ダイバーシティ研修講師はいかにして多様なアイデンティティの仲介役になれるのか

ダイバーシティ研修の重要な特徴の1つが、「研修講師も含めてすべての参加者が当事者である」ということです。ダイバーシティにまつわる問題を理解し、それに直面していく際には、マジョリティーとマイノリティーとの関係、優遇されているグループとそうでないグループの関係、複数のカテゴリーをまたがるインターセクショナルな人々といった認識および議論は必要不可欠であり、研修講師も含めすべての参加者がこれらのどれかのカテゴリーに属することになります。そして、ダイバーシティの度合いが高い社会や組織では、集団間、カテゴリー間の不平等、不公平、格差問題が内包されています。

 

ダイバーシティについて真剣に考え、組織のダイバーシティ環境を改善していくためには、表面的な議論に終始することなく、上記に挙げた不平等、不公平、格差問題などにも切り込んで真剣な議論を展開する必要があります。そのような場合、他の集団やカテゴリーに属する人々と率直な意見を交わすことは、感情的にも大きな負担を強いることが多くなります。例えば、自分はマジョリティーに属しているがゆえに、自分の発言がマイノリティの人々からの批判にさらされるかもしれません。マイノリティの人々は、自分の発言が重く受け取られないのではないかという不安を抱くかもしれません。このような状況を考えると、研修とはいえ、参加者が積極的に自己開示をしたり発言することは簡単には望めないでしょう。

 

そこで重要なのが、ダイバーシティ研修での対話や議論を取り仕切る研修講師の技量です。研修講師は、マジョリティ、マイノリティ、優遇グループ、非優遇グループ、男性、女性、LGBTQなど、様々なアイデンティティを持った人々との仲介役を演じることで、お互いの対話と相互理解を深めていくことが求められます。そうすることで、ダイバーシティ研修の参加者が、真に心を開いた状態でダイバーシティについて意見を交わすことができ、他の参加者からいろいろなことを学び、自分自身を内省する機会も得て、ダイバーシティそのものへの理解と重要性、良いダイバーシティ環境をいかにして育んでいくかといったことに関する知識やスキルが身についていくと考えられるのです。

 

ただ、研修講師自身もダイバーシティの当事者であり、何らかのカテゴリーに含まれます。ですから、完全に外部の立場からダイバーシティについて中立的な説明や議論はできません。研修講師がマジョリティに属するのであれば、マイノリティーの参加者から反発されたり反感を持たれるかもしれませんし、研修講師がマイノリティに属するのであれば、マジョリティの参加者から冷遇されたり無視されたりするかもしれません。つまり、研修講師自身も、研修においてダイバーシティの難しい問題に踏み込めば踏み込むほど、参加者から「分かったふりしないで」「私たちのことなど分からないくせに」と思われるリスクが増加し、精神的な負担も大きくなると考えられるのです。

 

研修講師自身も、本当に自分は他のカテゴリーの人々のことを理解できているのだろうか、きちんと理解できていないのに効果的な研修ができるのか、という不安に苛まれることでしょう。では、ダイバーシティ研修の講師はどのようにしてこれらの難しい挑戦的な課題を乗り越え、効果的にダイバーシティ研修を進めることができるようになるのでしょうか。このような問いに対して、研修講師自身の内面的な経験やアイデンティティ・ワークに着目したのが、Sugiyama, Ladge & Bilimoria (2022)らの研究です。アイデンティティ・ワークとは、自分自身や他者のアイデンティティを、より健全で、ポジティブなものに変容させようとする行為を指します。

 

とりわけ、Sugiyamaらが命名したダイバーシティ研修の場面でのアイデンティティ・ワークが、「アイデンティティの仲介(brokering identity)」です。ダイバーシティ環境では、「私たち」vs「あの人たち」といったように、自分自身を特定の集団に同一化したようなアイデンティティを持ってしまっては、違いを尊重する風土もできにくいですし、異なる集団やカテゴリー間の対立が起こりやすくなります。よって、適切なアイデンティティ・ワークを通じて、自分自身を、メインに属するカテゴリーや集団と、そうではないカテゴリーや集団と結びつける形で変容させることが効果的だと考えられます。自分自身の内面で異なるアイデンティティを結びつける、あるいは仲介することで、相手のことも深く理解できるし、相手から学ぶことができるようになるのです。

 

Sugiyamaらは、ダイバーシティ研修講師に対するインタビュー調査や研修の観察などを通して、研修講師自らがアイデンティティの仲介というアイデンティティ・ワークを実践し、研修参加者がアイデンティティ・ワークを行う際のロールモデルとなっていくという点に着目しました。つまり、研修講師が、参加者のロールモデルとして、自分自身の経験や思いをオープンに語ることを通した議論をすることで、参加者も自己開示をし、本音で議論をすることを促進するというのです。以下においてSugiyamaらが発見し、コンセプチュアルに整理したプロセスを説明しましょう。

 

まず、研修者自身が自分自身のアイデンティティを内省し、自分自身が批判されるかもしれない、分かってもらえないかもしれない、傷つくかもしれないという不安やリスクと闘いつつも、勇気を出して自分自身の経験を語るという行為が生まれます。それは、講師自身のアイデンティティに応じて、マイノリティとしての発言かもしれませんし、マジョリティとしての発言かもしれません。いずれにせよ、このプロセスがなければ研修全体として参加者を巻き込んだ真剣な対話は生まれないでしょう。そこでは、発言や問題提議に対して参加者からの感情的な反応も起こるでしょうし、快適ではないどころか、試練や修羅場に立たされることもあるでしょう。しかし、そこで得られる経験、異なる意見、考え方などは、研修講師自身の知識やスキルにも結び付いていくのです。

 

さらに、研修講師は、自分がやってみせた自己開示をロールモデルとしつつ、参加者にも経験談の開示と忌憚のない発言を求めます。まず自分でやってみせ、参加者にもやってもらう、ということです。また、いろいろな経験談や発言、議論が生み出されるでしょう。これも、必ずしも快適なものではなく、一時的には感情的な議論や対立に発展するかもしれません。ですが、これらの経験も、研修講師にとっては血となり肉となるのです。このような真剣な議論を通じて、研修講師は多様な立場の人々の経験や思い、意見などを知ることができるのであり、それが、今後のダイバーシティ研修での例示や議論の材料となっていくわけです。つまり、研修講師が自身のアイデンティティ・ワークを通した経験を積めば積むほど、ダイバーシティ研修で用いるレパートリーが豊富になっていくのです。

 

ダイバーシティ研修で状況に応じて用いるレパートリーが増えることで、研修講師の中で、多様なアイデンティティを仲介する役としての自分自身の知識やスキルに関する自己効力感が高まってきます。自己効力感が高まることで、自信をもって堂々と研修講師を務めることができるようになるし、自分自身のアイデンティティ・ワーク、参加者のアイデンティティ・ワークの促進もより効果的にできるようになってきます。そしてその成功体験がさらに自己効力感を高めるという好循環が生まれてくるのです。このようにして、研修講師自身が内面的にも知識やスキル面でも成長し、本人のダイバーシティ環境におけるアイデンティティも適切でポジティブなものに変容し、安定してきます。これは参加者自身のアイデンティティのポジティブな変容にも伝染していくことでしょう。

 

上記のような発見を、Sugiyamaらは以下のように表現します。まず、研修講師自らが、アイデンティティの内省を行い、アイデンティティの仲介というアイデンティティ・ワークというプロセスに、自分自身を呼び込んで参加させます(Calling oneself in)。自分自身が傷つくリスクをコントロールしつつも、ダイバーシティにまつわる自身の経験や思いを積極的に参加者に語ります。そして、それを見本として、研修参加者も呼び込んで、彼らの経験や思いを語ってもらうよう促します(Calling others in)。このようにして、ダイバーシティ研修全体で、核心に迫った実りのある対話や議論が促進されます。その中で、参加者が、他の参加者のアイデンティティの理解、他の参加者への共感を育んでいくのです。そしてこれらの経験が、研修講師自身のさらなるスキルの向上にもつながっていくのです。

 

参考文献

Sugiyama, K., Ladge, J. J., & Bilimoria, D. (2022). Calling Oneself and Others In: Brokering Identities in Diversity Training. Academy of Management Journal. https://doi.org/10.5465/amj.2020.1579