組織設計の人事経済学2ー経済合理性に基づいた組織デザインでパフォーマンスを最大化する

企業は、優れた人材を獲得し、それらの人材を活用することで組織のパフォーマンスを最大化しようとします。しかし、企業が優れた人材を活用して組織パフォーマンスの向上につなげられるかどうかを左右する大きな制約条件として、「組織の構造」が挙げられます。組織がどのように構造化されているかによって、人材が実力を発揮して組織パフォーマンスが高まるケースと、逆に、いろいろと人事管理を工夫して一所懸命働いてもらうようにできても組織パフォーマンス向上につながらないケースなどが出てきてしまうのです。今回は、ラジアー & ギブス (2017)を参考に、どのように組織構造を設計するのが、人材を有効活用し、企業業績を最大化するうえで経済学的に合理的なのかについて解説します。

 

そもそも、人間が集まって仕事をするようになったのは、それぞれが役割分担をして自分の得意な分野に特化し、そしてお互いに協力しあって働くほうが効率がよく生産性が高いからです。小さな集団であれば、集団全体が見渡せる中、インフォーマルなコミュニケーションやリーダーシップを通じてメンバーが足並みをそろえて働くことが可能であり、それが集団運営のコストもかからずもっとも効率的なわけですが、集団や組織が大きくなるにつれて、だんだんと全体が見渡せなくなり、そのような柔軟な集団運営ができなくなってきます。そこで、多少のコストをかけてでも、組織内に階層を作って公式な責任権限を明確にし、ルールによって人を動かす必要が出てきます。さらに、仕事間の調整も難しくなってくるので、組織を分割して管理をしやすくすることも必要になってきます。

 

このように、組織規模が大きくなるにつれて、意識的に組織構造を設計し、ある意味「自動運転」ができるようにしなければなりません。その方が場当たり的に組織を運営するよりも安定するし効率的になるからです。そこで、組織構造を設計する際には、企業業績を高めるうえでもっとも経済合理性がある方法で行う必要が出てきます。つまり、組織設計の経済原則に沿ったかたちでの組織デザインが求められるのです。このような組織設計の経済原則については、もっとも単純化すれば次の2つの要素のトレードオフという制約条件から最適解を得るということに集約できるでしょう。1つめは、専門化して分業体制を敷くほど、それぞれの仕事の効率が上がること。もう1つは、専門家や細分化を進めるほど、足並みが揃えるのが難しく、仕事間の調整が複雑になって効率が下がることです。市場であれば「見えざる手」のメカニズムで調整するわけですが、組織の場合は、市場原理も取り入れつつも、基本は責任権限の階層化とルール化という「見える手」で調整を行うことになります。

 

組織が大規模化するほど、専門化と調整という2つ要素によるメリットとデメリットの規模も大きくなります。また、組織が大規模化するほど、規模の経済や範囲の経済が企業業績を押し上げる方向に働く一方で、間接人員の増加や規則やルールの運用などの管理コストの増加が企業業績を押し下げる方向に働きます。これらのトレードオフの関係を十分に理解し、専門化や大規模化のメリットを最大化させ、管理や調整のデメリットを最小化するような組織構造の最適解を導きだすことができれば、理論上は組織のパフォーマンスが大きく高まることが予想できます。組織構造の設計はそのような考え方でなされるのが経済合理性にかなっているというわけです。

 

では、もう少し具体的な組織構造の設計の原則について見ていきましょう。まず、大きく複雑化したために場当たり的な運営が難しくなった組織を、小さな単位に分割して管理しやすくする必要があります。ここでの問いは、どのように組織を分割すれば、効率や生産性が最大化し、管理コストが最小化するかです。ここでの原則は、まず、専門化を推進して同じような機能や職能をまとめれば、先輩から後輩への知識移転や集団での人材育成が効率化するといったような規模の経済を享受することができること、それから、相互補完性が高いためシナジー効果がみられる仕事同士、そして相互依存性が高く密接に関連している仕事同士をひとまとめにして括るほうが、生産性向上のメリットと調整コストの節約につながるということです。調整が必要な仕事が組織横断的に広がっていれば調整コストが高くついてしまうので、それを防ぐわけです。

 

上記の経済原則を端的に示すのが「モジュール化」という発想です。モジュールとは、特定の機能をもったまとまりで、お互いに相互依存性が低く独立性が高いので、モジュール間の調整が容易です。製品例でいえば、PCを構成する各部品がそれにあたり、部品のモジュール化の進展でPCの値段が劇的に低下したとも考えられます。部品間の調整が容易なので、同じ性能でももっとも安価な製品を見つけてきて組み合わせれば価格が下がるのです。一方、部品間のすり合わせ、すなわち調整が必要不可欠な製品はインテグラル型と呼ばれ、開発の際のすり合わせ(調整)のコストがかかるので価格が容易に下がりません。話を戻すと、組織設計においても、モジュール化の発想に基づき、モジュール内の密接性・相互依存性は高く、モジュール間の独立性が高いような形で行うことが経済的に理にかなっているということです。

 

これまで紹介してきたような経済原則を念頭に置くならば、単一事業で組織が中規模な企業の場合、営業部門、生産部門、管理部門といった部門で構成される職能別組織が各種トレードオフを考慮した最適解になることが分かります。組織を機能別に分割することで、それぞれの専門性が高まって効率性があがり、機能部門内の規模の経済が働くことで知識共有や人材教育の効率も上がり、単一事業、中規模のため組織の上位層による機能間の調整にも大きなコストがかからないという特徴があるからです。しかし、事業が多角化・複雑化し、組織規模がさらに大きくなると、調整コストが機能別集約のメリットを上回るようになり、機能別組織はトレードオフの最適解ではなくなってきます。機能別部門の規模が増大しすぎて管理コストが上昇するのと、事業が複雑化することで組織の上位職層による機能間の調整が難しくなってくるからです。

 

そこで、組織の成長に伴う機能別組織の次の段階として、事業部制組織が各種トレードオフの最適解となってきます。例えば、製品別や顧客別、地域別といった形で組織を分割することで、同一製品における販売、生産、管理など相互依存している業務同士を束ねることによるシナジー効果の発揮と調整コストの節約が可能になります。また、肥大化して管理しにくい機能別部門の代わりに、ミニ会社のような事業部を設定しその下に機能別に部署を配することで、先にみた中規模の機能別組織の会社を運営しているのと同じ状況となりますので、単一事業かつ中規模では機能別組織が最適解であるという経済合理性と一致します。また、製品、顧客、地域など、何を基準に事業部を括ればよいかについては、事業部間の相互依存性、調整コストが最小化するように括り方を決定するという経済原則を適用することできます。事業部長がミニ社長の仕事をすることによる経営人材育成の効果も見込めるでしょう。

 

ただ、事業部制を採用しても、事業部間の相互依存性が高まってきたり、今度は、機能別組織のメリット・デメリットと、事業部制組織のメリット・デメリットがトレードオフの関係にあるというようなことが、組織構造の設計でのさらなる課題として出てきます。例えば、事業部制組織にすれば、研究開発部門は事業部横断的に分散されてしまうが、研究開発部門のみに限っていえば集中化させることによる規模の経済の効果が大きく、機能別組織であるほうが望ましいケースも出てきてしまいます。そこで、企業としては、機能別組織と事業部制組織の特徴を組み合わせることによって、それぞれのトレードオフから最適解を導くように組織構造を設計するのが合理的な選択となります。具体的には、製品別事業部制を敷きながらも、研究開発部門のみについては事業部から切り離して集中化させる、マトリクス型組織を採用し、機能別と製品別の2つのラインを交差させる、部門横断的なタスクフォースやクロスファンクショナルチームを設定してややインフォーマルな、あるいはテンポラルな方法で事業部間の調整を図るといったものが考えられます。

 

このように、組織構造の設計というのは、教科書的に分類されている機能別組織、事業部制組織、マトリクス型組織などの基本型と、ネットワーク型組織や部門横断的タスクフォースなどよりインフォーマルかつテンポラルで柔軟な手段を組み合わせることによって、各種トレードオフの最適解として組織パフォーマンスが最大化させるように行うというのが、経済合理性にかなった鉄則であるといえるでしょう。ですから、おかれている環境や事業の特徴が異なる各企業にとっての最適な組織構造というのは、機能別組織だとか事業部制だとかに単純に分類できるわけではなく、いろんなものが組み合わさって、その企業に固有の構造になっているだろうし、経済学的にもそうあるべきだといえるのです。

 

参考文献

エドワード・P・ラジアー, マイケル・ギブス 2017「人事と組織の経済学・実践編」日本経済新聞出版社