上司に対してキレる部下の心理メカニズム

仕事をしていくうえで、上司は特別な存在です。職務上、上司は部下に対して命令する権限を有していますし、部下の昇進や給与、雇用についての決定を行う強い権限を有している場合もあります。したがって、一般的には、上司に何か意見をいったり批判をしたりすることは得策ではなく、そういった行動は慎むことでしょう。


これは、上司による部下に対する侮辱的管理行動の場合についても同様だと思われます。侮辱的管理行動とは、公の場で部下を辱めたり、貶めたりするような行動を指します。このような場合、犠牲となった部下は、上司からの侮辱にじっと耐えるというのが想像されるのではないでしょうか。しかし、Lian, Brown, Ferris, Liang, Keeping & Morrison (2013)は、実際には、かなりの人が、上司からの侮辱的管理行動に対して「キレる」行動をしていると指摘します。上司に対してキレる、つまり反抗することは、本人にとって得になることはあまりないでしょう。むしろ状況を悪化させてしまう可能性もあるという意味で、合理的な行動とはいえないと思われます。では、なぜ、キレてしまうのでしょうか。とことん追いつめられると強いものに対しても攻撃するという意味で、「窮鼠猫を噛む」というようなことでしょうか。


Lianらは、これらの現象を理解するため、上司に対してキレる部下の心理メカニズムに関する研究を行いました。Lianらが重視するのは、部下が持っている自己コントロール能力と、自己コントロールを行おうとするモチベーションです。自己管理能力が高い人は、上司からの侮辱的管理を受けても、上司に対して反抗することが得にはならないことを認識し、自分の気持ちを静め、上司にはむかうような行動を抑えようとします。しかし、自己コントロール能力に欠ける人の場合、侮辱的管理を受ければ、自分自身を抑えられず、上司に対して怒りや敵意の感情が大きくなっていきます。そして、怒りや敵意が充満してくると、上司に反抗することが合理的でないことは分かっていても、上司に対してキレるということで爆発してしまうのでしょう。


自己コントロールを行おうとするモチベーションも大切だとLianらは指摘します。その源泉となるのが、上司の権力(パワー)です。Lianらは、上司の権力(パワー)を、制裁権力(coercive power)と、報酬権力(reward power)に分けます。制裁権力とは、望ましくない行動をする部下に対して罰を与えることができる権力を意味します。報酬権力は、望ましい行動をする部下に対して報酬を与えることができる権力を意味します。Lianらは、上司の権力が強ければ強いほど、部下は自分の行動をコントロールしようと動機づけられるので、そのような上司から侮辱的管理を受けても、反抗はしないと考えました。しかし、「天使よりも悪魔のほうが強い」というように、制裁権力を持っている上司に対するほうが、より自己コントロールへのモチベーションが高まると考えました。つまり、「ほめ上手の上司」よりも「怖い上司」のほうが、部下からの反抗を抑制する効果があると考えたわけです。


上記のような考えのもと、Lianらは次のような心理メカニズムを考案しました。まず、上司から侮辱的管理を受けると、自己コントロール能力のある部下は自分を静め、自己を制御することができますが、自己コントロール能力のない部下は、侮辱的管理に対する怒りや敵意が内側にたまっていきます。自己コントロール能力のある部下でも、侮辱的管理に対してはなんらかの怒りや敵意を生み出すことはあるでしょう。しかし、自分の感情や行動をある程度コントロールする力があるうえに、上司がとりわけ制裁権力を持っている場合、つまり「怖い上司」の場合には、より行動を慎もうと思うために、反抗には至りません。ただ、上司の権力が弱い場合は、上司に対する批判や反抗に出る可能性もあります。自己コントロール能力の低い人は、侮辱的管理に対する怒りや敵意がたまっている状態になっており、怖い上司の場合にはなんとか行動に移すのを我慢しようとしますが、それに耐えられないと「キレる」ことになるでしょう。また、上司の権力が弱い場合にはさらに「キレる」確率が高くなるでしょう。


以上をまとめると、上司から侮辱的管理を受けた場合、自己コントロール能力が弱い部下で、かつ、上司がそれほど怖くない場合には、もっともキレやすくなると考えられるということになります。それは、自分を抑えられない部下は、上司からの侮辱に対して怒りや敵意を抑えられず、とくに怖くない上司の場合には、その怒りや敵意が、上司に対する反抗というかたちで爆発することが起こりやすくなるということです。Lianらは、2つのフィールド調査を実施することによってこの心理メカニズムの妥当性を確認しました。

文献

Lian, H., Brown, D., Ferris, D. L., Liang, L., Keeping, L., & Morrison, R. (2013). Abusive supervision and retaliation: A self-control framework. Academy of Management Journal.