パーパス経営への連帯感と感情エネルギーを生み出す儀礼的共有体験

パーパス経営がうまくいく場合、組織のメンバーは共有された目的やミッションの実現に向けた強い一体感と連帯感を経験し、場合によってはそれが宗教的でさえあるというような表現が当てはまることもあるかと思います。ある意味、強い組織には(良い意味で)宗教的な雰囲気があったりします。ここで宗教的という表現が適切かどうかは別として、メンバーが感じるそのような感覚は、理性だけでは語り得ぬものであり、感情的で至高体験のようなものを伴っていると考えられます。

 

Lepisto (2021)は、組織のメンバーがその組織で働く意義や使命感を共有する契機となりうるものとして相互作用的儀礼もしくは儀礼的共有体験というものに着目し、ある企業に対する21ヶ月にわたるフィールドワークを通じて、儀礼的共有体験によって組織で働く意義が強く共有されていくプロセスに関する理論構築を行いました。このプロセスで重要になってくるのが、リーダーが中心となって相互作用的儀礼が行われる物理的な場作りをしていくこと、それにメンバーが呼応する形で相互作用的儀礼への参加者が増大していくこと、そして、相互作用的儀礼による共有体験を通じてメンバー間を奮い立たせるような感情的な高まりが共有され、その感情が働く意義や使命感に転換されてメンバー間で共有されていくことです。

 

Lepistoのフィールドワークで観察されたのは、組織のパーパスやミッションがトップダウン的に組織内に浸透していくというようなプロセスではなく、組織メンバーによる儀礼的共有体験から、働く意義や使命感の共有がボトムアップ的に形成されてきたということです。そこでのリーダーの役割は、トップダウン的にミッションやビジョンを伝えるというようなものではなく、相互作用儀礼のための物理的な場づくりや共有体験のためのカタリスト的な役割でした。具体的には、Lepistoが観察した会社は、スポーツウェア関係の会社であったため、社員がみんなでエクササイズができるような場所をリーダーが社内に作ったというのがきっかけでした。

 

そして、業務時間のうちの一定の時間をそのエクササイズに当てることで、エクササイズに参加する社員の数が段々と増えてきました。会社で働く社員が特定の時間になるとエクササイズルームに集まってエクササイズを行うという活動が一種の儀礼のようなルーチンとなり、物理的、身体的な場の共有が確立してきました。そうなるプロセスでは、リーダーが社員にエクササイズへの参加を呼びかけたり、社員が参加しやすいような雰囲気を作るといったさまざまな取り組みが含まれています。そのような儀礼的共有体験が確立されたいったことによって何が起こったかといえば、それはメンバー間での感情的な高揚体験の共有だったのです。

 

会社の仲間と物理的かつ身体的に場を共有し、体を動かしてエクササイズすることが繰り返されることで、参加者間で感情的なエネルギーを伴った一体感が醸成されてきます。参加者たちは、そのような感情的な高揚感を対話や表情、ボディランゲージなどによって表現するようになり、参加者間が共有する場においてポジティブな感情エネルギーが充満していきます。そして、そのような感情エネルギーは、会社で働く社員間での、働く意義や使命感の共有というものにものに変換されていったのです。そのプロセスでは、リーダーがメンバー間で共有されつつある働く意義や素晴らしさをうまく表現するような言葉を見つけ出してコミュニケーションの一助をするなどの役割を担っていました。

 

そうすることで、段々と儀礼的体験を共有しているメンバー間で、その会社で働くことがいかに有意義で素晴らしいことなのかということをうまく表現できるような共通言語やコミュニケーションが形成されるようになり、それが共有されていったのです。つまり、リーダーがきっかけを作ることで始まった相互作用的儀礼は、それに参加したメンバー間の物理的・身体的な場の共有を促し、それが感情的な共有体験と場における感情エネルギーの充満に繋がっていき、それがさらにメンバー間のコミュニケーションと共通言語の構築を通じて、その会社で働くことがいかに有意義で素晴らしいことなのかという感情的な感覚あるいは至高体験の共有に繋がっていったというわけなのです。

 

Lepistoの研究は、パーパス経営を成功させるための要素として、組織で働く人々が経験する感情的側面(感情エネルギー)の重要性に着目し、その感情エネルギーが生み出され、それが会社で働くことの意義に変換される物理的・身体的な儀礼的共有体験の役割を明らかにしたこと、そのような場を作り、メンバーに参加を呼びかけ、相互作用的儀礼を促進するというリーダーの役割と、それにメンバーが呼応することで実現するボトムアップ的なプロセスを明らかにしたことで、パーパス経営の実践に資する新たな視点を提供する成果だと言えるでしょう。

参考文献

Lepisto, D. A. (2021). Ritual work and the formation of a shared sense of meaningfulness. Academy of Management Journal. https://doi.org/10.5465/amj.2018.0854