異なる価値観を持つメンバーを束ねて組織の一体感を作り出す方法

パーパス経営を実践していくうえでカギとなるのが、組織メンバー全体に組織のパーパス、理念、ミッションなどが浸透し、組織メンバーが一丸となってその実現にむけて情熱を傾けられるような一体感、連帯感、帰属意識を醸成し、維持することだと考えられます。しかし、組織の中において異なる価値観を持つメンバーが混在しているようなケースでは、それには困難が伴うことが予想されます。場合によっては組織が異なる価値観を有するグループ間で分断され、組織内対立が激化してしまうかもしれません。

 

例えば、近年注目されている「両利きの組織」を実現しようとしたとしましょう。この組織では、既存事業の「深堀り」(exploit)と新しい事業機会の「探索」(explore)を同時に追求していこうとすることから、安定志向で確実性、地道な改善などを志向する人々と、リスク追求的で試行錯誤を重視し、クリエイティビティやイノベーションを志向する人々が組織に共存することになります。これらの人々が1つのアイデンティティを共有することで組織としての一体感をつくりあげることはできるでしょうか。

 

この点に関してBesharov (2014)は、組織内において異なる価値観を有する人々が相互作用することから共通したアイデンティティが醸成されていくプロセスに着目し、組織としての一体感を作り出すためには、トップダウンによるパーパスや理念の浸透と、ボトムアップによる異なる価値観をもった人々の相互作用から湧き上がってくるアイデンティティの両方のプロセスが作用することが重要であることを示しました。そして、このようなプロセスがうまくいくかどうかを左右する要因として、マネジャーによる、経営理念や価値観の翻訳と異なる価値観をうまく擦り合わせて統合していくようなプロセスを特定しました。

 

具体的にいうと、Besharovは、環境やサステナビリティ、人々の健康という社会的ミッションを追求する価値観と、企業としての財務的利益を追求する価値観が共存する小売業に対する質的研究を実施し、以下のような発見を得ました。まず、この会社のメンバーは4つのタイプに分類されました。環境や健康といった社会的価値を重視するメンバー、企業利益といった財務価値を重視するメンバー、社会的価値と財務価値の両方を重視するメンバー、どちらにも無関心なメンバーです。それぞれのメンバーがそれぞれの価値観に沿った行動をとるので、組織内対立が顕在化する可能性が十分あったのです。

 

しかし、4つの異なるメンバータイプのうち、両方の価値観を同時に重視するメンバー、とりわけそのようなマネジャーが、異なる価値観を有するメンバー間の接着剤的な役割を果たし、異なる価値観を有していながらも一体感を経験できるようなアイデンティフィケーションを実現することに貢献する素地があることがわかりました。具体的にそのようなマネジャーが何をしたかというと、まずは、(1)両方の価値観をともに追求できるような業務のあり方や商品開発(例、環境にやさしくかつ利益が出せる商品)の工夫を行ったことが挙げられます。

 

つぎに、業務を推進する際に(2)イデオロギーあるいは「あるべき論」の議論に陥らないよう、中立的な議論や行動をするように努めたことが挙げられます。つまり、「あるべき論」の議論をすることで意見対立などに発展させることを抑えつつ、異なる立場のメンバーからの提案や意見の折り合いがうまくつくような解決策を中立的に探っていったということです。しかしその一方で、(3)マネジャーは、業務推進の際に、組織の公式なポリシーを導入することで、イデオロギーもしくは「あるべき論」をシンボリックにルーチン化することを推進したのです。

 

両方の価値観を重視するマネジャーによる上記に挙げたような3つの方法(統合的解決、イデオロギーの消去、イデオロギーのルーチン化)により、異なる価値観を持つメンバー間での一体感、すなわち組織へのアイデンティフィケーションが醸成されたことがBesharovの研究では明らかになりました。なぜ3つの方法によって組織メンバーのアイデンティフィケーションの醸成が実現できたかというと、以下のようなメカニズムが考えられます。

 

まず、統合的解決策の推進により、異なる価値観を持っているメンバーであっても、自分たちの価値観が尊重され生かされていることが実感できたこと、次に、イデオロギーの消去により、自分の価値観と合わない議論を直接耳にしたり議論することの不快感を抑えられたこと、同時に、イデオロギーのルーチン化により、自分の価値観と合う場合にはそれに同意して自分のアイデンティティを確認できたのと同時に、自分と異なる価値観からも影響をうけ、アイデンティティの収束プロセスが見られたことが挙げられます。

 

Besharovの研究は、異なる価値観を同時に重視することができるマネジャーが、いわゆる両利き的なマネジメントあるいはパラドクスを認識、受容し、それを活かすようなマネジメントを行うならば、異なる価値観をもったメンバーが共存するような組織においても、組織全体としての一体感、連帯感、帰属意識を醸成することにつながるのだということを明らかにしたといえましょう。

参考文献

Besharov, M. L. (2014). The relational ecology of identification: How organizational identification emerges when individuals hold divergent values. Academy of Management Journal, 57(5), 1485-1512.