なぜリバースイノベーションが成立するのか

リバースイノベーションとは、新興国発展途上国で開発された製品が、先進国に移転され、展開していくタイプのイノベーションを指します。これは、先進国で開発されたイノベーティブな製品を、新興国発展途上国で展開するという、従来のイノベーションとは逆の流れになっていることが特徴です。リバースイノベーションは、「ジャガード・イノベーション」あるいは「フルーガル・イノベーション」(倹約志向型イノベーション)のように、思い切った簡素化・低価格化によって先進国の顧客からも支持が得られるような製品が開発される事例が多いといえます。


従来のイノベーションの考え方は、先進国の方が、優れた企業が集中しており、研究開発拠点や資源が充実しており、さらに洗練された顧客が存在するためにイノベーションが起こりやすいというものでした。新興国発展途上国では、そもそも顧客の購買力も弱く、ニーズも高度に洗練化されたものではないので、従来の製品か、もしくは新興国の製品のスペックを落とした廉価版しか売れないと考えられてしました。ですから、新興国発展途上国から、先進国の顧客も飛びつくような新しいイノベーションなど生まれるはずがないという考え方が大半であり、今もそうではないかと思われます。


また、従来の製品を、思い切って簡素化・低価格化することによって顧客に支持される製品を開発することは、原理的には、新興国発展途上国でなくても、先進国で実現するのではないかと思うでしょう。では、リバースイノベーションのように、新興国発展途上国であるからこそ、イノベーションが発生するという説得力のある理由はあるのでしょうか。それに対しては「イエス」という答えが理論的に考えられます。その鍵となるのが、「アーリーアダプター(初期採用者)」と「顧客からのフィードバック」です。


まず、思い切った簡素化を追求することによってこれまでとは違う製品を開発したとして、最初にそれに飛びつく顧客、すなわちアーリーアダプターの数が、新興国発展途上国のほうが圧倒的に多いということが重要です。どのような新製品も、最初から完璧ではありません。ですから、最初に市場にリリースしたときは、「安かろう、悪かろう」ということになります。高品質な製品に囲まれ、ニーズが洗練化された先進国の顧客の場合、低価格商品は欲しいが、品質が悪いものは欲しくないということで、それを欲しがるアーリーアダプターはあまりいないと考えられます。新興国発展途上国の場合には、そもそもモノが不足しており、購買力が低いので、先進国から見たら「安かろう、悪かろう」の製品であっても、購入可能な価格でかつニーズが満たされるのであれば、飛びつく人々がいる可能性が高いわけです。


そして、どんな製品でも、顧客からのフィードバックによって製品が改良されるというプロセスが存在します。実際に購入し、使用した顧客の声は説得力があります。どこが満足で、どこが不満なのか。どのように改良すればもっと欲しいのか、など、アーリーアダプターがたくさんいるほど、継続的な製品の改良に必要なリッチな情報が手に入るのです。この面において、すでに新興国発展途上国と先進国では差がついてしまっています。つまり、簡素化・低価格化を基軸とするようなイノベーションのアイデアを思いつく人々は、新興国発展途上国でも先進国でもいるでしょう。このステージでは、両者は互角でしょう。しかし、そのようなイノベーションが、真に顧客に支持されるものになるために必要な情報は、新興国発展途上国のほうが圧倒的に入手しやすいということなのです。つまり、新製品のリリースして、顧客からのフィードバックを得ながら製品を改良していくプロセスについては、新興国発展途上国に軍配が上がるというわけです。


新興国発展途上国で開発された製品が、顧客からのフィードバックを参考に、どんどん改良されていくと、アーリーアダプターから、アーリーマジョリティ(初期追随者)へと顧客層が拡大し、さらなる顧客からのフィードバックが期待されます。だんだん製品の完成度が高まれば、さらにレイトマジョリティ(後期追随者)、ラガード(遅滞者)へと顧客層が広がります。そのうち、先進国の人々にとっても満足のいくクオリティーが実現し、先進国の顧客にとっても魅力的な製品となっていくことでしょう。そうなれば、新興国発展途上国発のイノベーションが先進国に逆流するという、リバースイノベーションが実現するわけです。つまり、「安かろう、悪かろう」から出発して、「安くて便利」とか「安くて高品質」なものに発展していくということです。


一方、「安かろう、悪かろう」の製品に対してアーリーアダプターがあまりいない先進国では、将来的には先進国の顧客にとってもアピーリングな製品になるポテンシャルがあるものであっても、顧客からのフィードバックを得る機会がなく、普及する前に死んでしまう可能性が高いのです。つまり、新興国発展途上国と同様に、安かろう、悪かろうで出発したイノベーションの種は、立ち上がりの時点からすでに顧客からの支持を失ってしまい、その先の製品の改良ステージに進めないため、数少ないアーリーアダプターがいたとしても、製品の改良が進まず、その後のアーリーマジョリティへのバトンタッチできず、失敗に終わる可能性が高いのです。以上のような理由から、新興国発展途上国であるからこそ起こりうるイノベーションすなわちリバースイノベーションの存在が理論的に成立するのだといえましょう。