成果主義はうまくいったのか

1990年代後半から2000年代前半にかけて、わが国の人事制度改革の主役となったのが「成果主義」です。多くの企業が年功的な人事制度を改めて成果主義を導入するというニュースが日本中を駆け巡るほどブームとなり、ブームの後半には、成果主義反対論や成果主義の反省といった議論も盛んに行われました。その後、徐々に成果主義という言葉自体の発信頻度が下がり、最近はあまり使われなくなりました。人事関係者の関心はワークライフバランスやグローバル人事といった別のトピックに移っているようです。


では、多くの企業が導入した成果主義はうまくいったのでしょうか、それとも失敗に終わったのでしょうか。そもそも、1990年後半から2000年代前半かけて行われた人事制度改革は、実際にはどのような形に落ち着いたのでしょうか。今回は、厚生労働省による労働経済白書の平成16年版移行を参照することによって、日本企業の人事制度改革を振り返ってみることにしましょう。


成果主義ブームのピークにさしかかったか過ぎたあたりの平成16年版、17年版、平成18年版あたりの労働経済白書の記述を見ると、以下のように、多くの企業が成果主義を肯定的にとらえ、積極的に導入している様子が記述されています。

    • 「賃金制度についてみると、経済の長期停滞やデフレの長期化により、企業の賃金負担感が高まる中、仕事の成果を賃金に反映させる制度や労働者の納得性を確保するための評価制度の導入が進んでいる。こうした賃金制度は、総額人件費を管理しつつ、仕事の成果や労働者の業績を基に、能力や成果に見合った評価・処遇をすることによって、労働者の意欲を引き出すことを狙っている。これらは、評価・処遇の成果主義化又は業績主義化と呼ばれ、今までの賃金制度の特徴であった年功的要素を弱めることにつながっている(平成16年版)」
    • 「企業はこれまでのように勤続年数に応じて賃金が必ず上昇することを約束できない中で、業績・成果、能力等を賃金に反映させることにより、従業員が納得して働くことができるよう、賃金制度の変更を行ってきたものと考えられる(平成17年版)」
    • 「雇用に関する企業の態度については、長期雇用は維持される傾向にあるのに対し、業績・成果主義的な賃金制度の導入には積極的な姿勢が目立ち、近年では、売上高が高まるなど成長力のある企業ほど業績・成果主義を取り入れる傾向が強まっている(平成18年版)」

ただし、平成17年版以降では、以下のように、成果主義の導入に伴う疲弊感の記述や問題点の指摘も見られるようになってきています。そうした中でも、成果主義の若干の解釈に変化が見られるものの、成果主義の導入そのものに対する肯定的な見方は維持されています。

    • 「企業が今、労働者にどのような能力、成果を求めているかを明示していないという問題がある可能性がある。その結果、労働者は、能力を発揮し、成果を上げてはいるが、それが企業の評価とは異なり、労働者が期待する評価が得られず、労働者が評価に対して納得しないという結果を引き起こしている可能性もある(平成17年版)」
    • 「近年の人材マネジメントの動向としては、業績・成果主義や多様な労働時間管理制度を導入する企業の増加がみられるが、一方で、賃金格差、長時間労働、職場ストレスの広がりなどの課題もみられる(平成19年版)」
    • 「近年広がりがみられるいわゆる「業績・成果主義的賃金制度」は、短期的成果のみに基づき、個人の賃金水準を大きく変動させるようなものではなく、継続的成果に基づいた緩やかな変動をともなうものであることがうかがえる(平成19年版)」
    • 「コスト削減の問題意識から、業績・成果主義の導入が進んできた面があるが、職務の内容によっては、その導入が適切ではなく、結局は恣意的な制度運用に堕してしまう危険も感じられる(平成20年版)」

しかし、平成21年版になると、成果主義に対する見方に大きな変化が見られます。「近年、拡大に急ブレーキがかかる業績・成果主義」という見出しに代表されるように、これまでと一転して成果主義否定論、成果主義反省論に傾いていることが伺われます。

    • 「300人以上の大企業については、2007年において業績・成果給部分を拡大させるという企業が急速に減少しており、1990年代半ば以降、広がった業績・成果主義の拡大に、近年になって急ブレーキがかかっている。・・・また、・・・賃金制度の見直しを管理職についてみると、大企業ほど業績・成果給の拡大を進めてきたが、近年になって急ブレーキがかかっている状態を同様に認めることができる(平成21年版)」
    • 「1990年代半ば以降、賃金制度において業績・成果主義の導入を促したのは、個別的労働関係を充実させようとする企業の人事・処遇方針とともに、年功賃金を否定的に見る国民意識があったものと思われる。また、近年みられる業績・成果主義の見直しの動きは、年功賃金に対する国民の好意的な意識から影響を受けている面もあると考えられる(平成21年版)」
    • 「1990年代の半ば以降、大企業では、職能給中心の賃金体系を見直し、業績・成果給や職務給を拡大する動きを強めてきたが、これらは、短期的な業績・成果を賃金に反映することをねらったものであったと考えられる。しかし、 2000年代後半には、業績・成果給を拡大する動きは大企業を中心に後退している(平成22年版)」

そして、平成21年版以降では、以下のように、「成果主義」の代わりに「職能給」や「職務遂行能力」という言葉が頻繁に登場するようになってきています。

    • 「しかし、業績・成果主義を強化する時代を約 10年経験し、長期雇用のもとでじっくり職務遂行能力の向上に取り組むことの意義が再評価されているようにみえる(平成21年版)」。
    • 「今後、職能給を中心に賃金制度を組み立てて行くにあたり、一人ひとりの職務遂行能力の向上を通じて、組織・チームのバランスのとれた発展・成長を実現するとともに、人事考課を特に重視し、その組織・チームの果たすべき使命を的確に導きうる優れたリーダーを育て、選抜していくことが、我が国企業の将来に向けた主要課題であるように思われる(平成21年版)」
    • 「1990年代における職務給や業績給の導入は、職能給を中心とした賃金制度を改革するという意図があったと思われるが、現実には、一人の労働者が、他の労働者と重なり合う複数の職務分野を柔軟に引き受けていたり、中長期的な視点から事業の成果を見通すと言った、日本の労働文化、企業文化があり、現在は、再び、職能給を軸に、賃金制度の再構築が行われる状況にあると考えられる(平成22年版)」
    • 「賃金制度については、 1990年代半ばから約10年間の運用の実績や問題点を踏まえ、多くの企業において、長期雇用のもとでじっくりと職務遂行能力の向上に取り組むことの意義が再認識されるようになってきたと考えられる(平成22年版)」
    • 正規雇用の雇用管理については、1990年代に進められてきた改革への反省もあり、職務遂行能力の向上を基本においた賃金制度の再構築が進められていくと考えられ、労働者も、正規雇用者については、今後も自らの賃金が上昇すると見通しているものが多い(平成23年版)」

結局のところ、日本企業の人事制度改革がどのような形で変革されたのかについては、以下の記述が参考になります。つまり、長期勤続と社内育成を基本とする雇用方針は以前から維持されており、制度上の年功賃金は縮小や撤廃が行われましたが40代までの年功的に増加していく賃金についてはあまり変化が見られないようです。一方、40代以降については、職務遂行能力や職務成果の評価に基づいた賃金格差の拡大を推し進めることによって、総額人件費を圧縮しようとしてきたというように考えられます。成果主義が従業員の労働意欲にポジティブな効果を与えたのかどうかについては定かではありません。

    • 1990年代以降進んできた賃金制度の見直しは、年功賃金カーブの形状という点では、20歳台から 40歳台前半層にはほとんど影響を与えず、この層においては年功賃金カーブの姿はそのまま維持されたが、それより上の年齢層において賃金カーブのフラット化が進み、さらに、その層における賃金格差の拡大を生み出した(平成21年版)。
    • 個々の労働者の評価方法として職務遂行能力の意義は、今後も高いと思われるが、一方で、業績・成果主義的な考え方は後退し、組織やチーム全体への貢献を行うことができるような人物や行動が改めて評価される方向へ転換していくようにみえる(平成21年版)。
    • 1990年代は、厳しい経営環境のもとで、人件費の抑制が求められることとなったが、そこでは、同時に、社会横断的な技能形成がもてはやされ、長期勤続を前提とするような賃金・処遇制度に批判的な論調が強まった。しかし、・・・(中略)・・・長期勤続を基本とする雇用慣行と定期昇給とは関連し合っており、企業内労使関係を基本に人材育成を図る考え方が改めて重視されていることと、定期昇給の意義が改めて評価されていることは、人事処遇制度への理解において、相互に関連し合っている 2つの事柄であると考えられる(平成23年版)。