Quarterly, 50: 68–99.