派遣社員の積極的活用は業績を押し下げる。ではどうすればそれを防げるか

派遣社員を含む非正規雇用の労働力に占める割合は、日本においても正社員が中心であった高度成長期と比べるととりわけバブル崩壊以降、年々高まってきました。日本以外でも派遣社員の活用は広く普及しています。多くの人々は、企業が人件費負担を減らして業績を高めるために非正規雇用派遣社員を増やしているのだと理解していると思います。例えば、派遣社員は正社員と比べて賃金が低く、福利厚生などを提供する必要がありません。また、契約が終われば解除することが可能であり、いったん採用すれば解雇するのが難しく、かつ人件費負担の大きい正社員と比べても、低コストで柔軟な労働力を獲得することができると考えられ、それが業績を高めると考えられてきたわけです。

 

しかし、世の中で広く理解されているこの考え方に異を唱えたのがEldorとCappelli (2021)の研究です。彼らの研究は、企業が派遣社員を積極的に活用することは業績を向上させるどころか、逆に業績低下につながりかねないことを理論的、実証的に示しました。また、派遣社員の雇用に伴う業績へのネガティブな影響を和らげるには何が必要なのかについても理論的、実証的に示したのです。しかし、派遣社員という低コストで柔軟な労働力を活用することがなぜ業績を押し下げてしまうのでしょうか。その理由を一言でいえば、派遣社員の積極的な雇用が正社員の帰属意識や覇気を弱めてしまい、組織に対する貢献意欲を削いでしまうからです。また、組織に対する忠誠心や貢献意欲を派遣社員に求めることも困難です。よって、組織の目的の実現に向けて業績を高めようとする社員全体の貢献意欲が失われてしまうということなのです。

 

上記のプロセスを説明するためにEldorとCappelliが主に依拠したのは、社会的アイデンティティ理論と自己カテゴリー理論です。社会的アイデンティティ理論によれば、私たちがどの社会的集団に属しているかの知覚はアイデンティティの重要な要素を占めており、属している社会集団のステイタスが高くて誇れるものであれば、自分自身のアイデンティティも高まり、所属集団への帰属意識や貢献意欲も高まると考えられます。正社員のみからなる職場の場合、彼らが自分の職場にステイタスを感じ、誇りを持っているならば、彼らからの貢献意欲を期待することができるでしょう。しかし、職場に派遣社員が増えてくると、正社員は、派遣社員をステイタスの低い人々とみなし、自分たちとは異なるカテゴリーの人々だと認識するでしょう。これは自己カテゴリー理論から導かれます。

 

ところが、職場内の派遣社員の割合が増加し、とりわけ正社員と派遣社員とで遂行すべき仕事に顕著な違いがないような場合どうなるでしょうか。正社員の人々は、だんだんと、自分たちを派遣社員と同じレベルの、すなわち、一般的な意味でステイタスの低い労働者だと認識するようになってくるでしょう。つまり、自分自身を、派遣社員と同じレベルのステイタスのカテゴリーに属する労働者として知覚するようになるということです。社会的アイデンティティ理論によれば、自分の属している社会集団のステイタスが低ければ、その集団には愛着や帰属意識を感じず、できれば距離を置きたいと思うことでしょう。職場ではそれは働く意欲の低下を意味しています。自分の職場、自分の仕事に誇りを持てなくなり、自分の職場、自分が属する集団に貢献する喜びや意欲もなくなってしまう。それが生産性や業績に悪影響を及ぼすことは容易に想像可能です。

 

EldorとCappelliは、小売業の企業の店舗を分析単位として厳密な実証研究を実施し、上記の理論と仮説が妥当であることを示すことで、派遣社員の積極的な雇用が業績を押し下げることを示しました。ただ、それが分かったところで企業はどうすればよいのかが問題です。EldorとCappelliは、これに対する答えも示しました。派遣社員の積極的雇用に伴うネガティブな効果を防ぐために彼らが提示するのが、派遣社員を活用することに関連するビジネスに直結する価値観の共有と、派遣社員と正社員の垣根を取り払うような社交的な活動です。前者は、いわゆる「パーパス経営」に通じるもので、組織の究極の目的(パーパス)を明示し、そのパーパスを実現するためのビジネスを成功させるためには派遣社員の活用が必要であることを正社員に理解してもらうことを意味しています。

 

つまり、自分たちが属する集団のステイタスが高いか低いかという意識を取り除き、組織のパーパスに共感し、組織のパーパスの実現に向けて頑張ろうという気持ちをいかに持たせるかということなのです。そのパーパスの実現にとって派遣社員がいかに必要なのかについて腹落ちするならば、正社員も積極的にパーパスの実現に向けて働くことができるようになるでしょう。また、派遣社員と正社員の垣根を取り払うような社交的な活動は、とりわけ正社員が派遣社員を「ステイタスの低い集団だ」とみなす意識を弱めることにつながります。正社員が派遣社員を見下すようであるならば、派遣社員の増加に伴い、自分たちも同類なのではないかという意識を生み出し、職場への帰属意識の低下や貢献意欲の低下につながります。

 

そうではなく、そのような職業区分の垣根を取り払い、正社員であろうと派遣社員であろうと企業のパーパスを実現するためにともに働く仲間なのだという一体感をもって仕事に当たれるようになるならば、組織や職場に対する帰属意識が高まり、仕事のやりがいも高まり、仕事を一所懸命行うことによって組織のパーパスの実現に貢献することに内発的な喜びを見出すことにつながるでしょう。EldorとCappelliは、実証研究においてこの2つの要素すなわち「パーパス=ビジネスに直結する価値観の共有」と「派遣社員と正社員の垣根を取り払う社交的活動」の効果を調べました。その結果、これらの要素が、派遣社員の積極的な活用が企業業績を押し下げる効果を抑制することが確認されたのです。

 

EldorとCappelliの研究は、まず、派遣社員を積極的に活用することが企業業績の向上に貢献するのだというもっともらしい常識に一石を投じ、それが違うという理論的説明と実証的エビデンスを提示したこと、そして、派遣社員の積極的活用に伴う弊害を防ぐために、パーパス経営にも通じる重要な経営施策の効果性を提示しこちらも実証的に示したことで、理論的にも実践的にも価値ある知識創造を果たしたものであるといえましょう。

参考文献

Eldor, L., & Cappelli, P. (2021). The use of agency workers hurts business performance: An integrated indirect model. Academy of Management Journal, 64(3), 824-850.